第26話 隠蔽

 4月7日午後7時――国立北山高等学校敷地内。


 富楼那の結界解除から二時間後。


 佐々木と山本は一般人が通う高校に潜入し、辺りを調査していた。


 結果、3種類の痕跡を見つけた。


 一つは校舎裏の空き地。


 大量の悪魔の血とそれを覆い隠すように消毒の術が貼られていた。


 一つは校舎の屋上。


 一度円形に破壊され、また修復された痕跡が残っていた。


 一つは校庭。


 これまた同じくクレーターのようなものが過去にできていたことが判明した。


 痕跡を完全に消すことはできない。


 消えたように見えているのはただハリボテが設置されているだけであり、法力を使いし者、中でも特に解読に長けている者には特別な術を用いなくとも視認できる。


 完璧に消すことは不可能だ。


 だが、見え辛くすることはできる。


 より高度な「隠蔽術」を用いればいいのだ。


 見る者に求められる法力探知のレベルを格段に上げることで


 最も高度とされている隠蔽術は「時間逆行」と呼ばれる痕跡が残る前に時間を戻すというもの。


 人体や動植物に使用することはできず、かなり制限されているが強力な隠蔽術である。


 それでもなお痕跡は残る。


「時間逆行」を使が残るのだ。


 ただ下級の隠蔽術を使用するよりは視認され辛くなるのは間違いないのだが、高度な解読術を持った者の目には明確にその痕跡は目に入る。


 富楼那は「時間逆行」を使うことができる。


 それは佐々木も知っていた。


 にもかかわらず隠蔽工作に「時間逆行」を使用しなかったということはそれほど隠すようなことでもないと判断したからだろうか。


 もしくはこの土地に法力を使える我々のような部外者が入ることを想定していなかったのか。


 佐々木は考えたが結論は出ず、依然として靄のようなものが脳内を漂うばかりであった。


 そしてもう一つ、佐々木は考えていた。


 悪魔の血と陰陽道の匂い。


 悪魔の血に関しては色濃く残っていた。


 これはかなりの量の血が流出したことを裏付けていた。


 数日前に悪魔が陰陽道の手によって祓われた?


 あのジャージ姿の男は悪魔?


 だとしたら富楼那との関連性が分からない。


 富楼那は悪魔を祓うためではなく別の目的でこの学校に訪れたはず。


 悪魔祓いは専門ではないからだ。


 だとしたら――。


 佐々木は一つの仮説を立てた。


 その仮説は今の疑問を解消できた。


 対象の人間は二人いる――法力を使う者、悪魔憑き。


 それもどちらも生きている可能性が高い。


 痕跡が連日更新されているからだ。


 それもどの場所でも。


 今日も衝突があったようだった。


 陰陽道が出撃するとすれば安倍貴之様が行くはず。


 それは佐々木と山田の共通認識、否、信濃国に生きていれば常識だった。


 安倍貴之が逃がすほど強力な悪魔が現れたとは考えにくい。


 とすればこの学校などとうに閉鎖されているからだ。


 富楼那様もそうだ、違反者を捕まえられないはずがない。


 ではジャージ姿の男を放置している、または黙認しているのか。


 富楼那様は既に容認されているのか、この事態を。


 だとしたら部外者である我々が付け入る余地などない。


 佐々木は考え、自分はもしかしたら余計なことをしているのかもしれないと恥ずかしくなってきた。


 だが、それも空想の話、本当かどうかは分からない。


 まだ調査が必要だ。


 佐々木と山本の間で情報交換が終わったその瞬間、桃色に光る物体が近づいてきた。


 何事かと身構えた二人だったが、見慣れた顔が見えた。


「……愛莉!」


「うーん、あ、早希ぃ!」


 眠りに就いていた様子の木下愛莉は羽衣のような白い繭にくるまれていた。


 どうやら彼女が一番安全であると守護神が判断したのは二人の傍だったらしい。


「あれ?山田は?」


「こっちのセリフ。何が起きてるの?」


 木下は立ち上がると首をひねった。


「わからない……自分がどうしてここにいるのかも。さっきまで山田と一緒にいたはずなんだけど」


「……び、尾行はどうなったんだ?」


「ジャージ姿の彼は?」


「ああ、それね!山田が何とかしてくれてると思うわ、アイツ、強いし」


「……そう。とりあえず無事でよかった」


「そ、そうだなッ!」


 部長山本が声を張り上げた。


 三人がいるのは校舎を背にした校庭の真ん中。


 直線距離500メートルほど先には入ってきた門が見える。


 異変に気が付いたのは木下から目を背けていた山本だった。


 時刻は23時半を回った、にも関わらず五人の学生が校門の前に仁王立ちしている。


 衣服は所々破れ、だらしないワイシャツがズボンからはみ出ていた。


 一瞬不良軍団が夜中の学校に忍び込もうとしているのかと怖くなった山本だったが、なにやら様子がおかしいことを察する。


 目、ではない、彼らの額から紅の閃光が漏れている。


 辺りは暗いが街灯の光が彼らを照らし、赤い光は山本たちに向けられた。


 攻撃対象に選択された?


 山本は木下と佐々木に事態を伝える。


「確かに視える……」


「霊的な何かではない……この世に存在して居る人間ね」


「あの赤い光はなに?」


 木下の問い掛けに佐々木は考える。


「あれは呪い……だと思う。紅の珠玉……」


 それを聞いた山本はちょっと待て、と佐々木の発言を止める。


「紅の珠玉で呪いって言えば、答えは一つしかないじゃないか。だが、そんなことあり得るのか……?」


「――”獄星教”――」


 佐々木の発言に木下はあっ、と声を上げる。


「五年前に地獄冥界に不法侵入して滅茶苦茶にした犯罪者集団でしょ?!」


 厳密には違うが、大まかな部分は正しい。


 佐々木は頷いた。


 となれば彼らの裏には国家転覆罪に問われている極悪犯罪人がいる。


 あきらかに学生には荷が重すぎる。


 対処するとすれば高僧か政府官僚たちだ。


 その時、チャイムが鳴った。


 4月8日を知らせるチャイムだ。


 こんな夜中に鳴るものなのか?


 一同は疑問に思った、だがそれは合図だった。


 紅の珠玉を額に宿した五体の操り人形が呪いに身体を支配され、職務を全うするための。


「!!二人とも、法力を抑えて!」


 佐々木が声を急に張り上げたものだから二人は肩を震わせて驚いた。


 佐々木に言われるまで山田と木下の法力は外に垂れ流されていた。


 それは彼らにとって目印になる。


「き、来たぞッ!!」


 山田が前方を指さしながら叫ぶ。


 不良五人は突如として法力を纏いし三人目掛けて走り出した。


 何処からともなく取り出した武器をそれぞれ持ちながら。


 攻撃対象である椎葉悠斗を探して。


 だが、彼らは個々人を判断するほど発達した頭脳を持っていなかった。


 あるのは法力の有無を測るセンサーのみ。


 不良たちは北山高等学校敷地内で法力がある者は椎葉であると判断した。


 金属バット、メリケンサック、木刀、スタンガン、催涙スプレー。


 個性を持った五人の不良は転法輪寺高等学校の生徒三人に襲い掛かった。

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