第4話 とっておきのリクエスト

ガチャ


「お帰り」


 男は部屋の中に入り、スリッパを脱いだ。

 リンと共に部屋の奥へ進む。


「ねぇ……昨日もお店来たの?」


「ふーん…………。昨日はあたしいなかったでしょ? ……誰にしたの?」


「『えっ?』じゃないわよ! ……だ、誰を指名したのかって聞いてるんだけど……」


「えっ……帰ったの? あたしがいなかったから?」


「ふーん……そう……。そんなにあたしじゃなきゃダメなの~?」


「……っ。そ、そうっ……ほんっとあたしの事好きよね~!」


 ソファーに座る二人。


「うん、そうよ。ちょっと体調が良くなかったからお休みをいただいたの」


「ふふ。大丈夫よ。元気そうでしょ? まぁ……まだちょっと本調子じゃないんだけどね。だからわかってるわよね。とことん癒やしてちょうだいよ?」


「んふふ。やる気たっぷりじゃない。じゃあ……今日はとっておきのリクエストをしちゃうんだから」


「あたしをぎゅーっと抱きしめて」


「……ふふ。何おめめパチパチしてんのよ」


「言っとくけど、これをお願いするの……あんたが初めてなんだからね! これってすごいことなのよ!? 初めてをあげるってことなんだから」


「あっ……あんた何言ってんのよ! 『なんだかエッチですね』って……ばっかじゃない!? そういう意味で言ったんじゃないわよ! このエッチ! 変態! すけべぇー!」


「……そんなしおらないでよ……別にそんなに怒ってないわよ……」


「あーもう! さっさと顔あげなさいよ! あんたがそんな顔してたら体調崩しそうじゃない。これでまた調子悪くなったらあんたのせいにするから! 家まで看病しに来てもらうわよ」


「…………何よその顔」


「……冗談よ……。お客さんとプライベートでやり取りするのは禁止されてるから」


「……期待させて悪かったわね……。でも……いや、ううん、なんでもない。さっ! 早く始めましょ」


 立ち上がる男。


「何立ち上がってんの。座ったままでいいわよ」


 男は座り直した。


「あたしがあんたの太ももの間に座って抱きつくから」


「……大きな声ね。そんなビックリする?」


「そうよ、そう言ってるじゃない」


「『できません』? うそでしょあんた、断ろうとしてんの!?」


「え? 何ごにょごにょ言ってんのよ。はっきり言いなさいよ」


「……あっ……な、なるほどねっ……男の人の事情が心配なのねっ……そうなの……」


「も……もしそうなっちゃったとしても……あんただったら別に……気にしないけど……。自然なことなんでしょ? 笑ったりしないわよ」


「……え? ……そう……あんたが気にするのね。わかったわ……ちょっと待ってて」


 立ち上がるリン。

 引き出しを開け、ごそごそ何かを探しだした。


「んー……何かいいものないかしら…………あ!」


 ソファーに戻るリン。


「このぬいぐるみはどう? これを間に置いておけば……もしそうなっちゃってもわからないわよっ!」


 恥ずかしそうなリン。


「はい。あんたが置きなさいよ」


「じゃあ準備できたわね? はぁ……やっとリラックスできる」


 男の太ももの間に腰を下ろし、抱きつくリン。


「はぁ~………………」


「ねぇ…………なんで腕浮かせてんのよ。ぎゅーって抱きしめなさいよ」


「……あんたねぇ……いいって言ってるじゃない。ダメな事をお願いするわけないでしょ。ほんっとバカ!」


 リンを優しく抱きしめる男。


「んふふ……ソフトねぇ……それも気持ちいいけど……」


「……あんたの体熱いわね」


「……違うわよ! あんたの方が熱いに決まってんでしょ。あんたの体温が高いから、ハグしてるあたしも体温が高くなってんのよ」


「ねぇ……もっと密着するように抱きしめてよ……」


「……んっ………………はぁ………………気持ちいい…………」


「ハグしたら幸せホルモンが出るっていうけど……本当みたいね……すっごく幸せ……」


「……ふーん……ハグするの初めてなんだ……。……まぁ……あたしも男の人とハグするのは初めてだけど……」


「うん……本当よ……。言っとくけど……この間直接背中をさすってもらったじゃない? あれも初めてだったんだから……直接背中をさすってもらうお願いなんて……あんたにしかしないわよ……」


「……なんで黙ってんのよ……何か言いなさいよ」


「……嬉しすぎて言葉が出ないってあんた……んふ。可愛いんだからっ」


**


 ドアの方へ歩く二人。

 男はスリッパを履いた。


「ありがとね……」


「何よ……」


「……別に……どうもしないわ……」


「本当よ……」


「……そんなに元気なさそうに見える?」


「……まぁあれよ……さっきまでずっとあんたに触れてたから……ちょっと寂しいなって感じてるだけよ……」


「……うん……ハグして……」


 男はリンをハグし、密着するように抱きしめた。


「んっ…………もう…………すぐ上手になるんだからっ…………」


「はぁ……………………」


 男は小さな紙袋を渡した。


「……えっ! 何? プレゼント?」


「ありがとう……開けていい?」


「えー!? 後で開けてほしいって……何よそれ……今開けたいんだけど?」


「恥ずかしいってあんた……ったくぅ……仕方ないわね。開けるのは後にするわよ。ほんっとにもう…………」


「ありがとね! 早く開けたいからさっさと行きなさいよ」


ガチャ


「んふ。すぐ帰ってきなさいよね。待ってるんだから」


「うん。気をつけてね、行ってらっしゃい」


バタン


 ドアが閉まると、リンは早足で部屋の奥へ進み、ソファーに座った。


「プレゼント……何かしら……」


 小さな紙袋の中から箱を取り出し、蓋を開けた。


「えっ! ……ネックレスじゃない……!」


「綺麗……えっ……すごく綺麗……!」


「っ……んも~~~っ! なんで一人の時に開けなきゃなんないのよ~! この恥ずかしがり屋!」


「……もう! すっごく嬉しいのに……なんで今いないのよっ…………バカっ!!」

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