ハンドルネーム・神

 とぼとぼ歩く亮一たちを後方から見つめる人間が二人いた。西条誠と藍原翔だ。誠はレッドアーミーのやり方に驚いていた。これが集団暴力か。

「すごいな」と誠がそう言ったが、翔はじっと亮一たち四人の後姿を見ていた。

「ああ、いじめの比じゃない。あれが暴力だ」

「どうした?あいつらに何かあるのか」と誠がそう云うと、

「……何でもない」と翔は曖昧に言った。

「何だ変だぞ」

「いや…勘違いだろう」

「ふーん、それにしても、さすがにアクツはえげつないな、おれじゃ、ああはいかん」

二人は路地で起こったことをレッドアーミーの男達の少し後方から見ていたのだ。

 

翔が赤井譲二に頼んだのは、こういう事だった。すなわちいじめを行っている人間を狩ること。いじめは暴力だ。暴力には暴力で対抗する。それをレッドアーミーに託す。そういうことだ。


「やることに無駄がない。レッドアーミーは確かに優秀だな」と翔が云うと、誠が翔に尋ねた。「恵理はもう大丈夫なのか」

 翔は頷くと、誠はさらに言った。

「渡会が言っていたな。メールで教えられたとかなんとか、ハンドル名が、神だって。ふざけているのか」


「それだ、それが問題だ。あいつは本当の事を云った」翔は眼を光らせた。

「とにかく情報だ。情報が欲しい」


 恵理は学校を休まなかった。ショックは残っているし、完全無視も裏サイトの誹謗中傷も止んではいなかった。しかしなにより誠の存在が大きい。自分にも味方がいることが分かったから勇気が出た。

そんな恵理にLINEで連絡が来た。誠からだ。『放課後、聞きたいことがある。ジョイで待つ』


ジョイはN市の繁華街のはずれにあるカフェだ。西皇子の学生はあまり出入りしない所だ。秘かな話をするにはちょうど良い場所ではあるが。


 放課後、恵理はジョイに向かった。


ドアを開けると窓側の席に誠ともう一人男子学生が座っていた。恵理は少し戸惑った。誠一人だと思ったからだ。それにしても、誠と並んでいる男子のなんと美しいこと、これが西皇子学園の全女子の噂の的、藍原翔か。

翔が誠と同じクラスとは知っていた。しかし、この三か月というもの恵理はそんな噂を気にする余裕は全くなかった。

 

恵理は急に緊張を感じた。美しさで女子に緊張させる男子、こんな眼で男子を見たことは初めてだった。

「恵理」と誠が声を掛けてきた。恵理は男子二人と向かい合うように座った。

「遅くなっちゃったけど、この前はありがとう、助かった」と恵理が云うと「いやあ」と照れたように誠が答えた。

 翔がじっと恵理を見た。恵理は心臓が高鳴るのを覚えた。

「まだショックが残っているようだね」

 

恵理は眼を見張った。何! 何で知っているこの人。

「恵理、翔が知っているのには訳があるんだ」

 恵理は黙り込んだ。まさか誠が他人にあの事を話すなんて信じられない。が、すかさず翔が云った。

「それは誤解だ。戸田さんのピンチを西条に教えたのは俺だ」

「えっ」自分の思考を言い当てられた恵理は驚いた。

「恵理、これには訳がある」と云いながら誠は店内を見回した。店内には西皇子の生徒は居ない。


「実は……」誠は翔の超能力について説明した。が、さすがに恵理は驚愕した。超能力! アニメかマンガか! 信じられない。しかし「なら、どうやって恵理のピンチを知ったと思う」と云う誠の言葉に反論できない。たしかに私は誰にも話してはいない。にもかかわらず二人とも知っていた。


「初めは学校裏サイトで戸田さんの事を知ったんだけどね。そこから戸田さんの思考を読んだ」と話す翔に恵理はまだ戸惑っていた。

「まだ、信じられないけど、助けてもらったのは事実のようね。ありがとう」と恵理は翔に云った。

「いやそれはもういい」翔はクールに答えた。これくらいクールだとかえって助かる。

「それより確かめたいことがある」

「何?」

「あの夜学校に来たのは渡会から金を持って学校に来いというメ―ルが来たんだよね」


 恵理はまたまた驚いた。やっぱり超能力は存在するのか。

「ええ、そうだけど」

すると誠が驚いたように云った。

「そうすると、おかしいぞ!」と誠が云うと、

「何故?」と恵理は尋ねた。

「渡会は神という奴から、恵理が学校に来ると教えられたそうだ」と誠が答えた。

「神? 何なのそれは」恵理は眉をひそめた。どうなっているのだろう。

「誰かがコントロールしている」翔が断言した。

「コントロール?」と恵理が聞くと、

「そうだ戸田さんが受け取ったメールが渡会のものでないとしたら、誰かが渡会になりすまして送ったことになる。一方、渡会は神と名乗る者からメールを受け取っている」と云う翔の言葉に恵理は驚いた。


「神!」

「ああ、渡会達の行動もコントロールされているようだ。戸田さんの気性と渡会達の気性を考えてメールを送っている奴がいると思う。そいつは戸田さんがどうなるか予想していたかもしれない」と翔が答えた。

「メールを自由に扱っているってことか」と誠が考え込みながら言った。

「そういうことだ。メールを操作できるってことは、裏サイトも怪しい」

 

恵理はハッとした。

「私をわざと標的にしたという事?」

 恵理の言葉に翔は頷いた。

「初めは分からないが。戸田さんがいじめの対象になってからは誰かがコントロールしていったんじゃないか」

「その神が誰かは分からないの? あなたの力で」

「話はそう簡単じゃない。この場合可能性のある者が多すぎる。さすがに神が誰かは分からない。だから情報が欲しい」

「だが、そいつは相当陰険だな。いったいどういう奴だ」と誠が吐き捨てるように言った。

「軽蔑すべきだが、頭がいい。簡単には尻尾をださないだろう」

「超能力を持っているお前が云うのだ。相当だな」

「そいつは言っている通り神にでもなっているつもりかもしれない」


誠が唖然として云った。

「神!」

「ああ、学園の神だ」

 恵理は少しおびえたように言った。

「私は誰かにコントロールされているの?」

「そうだ、だがコントロールされているのは戸田さんや渡会だけとは限らない」と翔は答えた。

 

恵理は考えこんでしまった。誠は訝しげに聞いた。

「何だ、何かあるのか」

「前から思っていたんだけど、学校で誰かに見られているって感じることがある」

「誰に?」と誠が問うと、

「分からない。ただ漠然とした感覚」と恵理は答えた。

「スト―カ―かよ」と誠が云うと、

「スト―カ―か、なるほど」と今度は翔が考え込んだ。

「何だ、何考えている?」誠の問いに翔は答えた。

「こういうのは、女の人の方が敏感だ。スト―カ―はいい線だと思う」

「そういうもんか」

「ああ」。

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