第27話 拡張技能

 4月8日0時半――。


 国立北山高等学校敷地内。


 法力を修得し転法輪寺高等学校からの刺客は呪いを修得し地獄冥界からの刺客と対峙していた。


 呪いには多種多様な概念がある。


 ここで全てを記すことはしないが、人間の立場になって呪いというものを説くとするならば、基本的に呪いとは悪しき概念である。


 社会一般的に風説として言われているのは、この世の理から外れた存在が使用するものであるということ。


 人間が使用することは原則できない。


 政府、国から使用が許可された人間のみ使用が許可されている。


 許可が下りていない人間が呪いを扱うことは違反となり執行対象となる。


 ただそのほとんどが呪いを解く「解呪」のために使用される。


 もちろん人を呪い、操る行為は禁止であると日本国法に規定されており、呪いによる犯罪は厳しく取り締まられる。


 さて、今回の紅の宝石に込められた呪いには「身体呪縛」と「技能拡張」が含まれていた。


「身体呪縛」は対象の身体の自由を奪い、洗脳し、呪いをかけた者――術者の意のままに操ることが可能。


「呪い」には「隠蔽術」のように階級が存在し、術を重ねるごとに高度な技術が要求される。


 今回の場合はまず身体の自由を奪う「捕縛」の呪いが第一階級。


 それが達成されれば次の段階、第二階級、「洗脳」の呪いへと移行する。


 そして第三階級の扉が開き、「操作」の呪いを付与することが可能になる。


 イメージとしては一つ一つ扉を開けていくイメージである。


「操作」の呪いをかけるためには、「洗脳」の呪いの段階を踏むことが必須条件となっており、これを飛ばすことはできない。


 これに似た概念に「法力」の「印」がある。


 流転が悪魔である椎葉、ミカエルに使用した「三悪之印」は第一階級である「捕縛」の呪いを転用して使用しているものである。


 呪いとの違いは、その発動時間にある。


 術者によっても異なるが、呪いはかなりの時間を呪いの作成に費やさなければならない。


 もちろん今回の赤い宝石のように「呪物」とよばれる古代から伝わる呪いが込められた呪われし物品を使用することで大幅に時間を短縮できるケースも存在して居る。


 が、それはレアケースであり、呪いを扱う者は基本、その時間との戦いがネックになってくるものだ。


 それに比べて「印」は自身の身体の一部で印を結ぶことで発動までの時間を大幅に短縮できる。


 それを転用した呪いが「呪印」と呼ばれるものである。


 もう一つ、「技能拡張」とは。


「早希ッ!危ない!」


 木下が佐々木に突撃し、なんとかその雷撃を避ける。


 目の前にはスタンガンで自身の手を痛めつけている不良がいた。


 スタンガンから放たれる電気は手に集約し、それを放出することで攻撃とする。


 痛めつけている、と言うよりかは、充電している、と言った方が適切だろうか。


 雷撃、といっても本当の雷のような速度はなく、模倣であるため豆鉄砲ほどの速度しかない。


 だが威力は本物の雷と比べても遜色ない。


 これが「技能拡張」。


 自身が持つ武器の効力を個人の潜在的攻撃力と比例して最大限引き出すもの。


 これは見る方面を変えれば生得能力や修得能力に成り得るが、まごうことなくこれは「呪い」である。


 他者から付与された一時的な効力に過ぎない。


 呪いによる効力は持続時間が長いほど後遺症の発生率を上げる。


 つまりは呪われた人間がその力を使った場合、使った分だけ後遺症として後に響くことになる。


 自分の身が滅んでも良いと考えている者ではない限り、決して呪いというものを容易に使用してはならない。


 身を滅ぼしかねない、凶悪な術、それが「呪い」なのだ。


「今度はなんだぁ?!」


 山本が喚くその先では大規模な噴煙が巻き上がっていた。


 その正体は毒ガス。


 催涙スプレーを所持した不良の技能拡張。


 吸い込めば一定時間動けなくなるかなり危険な代物。


 後退を続ける三人は校舎の裏へどんどん進んでいく。


 その先は袋小路だった。


 だが、そんな他校の構造など知らない三人は進んでいく。


 一時的に身を守ることはできても最終的に追い詰められては意味がない。


 彼らの目の前に現れたのは巨大な金属の塊。


 巨大な金属バットの先端。


 自身の身体を守る術などでは防げないほど大きな金属の総量。


 山田と木下は必死に障壁を展開する。


 佐々木は一つの印を結んだ。


 その印は簡易的に結界を貼るためのもの。


 富楼那みたいに瞬間的に四つの効果が付与された結界が貼れたなら現状の打破も簡単だっただろう。


 だが、彼女も結界術に長けていないわけではない。


 代々優秀な結界術士を輩出している優秀な血筋。


 初代佐々木権左衛門はこの世の結界の礎を築いた偉人である。


 その佐々木家の末裔である佐々木早希は若干2歳にして結界の才能を開花させた。


 そして最年少にして二効果結界を修得した天才――それが佐々木早希である。


 佐々木は結界に二つの効果を付与した。


 一つは「攻撃無効化」。


 一つは「侵入不可」。


「よ、よくやった!佐々木氏!」


 山田が嬉々として叫んだ。


 だが、木下は素直に喜べない様子だった。


 それは「簡易結界」の効能を知っているからだった。


 瞬間的に、広範囲に、幾つもの効果を結界に付与する簡易結界は脆い。


 加えてそれは障壁に近い。


 自身が生み出した障壁は自身の身体に直接的に負荷が掛かる。


 つまりは佐々木が生み出した簡易結界の外部ダメージは佐々木に直接攻撃として作用する。


 いわば佐々木は身をもって山田と木下を守っていることになる。


 金属の塊が佐々木が創り出した障壁に直撃した。


 佐々木の印を結んだ手が震える。


 不可が一点に集中しているためだ。


 顔をしかめる佐々木にさらに追い打ちをかけるように雷撃が加わる。


 更にはメリケンサックを手に装着した男の連打。


 佐々木の手からは血飛沫が上がる。


 手の血管が膨張し、限界を知らせる。


「もうやめて早希!私たちを守るのはもう…!!」


 涙目になりながら訴える木下を横目に止める気配を見せない佐々木はさらに障壁の硬度を高める。


「あんたッ…!山本!何かしなさいよ!見てるだけじゃなくて!!」


 何もできていない団長、山本は顔に影を落とす。


 分かっていた、この状況では自分は何もできないことに。


 ただ、自分の無力さを自覚する。


 目の前には自分が守りたいと啖呵を切った少女の傷つく姿が。


 自分は一体何をしているんだ。


 山本が拳を強く握りしめ、障壁の外に進行を始めた時。


 ちょうどその時、二効果結界の一つ、「侵入不可」の効果が切れた。


 山本が強く握りしめた拳を振り上げ、不良に攻撃する。


 だが、戦力差は一目瞭然。


 山本はその場に崩れ落ちた。


 だが不良の足を掴み、なんとか足止めに徹する。


 だが「技能拡張」によって底上げされた身体能力を前に為すすべもなく転ばされる。


 山本は強く地面に手を打ち付ける。


 自分の無力さ、そして自分にはこれだけ力が残っているにもかかわらず何もできない現状に苛立ちを覚えた。


 不良たちの手は遂に金属の塊の衝撃を抑え込んでいる佐々木の下にまで届こうとしていた。


 木下は即座に助け舟を出そうとした。


 だが、何故か身体が動かない。


 足が何かに縛られているように微動だにしない。


(助けて――清々様…)


 木下が暗に祈ったその時。


 佐々木に襲い掛かって来ていた不良4人は後方に吹き飛ばされ、金属バットを持った不良に直撃した。


 そのまま金属の塊も消失した。


 特殊な力は感じない。


 後方から感じた人の気配はただの人間を現わしていた。


 そこに立っていたのは美しい金髪を持った顔立ちが整った青年。


「お前らの相手は俺だろうが、関係ない奴を巻き込んでじゃねーよ」


 椎葉悠斗の声に呼応するように不良5人は技能を拡張する。


 誰か分からない、だが今は彼に託すしかない。


 三人はそう感じた。


 彼の持ったただの木刀(否、木片のようなものだった)によって不良を吹き飛ばしたという事実を考えれば彼は相当な使い手であることは容易に想像できた。


「悪いが結界術士。結界を貼ってくれないか。一効果結界でいい。法力が漏れないように」


 佐々木は即座に状況を判断し、頷き、結界を貼った。


 不良が椎葉に向かって進行を始めた。


 椎葉は持っていた木片に力を込める。


 そこからは黒い煙のようなものが立ち込めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

六道輪廻の徘徊者 鍵村 戒 @kagimura_kai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ