神の学園
西田幾(=東雄)
第1話闇の教室
東京都のN市にある私立の高校、西皇子学園は今、闇と静けさに支配されている。
深夜の学校というのは闇の深さが際立つ場所だ。学生、教員であふれている昼間との落差が著しく、音もない人影もない異空間と化しているようだった。だが、
A棟校舎三階の二年B組の暗闇の中でひそかなため息を吐く者がいた。ショート髪を手で掻きあげて、戸田恵理は唇からす―とため息を吐くと白い空気が空間に放たれる。その息はやや震えていたが。
恵理の心臓がどくどくと高鳴っている。これから何があるのか、それを考えると足が萎えそうになる。闇は人間を本能的におびえさせるものである。
そして今は三月初旬、夜はまだまだ冬の冷気に包まれている。
白のパンツに赤のセ―タ―という軽装を恵理は後悔した。春の名のとおり昼間は暖かったから油断した。この季節は昼夜の温度差が著しい。だが寒さのみで恵理の体は震えていたのではない。
次の瞬間、次の間。次に現れる未知に恵理は震えていた。
と、そのとき教室のドアがゆっくりと開き、大柄な影が入ってきた、そして恵理に声が掛かった。
「へえ―ほんとに来たか」
同学年で同じ組の岩尾勇次が恵理に近づいてきた。グレ―の制服のブレザ―姿で今時、珍しい坊主頭で脂肪たっぷり太っている。
「金持ってきたか?」と勇次がそう聞くと、
「あなたにあげるお金は無い、そう云いに来た」と恵理はきっぱりと言った。せいいっぱいの勇気を振り絞ったのだ。
「ふーん」と勇次はヘラヘラ笑いながら恵理を見た。
「お前きれいな顔して、スタイルいいよな」
勇次の顔はドス黒い欲情で歪んでいるようだった。
「いいのか、終わらないぜ、いじめ」
「かまわない! お金は絶対あげない」と恵理は勇次を思いっきり睨んだ。
勇次はにやりと笑った。
「だってさ、みなさん」と勇次が声をかけると、二人の人影が教室に入ってきた。
何! と驚愕した恵理の前に三人の男子が並んだ。みな勇次と同じく制服のブレザーを着ている。恵理の知った者達だ。
進学校で有名な西皇子学園だが、どこにでも落ちこぼれはいる。彼らは進学校にあって負け組で不良ということになる。数は少ないから目立つ存在だった。
だがへらへら醜く笑っている三人の男たちの顔が歪んだ、としか言いようが無い。
そして次の瞬間、三人の相貌が変わった。顔色が真っ黒になり、目が吊り上がり、眼光が異様になった。そしてみな口元が緩み、よだれが床にしたたり落ちる。口を大きく開け、真っ赤な舌をちろちろくねらせる様はまさに悪鬼。こいつら何! 人間?
「へへへへ、いい体してるな」涎が伸びて地に落ちている渡会洋一。こいつは背が高いが、今天井にも届くようだ。
黙って、不気味に光る双眸を恵理に向け、無表情の黒の能面、外岡忠。ギリッと親指を自ら噛み床に血を滴らせる。
こいつら完全にいかれている。昼間はここまでグロテスクではない。そして何かリアルさが無い。皆あやつり人形の様だ。
「な、来たろ。こいつ気が強いんだ」と言ったのは岩尾勇一だ。この中で勇一だけがB組ではない二年A組だ。目が気持ち悪く光ってきた。不気味ではない、気持ち悪いのだ。
その気持ち悪さは皆同じだ。
「ちぇ、損したよ、戸田は来るわけないって思っていたのに」と舌打ちしたのは忠だ。親指から滴る血をねっとり舐めながら恵理を見ている。
「みんなで賭けをしたんだよ。戸田が来るかどうか、負けたのは忠だな」と 勇次がそう云うと、忠が言った。
「負けた代わりに最初は俺にやらせろよ」
恵理は戦慄した。やらせろ! 私に何をするのか。
「いや、それはじゃんけんだ」勇次はにやにやしながら恵理を眺めながらそう云った。
「ジャンケンポン!」三人が一斉に声を挙げた。
「やった!」忠がガッツポーズを取った。
恵理は恐怖に震えた。この人達まさか私を? いやここは学校だ。そんなはずがない。
「あなたたちいったい、どういうつもり?」恵理は悲鳴に似た声で三人に問うた。
「金を持って来なかったから。体で払ってもらうんだ」と勇次が平然と言った。
「警備員が来るわよ」
「警備員のおっさんは来ねえよ。この時間、仮眠をとっているんだぜ」
そして皆何と! ズボンを脱ぎ、下半身をむき出した。その股間のものは皆グロテスクなほど隆々としていた。
恐怖におびえた恵理はドアに向かって走った。
「逃がさねえ!」勇次がすばやく恵理を追いかけた。そして恵理の腕をつかむと羽交い絞めにした。勇次は大柄で力が強い。恵理にはかないっこない。
「おい、こいつを抑えていろ」勇次の言葉で後の二人が恵理の体に群がった。
恵理は力の限りに男たちの手に逆らった。しかし女一人の力ではどうしようもない。亮一が恵理の腹に拳を叩き込み、顔にビンタを見舞う。恵理の唇に一筋の血が流れた。
「おとなしくしな」勇次の言葉に恵理は愕然とした。私は強姦されるのか、まさか学校でこんな事されるなんて信じられない。恵理の眼に涙が溢れてきた。
勇次がにやにやしながら言った
「忠、いったい何回やるつもりなんだ?」
「才色兼備の恵理ちゃんだ。何回でもいいぜ」
そう云いながら忠が恵理のパンツを脱がせショーツに手をかけた瞬間、いきなり「ぐぇ」と唸ると床に忠が転がった。その裸の尻は真っ赤だった。
凄まじい蹴りが亮一の尻を襲ったのだ。
そして闇の中に大柄な影が立っていた。
「西条てめえ!」勇次が唸った。
勇次にそう呼ばれたのは西条誠だ。大柄でがっちりとした体がすっくと立っている。スポーツ刈りで端正な顔が今は怒りに満ちていた。西条誠は全く四人に気づかれることなく教室に入ってきたのだ。
「何だ、お前ら、その顔は、まるで野良犬だぞ。恵理から手を離せ!」と誠は凛とした声を発した。
勇次が誠を睨みつける
「西条、引っ込んでろ」
「そうはいかない。恵理は幼馴染だからな」
「ヤロー」と怒鳴り勇次の右拳が誠を襲う。誠は素早くそれをかわすと、両の手で勇次の右手を抱え込むと腰を回転させた。一気に勇次の体は誠の背中に乗り。そのまま床に叩きつけられた。一本背負いだ。 床に二人の人間が転がっている。
誠は、唯一残った亮一に向かって問うた。
「お前もやるか」
亮一はかあ!と口を開けて、誠に向かって行った。そして右腕を掴むとガ! と嚙みついた。
「お前、犬か!」本当に野良犬のごとき面ぼうでかぶりつく亮一。
誠は左手で亮一の後頭部に手刀を叩き込んだ。
「ゲ!」呻いてだらり床に這う亮一。
「こいつら、いったいどうなっているんだ。人間の顔じゃないぞ」
だが、確かに彼らは野獣の様を呈していたが人間だ。現に誰だか分かる。これはいったい何の現象だ。すると、
「西城君、あたし」
恵理は混乱の極みににあった。事があまりにおぞましく、理性が追いついてゆけない。
「西条君、あたし……」
「今日は何も云うな。送っていくから家に帰れ。明日も嫌なら学校を休め。なるべく早く今日のことは忘れろ」
短く、断定するような言い方に、恵理はかえってほっとした、よけいな、いたわりの言葉などこの際無用だからだ。疲れがどっと恵理を襲ってきた。
体を誠に支えられながら、恵理は校門前に着いた。校門の傍らの警備員室に明かりは灯っていない。
「大丈夫か、門を乗り越えられるか?」
「大丈夫」
恵理は誠の力を借りて門を乗り越えた。
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