第2話 ねぇ、ちょっと耳貸しなさいよ

コンコン


「はーい」


ガチャ


「ふふ。お帰り」


 男はドアを閉め、スリッパを脱ぎ、リンと共に部屋の奥へと進む。


「約束守ったじゃない。偉いわね」


「そっ そう……そんなにあたしに会いたかったの。ほんっと罪な女なのね、あたしって」


「何笑ってんのよ。つっこむならつっこみなさいよ!」


「ったくぅ……」


 二人はソファーに座った。


「ふふ。へぇ……今日は初めから隣に座ったわね。早くあたしを癒やしたくてうずうずしてるんでしょ」


「んふ。素直じゃない。じゃあ早速癒やしてもらおうかしら」


「今日もあんたが来たら手をマッサージしてもらおうと思ってたんだけど、肩の方が凝ってる気がするのよねぇ……だから肩揉みと肩叩きをお願いするわ」


「へぇ~。帰省した時は必ずお母さんの肩を揉んであげてるなんて、中々親孝行じゃない」


「じゃあ慣れたもんってことね。期待してるわ」


 ソファーから立ち上がるリン。


「ここじゃやりにくいから、あっちの椅子に座るわよ。ほら立って」


 立ち上がる男。

 リンはあっちの椅子に座った。


「なんか申し訳ないわね、あたしだけ座っちゃって」


「まぁそうね、よくわかってるじゃない。あたしが癒やされるための時間だものね」


「隣に座れなくて残念でしょ」


「ふふ。大丈夫よ。終わったらまたソファーに座ってお喋りする時間も取るから」


「んふ……あんたってほんとわかりやすいわね。んふふ」


「じゃ、お願いね」


 男はリンの肩をもみ始めた。


「ううん。丁度良い…………あーーー…………気持ちいいわぁ…………」


「あんた……すごい上手よ? どうしちゃったのよほんと…………マッサージ得意なんじゃない」


「ふーん。肩揉みと肩叩きは自信あるのね。その自信、持ってて正解よ。大正解」


「あーーー…………さいこぉー………………」



「んーーー気持ちいい……ありがとね。次は叩いてくれる?」


「もっと強めがいいわ」


「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”…………さ”い”こ”ぉ”~~~~~………」


 肩叩きされているため、リンの声が少し震えている。

 


「はぁ~……スッキリしたわ~! ありがとね」


「ん~~~~~~~っ」


 リンは座ったまま両手を上げ背伸びした。


「あぁ~…………はいっ。ソファーに戻るわよ」


 立ち上がるリン。

 二人はソファーに座り直した。


「喉渇いてない? あたし水飲むけどあんたは? 夜だからカフェインは取らない方がいいわよ」


「大抵の飲み物はあるわ。ジュース飲む?」


「何よ。あんた甘いの苦手? お茶にしておく?」


「牛乳!? んふふ! 今牛乳が飲みたいの? なんか可愛いわね」


「バカにしてないわよ。あたしも牛乳好きよ。毎日飲んでるもの」


「そうよ。何ビックリしてんのよ。手軽にカルシウム取れるんだから毎日飲むわよ」


「そうね、健康にはすごく気を使っているわよ。あんたちゃんと野菜食べてる?」


「ほんと? 今日は何の野菜食べたの?」


「トマトとキャベツだけ!? 冗談でしょ!?」


「何言ってんのよ。夜にまとめて取ったらいいってもんじゃないのよ?」


「も~う……今度あたしがご飯作ってあげるわ。しょうがないわねぇ」


「えぇ。そう言ってるじゃない」


 男は嬉しくて両手を上にあげた。


「んふ。そんなに嬉しいの?」


「何か食べたいものある? リクエスト聞いてあげてもいいわよ。できるだけ手間のかからないものにしてちょうだいね」


「んふ。わかったわ。肉じゃがね。あんたすごいわね、あたしの得意料理を言うなんて」


「……って、もーう! 水飲む前にいっぱい喋っちゃったじゃない。喉カラカラ~」


 立ち上がるリン。男も立ち上がる。


「いいわよ、座って待ってて」


 リンは台所へ行き、食器棚からコップを出し、冷蔵庫を開けた。

 男は立ち上がり、台所へ小走りで向かった。


「座ってていいのに」


「んふ。あたしがコップに注ぐとこが見たいって……あんた可愛すぎ」


 リンはコップに牛乳を注いだ。次いで、ペットボトルの蓋を開け、常温の水をもう一つのコップへ注いだ。


「うん。この部屋暑くないでしょ? あたしすぐお腹冷えちゃうのよ。だからあまりに暑い時以外は常温の水を飲むの」


「はい」


 男にコップを渡すリン。

 ソファーに戻る二人。


「かんぱーい」


 二人はコップを当てて乾杯した。


ゴクゴクゴクゴクゴクゴク(男)

ゴク……ゴク……ゴク……(リン)


「はぁ~~っ……美味しい。水分が不足するのはよくないわよね~」


「それにしても……あんた飲むの早くない!? もうないじゃない! そんなに喉渇いてたの?」


「わかるわ。気付いたら喉カラカラって事よくあるわよね。言っとくけど、あたしにマッサージしてる最中でも、喉渇いたり体調変だなぁとか思ったらすぐ中断して言うのよ? 絶対我慢しないこと。わかった?」


「コップ貸して」


 コップにペットボトルの水を注ぎ入れるリン。


「はい」


ゴクゴクゴクゴク……


「あははは! いい飲みっぷりねぇ。なんだか清々しいわ」


ゴク……ゴク……


 リンも水を飲む。


「はぁ……んふ。もしかしてまだ飲みたいの? これあたしの飲みかけだけど飲む? なーんてね、冗談よ」


「っ! えぇ!? 飲みたい!? 何言ってんのよあんた……」


「謝らなくていいわよ。え……飲みたいの?」


「…………いいわよ……はい……」


 男はリンからコップを受け取り、水を飲んだ。


「んふ」


「ねぇ、ちょっと耳貸しなさいよ」



「……どうだった? あたしと間接キスして」



 リンはこしょこしょ声でそう言った。


「うふふふふ。耳真っ赤じゃない! 顔も赤くなってる」


「……え? 何へりくつ言ってんのよ。あたしが口付けたとこで飲まなかったからって、あたしの飲みかけを飲んだんでしょ? 立派な間接キスじゃない。んも~~~」


「そうよ? そうに決まってるじゃない。あーああっ。せっかく最後にいいことしてあげようと思ってたのに。もうしてやんなーい」


「……ちょっと何いじけてんのよ。ほらシャキッとしなさいよ」


「何をするつもりだったか知りたい? じゃあ癒やしてちょうだい。あたしを気持ちよくできたら教えてあげてもいいわよ」


「…………んも~! あんたマッサージ上手なんだから、昨日みたいに手を揉んだらいいんじゃないの?」


 男はリンの手をマッサージし始めた。


「…………んっ…………んん…………はっ……あんたっ………止めなくていいわよ続けて」


「んっ! …………はぁ…………もうっ………………んん…………」


 リンは手をマッサージされている間、時折少しお尻を浮かせて座りなおした。


「も、もういいわよ! ……はぁ~~~っ…………あんたねぇ!」


「あたしが感じやすいとこばっか狙って……なんなのよもう!!」


「ダメじゃないわよ! すんごい気持ちよかったわよ! ったく……昨日のマッサージであたしが気持ちいいと感じる場所覚えたの?」


「すごい才能ね……あんたが揉んだりさすったりしてくれたとこ……全部良すぎてビックリしちゃったじゃない! はぁ~~~っ…………ねぇ、反対の手もやってよ」


「んっ…………ふぅ…………んふっ…………んーーー…………はぁっ……ちょっ……あんたそこばっかさすっちゃってっ…………指の間はっ………ん…………んん…………」


「はぁ~~~っ……ありがと。気持ちよかったわ。ほんと上手ね」


「わかってるわよ。教えるわ。あんたにしてあげようと思ってたこと…………んふふっ…………耳にふーーーって息をかけるつもりだったのよ?」


「ふふふ。何よその顔~。しょんぼりしないでよ。いつか気が向いたらやってあげるわ」


「んも~! シャキッとしなさいよぉ!」



**


 二人はドアの方へ向かい、男はスリッパを履いた。


「今日も楽しかったわよ。帰ってきてくれてありがとね」


 男はドアノブを回した。


「あ、ちょっと待って。あんた忘れ物してるわよ」


「こっち来て」


 男は一歩前に出てリンに近づいた。


「向こうむいて」


「ふぅーーー…………」


 リンは男の耳に優しく息を吹きかけた。


「今日も来るって約束守ったご褒美よっ」


「んふふ。その顔……くせになりそう」


「んふふ! ほら、早く行かないと」


 男はドアを開けた。


「気をつけてね、行ってらっしゃい」

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