癒やされ嬢
オビレ
第1話 癒やされ嬢のリン
コンコン
一人の男が部屋のドアを叩くと、
ガチャ
中から一人の女がドアを開けた。
「お帰りなさい。ほら入って」
男は中に入りドアを閉めた。
スリッパを脱ぎ、部屋に上がる。
「初めましてよね、あたしの事はリンさんと呼んでちょーだい」
「あなた素敵な名前よね。なんて呼んでほしい? 呼び捨てがいい?」
「そうねぇ、名前で呼ばれたいって人が多いわよ」
「……なんでもいい? 何よそれ。ったく~……じゃあもうあんたって呼ぶから」
「何笑ってんのよ」
ソファーに座るリン。
「はぁ……このソファーふかふかで気持ちいいのよねぇ……。あんたも早く座りなさいよ」
男はリンと向かい合わせの位置に座った。
「あはは! そこに座るの? ふ~ん、隣じゃなくていいんだ」
「それにしてもあんたついてるわね、初めてであたしを選べるなんて」
「そうよ。常連さんしかあたしを選べないんだから。でも最近お客さんが増えてて、店長にどうしてもって頼まれたのよ。それで特別に今日だけはOKしたの。だからあんた、超ラッキーな男なんだからね。喜びなさいよ?」
「……んも~! 緊張しすぎ! もっとリラックスしなさいよね~」
リンは立ち上がり、男の隣に座った。
「ふふ。近い? 隣に座ったらこんなに近いのよ? んふふ」
「ちょっと~! こっち見なさいよ-! ほら、ちゃんとあたしの顔見て?」
「んふっ! 緊張してる顔、中々可愛いじゃない」
「確認だけど、ここの主旨は理解してるわよね?」
「えぇ、そうよ。お客さんがあたしたち癒やされ嬢を癒やすの。言っておくけど、あたしが嫌がることは一切しちゃダメなんだからね。そんなことしたら即おまわりさんに逮捕されちゃうんだから。気をつけなさいよ」
「んも~! ガチガチじゃない! そこまでビビらなくていいわよぉ! まずここの性格診断をクリアしてるんだから、心配しなくていいんだけどね」
「そうよ。ここの性格診断は精度が超高いんだから。どんな仕組みか知らないけど、店長の知り合いにすごい人がいるんだって。実際、クリアしたお客さんはみんな素敵な人なのよ? だからあんたも素敵な人ってわけ。自信持ちなさいよ?」
「も~~~! 余計なこと話しちゃったじゃない。だから初めてのお客さんはやなのよ。早く癒やしてちょーだい」
「そうねぇ……手のマッサージでもしてもらおうかしら」
「はいっ」
リンは片方の手を男に向けた。
「も~……あんたねぇ……やり方がわかんなくてもとりあえずやってみたらいいじゃないの」
「ふふっ……万が一でもあたしに痛みを感じさせてしまうのがこわいの。へぇ~。あんた慎重な性格なのね。臆病すぎる気もするけど、嫌いじゃないわよ」
「しょうがないわねぇ。お手本やってあげる。手出して」
男の手を触るリン。
「ふ~ん……手、大きいのね……かっこいいじゃない」
「ふふっ。あんたって感情が顔に出るタイプよね。わかりやすくて可愛いわよ」
「こうやってここを親指でぐるぐるするの…………どう? 気持ちいいでしょ」
「ちょっと痛い? 疲れてる証拠ね」
「手の平だけじゃなくて、指もわすれちゃダメよ」
「こうやって……指を一本ずつ優しくさすってあげるの……横よ? 横を挟むのよ? こうして親指と人差し指でさすってもいいし、人差し指と中指で挟んでもいいわよ」
「それから指と指の間のここ……恋人繋ぎするみたいに指を絡めてさすってあげるの……」
「んふ。気持ち良さそうね。あたしがやってるんだから当然だけどね。ほんっと、なーんであたしがあんたを癒やしてんのかしら! ちゃんとやり方覚えなさいよ?」
「はい。もう十分わかったでしょ? あ~もう手が疲れちゃったじゃない。たっぷり癒やしてちょうだいよ、わかってるわよね?」
「いい返事じゃない。ふふ。期待しておこうかしら」
男はリンの手を優しく触った。
「んふっ。触り方ソフトねぇ~! あんた優しいのね。性格がまんま出てる感じで嫌いじゃないわよ」
「そうそう! ん~~~………………いいじゃない…………あーーーーー…………」
「そこ、もう少し強めにぐりぐりしてくれる?」
「ふふ、大丈夫よ。ちょっと痛いくらいが気持ちいいんだから」
「そうそう! いい! っあぁ~~~~っ…………うん…………はぁ…………ん~~~っ…………いい……じゃない…………うん……続けて…………」
「ちょっとあんた……何よっ……上手じゃないのよ……。ビックリしちゃったわ……」
「そうね、次は指をお願いね」
男はリンの指を一本ずつ優しくさすり始めた。
「んふっ。ソフトねぇ……んふふっ…………くすぐったい…………ふふふ…………あはははは! ストップ! くすぐったいわ!」
「違うわよ……別に下手くそじゃないから。ただねぇ……優しすぎてくすぐったいの」
「そうねぇ……さっきあたしがしたみたいに、恋人繋ぎするみたいにさすさすしてみたら?」
「……えっ! ちょっ…………んっ…………待っ……たなくていいから! 続けて……」
「ん…………」
鼻から息をふぅ……っと吐く。
「なんなのよあんた……すごい上手じゃないっ……んん…………」
男は指と指の間のひだのような部分を指先でさすった。
「ひゃっ……そ……それも上手じゃないっ…………ふっ…………んーーーっ…………はぁ…………」
「……なっ!? 感じてるみたい!? あんたねぇ! 調子乗ってんじゃないわよ! こんなとこ丁寧に触られて……感じないわけないでしょ!」
「……え……急にどうしたのよ。なんでかたまってんのよ……ちょっと? 生きてるぅ!?」
「……ふふっ。あんたほんと可愛いわね。少し気に入ったわ」
「はい。こっちの手も同じように癒やしてよね」
**
部屋のドアまで歩く二人。
男はスリッパを履いた。
「ありがとね。中々気持ちよかったわよ。あんた、手のマッサージ師向いてるかもしれないわね」
「ん?」
「んふっ。いいわよ。あんたはまだ常連さんじゃないけど、特別にあたしを指名できるようにしておくわ」
「明日!? 明日も来るつもりなの?」
「ふーん。ほんとに来るのね? 来なかったらおしおきしちゃうんだから」
「え? そうねぇ……悶えるほど激痛なツボ押しをしてあげる。すんごい痛いのよ? あんた泣いちゃうかも」
「……なっ! これのどこがご褒美なのよ!? おしおきって言ってるじゃない! あんたってばすぐ調子に乗るんだから」
「……別に嫌いじゃないわよそういうとこ……」
「ほら! 早く出なさいよ」
男はドアを開けた。
「気をつけてね。行ってらっしゃい」
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