第2話・美少年

 西条誠は戸田恵理を家に送って行った。

 最後に「大丈夫か?」と聞くと恵理はせいいっぱいの笑みを浮かべ黙ったまま家の中に消えた。

 さてと誠は踵を返し、再び学校に歩みを進めた。

 夜空には三日月が輝いている。誠はそれを見上げると、何だ月の明かりまで不気味に見える。そして夜風が冷たい。まったくなんて夜だ。誠は初めて「フ―」と疲れたようなため息を吐いた。

 西皇子高等学園の校門にも月明かりが射していた。

 校門から少し離れた位置にじっと立つ人影があった。なにか、その人影の周りの気配が常と異なる。雰囲気が独特なのだ。そしてその人影は口笛を吹いている。「聖者の行進」だ。ゆっくりとゆっくりと口笛の音は響いている。誠はそれを耳にして苦笑した。つくづく変わった奴だ。

 三日月が雲に隠れ、暗くなったがその人間だけくっきり立ちつくしていた。

 そして誠は歩きながらその人影に声を掛けた。

「待たせたな。藍原」

 誠が声を掛けたその人影―藍原翔は誠に振り向いた。

「戸田さんは大丈夫?」

 誠はうんと頷いた。

「ああ、家に送って来た。相当ショックだったみたいだな。家族には何というか心配だな」と誠は少々苦い顔になった。

「多分本当の事は言えないと思うよ」と翔が冷静な顔で言った。誠はこいつは本当に落ち着いている。というか、もしかしたらこいつ怒ったり、泣いたりすることが無いのかもしれないと、ふと思う。

「そうだな、家族にはいじめは言いにくいだろう。だが、藍原教えてくれ」と誠が問うと、

「何だ?」と翔は答えて誠をじっと見た。

 すると月光が闇雲の狭間から漏れてきた。そして翔の美貌が月あかりに鮮やかに浮かんだ。

 誠は心臓が高鳴ったのを感じた。誠は一月に転校してきた藍原翔を見るたびに、美しいとはすごいことだと思う。少し長めの黒髪、形の良い眉、輝く切れ長の瞳に筋の通った鼻梁、紅い唇、そして透きとおるような白い肌。翔は男とか女とかを超越している。

 美少年とはこれほど心をざわつかせるものなのかと思う。だからと言って好きというわけじゃない。と心に誓っていた。固く。

「まさか、ほんとに恵理が暴行をうけるなんて、信じられなかった」と誠が言うと翔は答えた。

「でも西条は来た」

「ああ、恵理がいじめにあっているのは聞いたことがあったからな。しかしまさかレイプなんてどうかしている」

「いじめはエスカレートするから」

「でも、なぜ恵理のピンチが分かったんだ? それと俺に教えた訳はなんだ」

 翔は紅い唇で微笑んだ。

「質問はふたつ?」

「ああそうだ」と誠が云うと翔が答えた。

「ひとつ、俺にはテレパシ―の能力がある。だから戸田さんのピンチが分かった」

 誠は眼を丸くした。なんだその答えは!

「ふたつ、戸田さんと西条が幼馴染だという事が分かった。西条がすぐれた格闘家だという事も分かった。だから教えた」

 誠はあまりの驚きに一時、思考停止におちいった。

「……それは超能力ってこと?」

 翔は黙って頷いた。 

「なんか信じられないが、ではいじめの原因も知っているのか?」

「学校裏サイトだ」

「お前そんなもん見ていたのか」

「ああ、この学校のことを知りたかったからな。戸田さんは三か月ほど前に、それまでいじめのターゲットだった人をかばったんだ。もう止めようと実名で書き込んだ」

 誠は苦い顔になった。

「そいつはまずかったな。恵理は正義感が強いからな」

「それからいじめのターゲットは戸田さんに変わった。戸田さんはスク―ルカ―ストでは上位だったから、墜ちた天使だ。周りの人間はこういう状況になるとサディスティックになる。完全無視、私物を盗まれる、靴を泥だらけにされる、裏サイトではウザイ、キモイ、死ねのオンパレード、援交三万円と書かれたこともある。そして今日はカツアゲにレイプだ」

 それを聞いて誠はうんざりした。まったくなんて世の中だ。

「いじめはエスカレートするか」

「ああ」

「だが、お前なら超能力であいつら片付けることも可能だろ。念力とかで」

 この誠の問いに苦笑いをして翔は答えた。

「まあ早いのは催眠だな。眠らせる」

「だったらどうして?」

「いじめをやっているのはあいつらだけじゃない。西皇子学園全体にそれは存在する。それをひとつずつ潰すのはあまりに非効率的だ。それに」

「それに?」

「人は信じる人間に助けられるのが一番の救いだ」

「そうか」

 この時、誠は翔がとても大きな人間に見えた。そしてこいつは信じることができると思った。

「だが、これからどうするか、恵理は転校でもしなければならないのか?」

 誠が困った顔で云うと。翔はやや、むつかしい顔した。こいつはこんな顔でもきれいだな。と誠は思った。が、思ったとたん、いかん俺は男に惚れたことないぞと思い返した。

「転校か、それも有りだが、戸田さんは何も悪くないし、それに基本的に西皇子学園は都内で有数の進学校だ。もったいない」

 翔は夜空を仰いだ。月光が翔を照らす。それを見た時、なにか神秘的なものを誠は感じた。

 翔は再び誠の顔をきらり輝く眼で見て云った。

「西条は気づかないか?」

「何に?」

「西皇子学園を覆っているとても嫌な雰囲気だ」

 誠は頭をかきながら答えた

「俺は凡人だ。超能力者じゃない」

「これは俺のカンだが西皇子学園に存在するいじめには裏になにかあると思う」

「何があると云うんだ?」

「それが分かれば戸田さんだけではなく、西皇子学園からいじめを無くすことが出来るかもしれない」

 この言葉に誠は驚いた。できるのかそんなこと?

「いじめを無くす!」

「ああ、そうだ」と翔は笑った。

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