第3話:4B
夏休みになると私と真宮は次に向けての練習で部室に通うようになっていた。
うちの部活はなにか大きな美術展に向けて活動するわけでもなく、たまに地域の公民館だったり役所に展示してもらう程度のゆるい部活だ。もちろん中にはもっと上手くなりたいと個人的にレッスンを受けている子もいるみたいだけれど、私は子供のころの延長線として絵が描ければいいと思っている。
活動としても夏休み明けに行われる美術部主催の学内デッサンコンクールを除けば、大きなイベントは他になくて、週に一回持ち回りで課題を決めてそれに取り組むという感じだ。
ただ学内コンクールは生徒からの投票で順位が決定するというもので、そういう意味ではちょっとだけ燃えるイベントで私は密かにこれを楽しみにしていた。
「暑いわね。ここクーラーないの?」
手で額を拭いながら真宮さんがぼやいた。
「しょうがないでしょ。なんの実績も上げてない部なんだから。扇風機があるだけありがたいって思わないと」
そういう私も制服の胸元を掴んでパタパタ動かしながら涼を取る。
今日は真宮さんがモデルで私が描くターンだ。
こんな暑い中、自主的にこの部室を使っているのは私と真宮だけだと思う。昨日も一昨日も、その前の日も二人しか使っていなかった。もしかしたら日にちが被っていないだけで他の部員も来ているのかも知れないけれど、三日ぐらい開けてから来た時も扇風機の位置と首の角度が一緒だったので多分誰も使ってないって思った。
「でも意外だった。真宮さんもデッサンコンクールに出るなんて」
「だって出たら久保さんを描けるんでしょ?」
「まあ、ね。私、たぶん今年もモデルだし」
うちの部ではモデルを数人選んで部員が好きな人を選んで描くという方法をとっている。もちろんモデルに選ばれた子も描き手に回ることが出来るので、希望者は全員コンクールに参加することが出来る。
「毎年やってるの?」
「去年もやったからね。それぐらいしか取り柄がないし」
「そうなの?」
「私、他の人と違って絵の勉強なんて殆どしてこなかったからさ。子供の頃はみんなと遊ぶのが苦手で一人で絵を描いているような人間だったから全部独学。中学も美術部だったけどうまくグループを作れなくて一人で描いててさ。今も何がやりたいかよくわかんないんだよね」
「それでとりあえずモデルを引き受けてるの?」
「まあ、そんな感じかな。私って顔が小さいから美少女に見えるんだって。だからモデルが適役なのかなーって思ったりすることあるんだよね」
「自分で美少女っていうの恥ずかしくない?」
「他にしようがないの」
「でも自信持って。久保さんは顔がいいから。私が保証する」
「真宮さんに保証されてもなー」
「顔だけじゃない。うなじも鎖骨も手首も脚もいいと思う」
「……フェチ?」
「らぶ? だけど描けないところも私は好きだけどな。久保さんさ私が久保さんに相談しないで入部した時――嫉妬したでしょ?」
「はあ???」
いきなり変なことを言われて力が入り、イーゼルを倒しそうになってしまった。
嫉妬?
「あれは別にそんなんじゃないし。ただ一番近い美術部員が隣にいるんだから私に聞いたほうが色々早かったんじゃないって思っただけよ。ってか逆になんで私に相談しなかったの?」
「うーん。特に理由はないけど……強いて言うなら顔がいいから?」
「なにそれ」
ちょっとイラッとした。
性格はいいし私なんかよりも顔もいい。今や学校中の人気もあって非の打ち所もない本当の美少女かと思ってたけどこいつ何なの?
それからモデルを交代して真宮さんが私を描いた。
心のモヤモヤが消せなくてきっと酷い顔だったにも関わらず、真宮さんが描いた私は小さい二次元の世界でキラキラと笑っていたのだ。
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