第5話 大事な話

 ガチャ


「お帰り」


 男はスリッパを履いた。

 部屋の奥へ進む二人。


「……べっつに? 怒ってないわよ……」


 二人はソファーに座った。


「……だから……怒ってないって言ってるじゃない……」


「……あんた……昨日プレゼントくれたでしょ……」


 ネックレスの箱を手に持つリン。


「まず……ありがとう。すっごく綺麗でとっても嬉しいわ。本当にありがとう」


「ただ…………なんで一緒にいる時に開けさせてくれないのよ!」


「こんな素敵なプレゼントもらって……あんたに着けてもらいたいに決まってんでしょ!? バカ!!」


「……ふんっ……申し訳なさそうに謝っても無駄よっ……ちょっとやそっとの事じゃ機嫌直してあげないんだからっ」


「ふーん。お得意の手のマッサージで機嫌取ろうって作戦ね。いいわよ、やってみなさいよ」


「…………ふっ…………ん……………………ふぅ………………」


 声を出さないように我慢するリン。


「…………もう!! あんたってばそこばっか攻めるんだからっ……しかも両手いっぺんに…………んん…………あっ………………はぁ…………ほんとエッチ……」


「……ちょっ……何恥ずかしくなってんのよ! すごい真っ赤じゃない!」


「もういいわよっ! 機嫌直すわ!」


「ったくぅ…………」


 リンはネックレスを箱から取り出した。


「このネックレス……ほんとに綺麗ね……あたし好みだし……あんたすごいわよね」


「ん」


 リンは男の方にネックレスを差し出した。


「……着けてくれる?」


 男に背を向けるように座り直すリン。


「んふ。緊張してるわね……あたしも少し緊張してるわ」


 丁寧にネックレスをつける男。


「できた?」


 男の方に向き直るリン。


「どう? 似合ってる?」


「んふ。ありがと……」


「大きな鏡で見るわね」


 リンは立ち上がり、姿見の前に立った。

 男はリンの少し後ろでリンを見守る。


「わぁ……んふふ。素敵……自分で言っちゃうわ……ほんとにありがとね」


「ねぇ……後ろからぎゅってハグしてよ」


「んふふ。えぇ~? 手はどうしたらいいって……んふふふ。お腹を触ればいいんじゃないの?」


「あはははは! も~う! ほんっと可愛いんだから!」


「ほら早く。ぎゅってして」


 男は後ろからリンを優しくハグした。


「んふふ」


 リンは男の手を撫でた。


「ねぇ……今日はね……大事な話があるの……。だから癒やしてもらうのはその後ね……」


 二人はソファーに座った。


「じゃあ……もう言っちゃうわね」


「……そんな緊張しなくていいわよ……」


「あたし……今日でこのお店辞めるの」


「ううん。別の店舗に行くんじゃなくて、この仕事自体辞めるの」


「……あのねぇ……お嫁にいくわけないでしょ!? ったくもうっ……そんなわけないじゃないっ…………」


「あたし、自分の作ったものを食べてもらうのが好きなのね。この仕事で色んなお客さんに食べてもらって……美味しそうに食べる姿を見て……本当に幸せでね」


「……仕事にしたいなぁって思うようになったの」


「だからそのためにお金を貯めていたんだけど、あんたが来てから一週間くらい経った頃、目標金額を達成したの」


「それですぐ店長に辞める相談をして…………今日が最後の出勤日ってわけ。もちろんあんたが最後のお客さんよ」


「……なんだか……意外な反応ね……もっと動揺するかと思ってたんだけど……」


「えっ……あんたも大事な話があるの?」


 男はリンの手を握った。


「えっ 手握っちゃってどうしたのよ……」


「…………っ…………えっ……えっ!? き、聞き間違いじゃないわよね……」


「今『僕と結婚してください』って……」


「……なっ……何よあんたっ……そんな真っ直ぐな目でストレートに言っちゃって……素敵すぎるじゃないの!」


「……返事は決まってるわよ!」


「あたし……あんたと結婚したいわ……」


「ふふ……本当に決まってるじゃない……ふふふ」


 男はリンを抱きしめた。


「んっ…………もうっ……どうしてくれんのよっ……嬉しすぎて……ちょっと泣きそうじゃない! はぁ…………」


「えっ……んふふ。ちょっと……んふふ。大丈夫? も~う! あはははは!」


「あんたが号泣するから涙引っ込んだじゃない!」


「なんでそんなに泣くのよ~~~! よしよし……」


 リンは男の頭を撫でた。



ゴクゴクゴクゴク…………


 男は水を飲んだ。


「んふ。落ち着いた?」


「はぁ~……んふふ。まさか今日プロポーズされるなんて思ってなかったわ……」


「ビックリしたけど、本当にすっごく嬉しいのよ!」


「あたしたち……控えめに言って相性抜群でしょ? そう思ってるでしょ?」


「んふふ。でしょ? あたしはあんたが初めてここに来た日、あんたは他の人と違うって思ったのよねぇ……その時はまだ恋心は抱かなかったけどね」


「……えっ! そうなの? ……初めて来た日、この部屋のドアをあたしが開けて、あんたに『お帰り』って言ったあの瞬間に、あたしと結婚するって思ったの!?」


「なんでそう思ったの? あたしがどんな人か知らない段階なのに」


「……全身がビビッときた? 何よそれ~」


「『この人だ!』って思ったの? ふーん……まぁ……大正解だったってわけよね、その感覚……あんたって何気に結構すごいわよね」


「ねぇ……あたしたちって婚約したのよね? じゃあ……お祝いにお酒飲みましょうよ」

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