第25話 羨望

 暦の生得能力は式神を媒介し、口寄せによって強制的に配下を作成する「式神口しきじんこう」。


 合計二体までの式神をこの世に出現させ、自身ではなく式神自体に降霊させる。


 それによって個人の生まれ持った器に左右されることなく自由自在に多種多様な器の生成が可能。


 降霊させる魂の選択肢が格段に拡がる。


 暦が懐から取り出した二つの「護符ごふ」は空中で形を変え、白く光る魂を具現化した。


 印を結んだ暦は高速で詠唱を始める。


 これが「降霊の儀式」である。


 山田と木下は何も動くことができなかった。


 ただ目の前で起きている超常現象に身構えすることしかできなかった。


 今回生成した二つの器はそれぞれとある剣豪のモノ。


 武神ぶじん―宮本武蔵、佐々木小次郎。


 器とは基本的には仏法を司る神が入るモノだ。


 だが、稀に歴史的偉業を成し遂げた物が数多の「氏神」としてこの世に顕現することがある。


 暦の前に現れた屈強な男と細身の男。


 宮本武蔵と佐々木小次郎は巌流島の戦い以降、戦いの神、「武神」として天上の地へと昇華した。


 最早彼らの剣技は神の技に匹敵するものを持っていた。


 山田は震えた。


 剣を使いし者として一度は夢見た巌流島の戦い。


 自分が宮本武蔵だったら、自分が佐々木小次郎だったらどう戦っていたか、脳内でシュミレーションを繰り返した幼き日の記憶。


 まさか本当に戦うことになるとは、夢にも思っていなかった。


 自分の剣技は世界最強と名高い二人の剣豪に到達しうるものなのか。


 それを確かめる場が設けられた。


 素直に感動している自分と恐怖の念を抱いている自分が内在していた。


 神の境地というものは、これほどまで圧倒されるのか。


 山田の身体が青白く光った。


 生得能力、つまりは生まれ持った法力出力は無し。


 未だ開眼していない。


 だが、彼は才能に恵まれなかったとしても努力によって得た力によって圧倒的な剣技を習得した。


 ”修得”能力――速度スピード


 一時的に自身の身体から生み出される速度数値を自意識的に操作できる。


 普段の速度を1とした時最大値100までの変更が可能。


 ただ、速度には自身の身体的負荷を考慮した上限値が設けられており、現段階では彼が引き出せる最大値は半分にも満たない45だった。


 それでも身体に掛かる負荷は相当ものであり、慣れないうちは足腰がスピードに付いていけない。


 また、自身が創り出した速度によって壁に打ち付けられた、なんてことになったら木端微塵である。


 速度を変更する、とはカメラの倍速機能のようなもの。


 ただ全員が倍速されるわけではなく、この世界でたった一人だけ速度が変化するため違和感が生まれる。


 だが、その威力は宮本武蔵の剣を凌駕する。


 一瞬で間合いに入った山田。


 惜しくも一撃で仕留められなかったのは山田の腕が悪いからではない、宮本武蔵の動体視力が異常だっただけである。


 流石の剣豪、宮本武蔵は一瞬で山田の速度を見切った。


 宮本武蔵が抜刀した剣と衝突した山田の剣。


 ダメージを負ったのは宮本武蔵の方では無かった。


 山田の剣を支える腕に衝撃が走った。


 自身の身体的速度を上昇させている山田にはそれを支える筋力が必要である。


 勿論耐えるだけの筋力はあったのだが、完全に止められるとは思っていなかった。


 避けられたり流されたりしたほうが身体的負荷が少なかっただろうが、宮本武蔵は完璧に山田の剣を抑えた。


 まるで久しぶりに真っ向から向かってきた若き力を喜んで受けるように。


 その伝説の刀で、太く黒い腕でがっちりと受け止めた。


 誤算だったが山田にとっては苦しい反面嬉しい誤算だった。


 こんな速度で葬り去られる剣豪であって欲しく無かった。


 あの日夢に見た剣豪たちは確実に刃を止めてきた。


 電流のような痺れが腕に伝わったが、それを無視し更なる猛追へと進む。


 だが速度を上げてもなお、その先を行く見えない斬撃が飛んでくる。


 斬撃の方へ眼を動かす、地面を抉りながら山田を追う土竜のような斬撃。


 足のつま先が接触し後方へと弾かれる。


 ほんの僅か接触しただけで後方20メートルは飛ばされた、佐々木小次郎の斬撃。


 その斬撃には衝撃波のようなものを内包していた。


 山田は膝から崩れ落ち、目を覆い隠す。


 以外にも痛み、疲労が出たのは目だった。


 速度上昇に付いて行けるように訓練したその目は予測不能な斬撃の往来によって規定数値を超える速度に対応させられた。


 よって重度の眼精疲労に一瞬にして陥り、眩暈と頭痛を引き起こしていた。


(これほどまでとは……)


 山田がいじった速度上昇数値は20。


 普段の自分が出せる最大限の速度を20倍速したものがようやく宮本武蔵を捕らえ、佐々木小次郎の神速斬りは規定値を1超過する46によって対応できた。


 否、対応できていない、今こうして後方に吹き飛ばされたのだから。


 速度に頼っていた自分が裏目に出たか。


 山田は自分を振り返った。


 この能力を最大限使うためには、速度に対応した身体を作るか、普段の自分の速度を底上げし倍速による恩恵を増やすかだ。


 前者は出来ていたが後者は自分にできていただろうか。


 移動速度を上げる術を身に着ける努力を怠ってはいなかっただろうか。


「……」


 山田は改めて二人を見る。


 ああ、なんて美しいのだろう。


 宮本が視界から消えた。


 斬られる、そう確信した。


 だが、為す術などどこにもなかった。


 逃げることさえ。


 鉄と他の金属が重なり合う音が響いた。


 宮本武蔵の剣を止めた。


 疲れ切った目をこじ開け、後方に振り返る。


 そこには淡い桃色に光る木下の姿があった。


「よせッ!!格が違いすぎる!!」


「何諦めてんのよ!山田の分際で!」


 木下の生得能力は「守護神しゅごしん」。


 この世に生を受けてから神に愛され、憑かれ、その身を守ることを約束された存在。


 それが木下 愛莉あいりだった。


 彼女の守護神に与えられた生得能力は「初撃無効化」。


 いかなる攻撃も自身に向けられた最初の攻撃ならば無効化するというもの。


 その効能は全自動で発動され、自身はその能力が発動したことに気付けない。


「体制を整えるわよ!その間私が守るから!」


「止めろッ!!お前が攻撃から身を守れるのはだ!」


 木下は山田が気付かないうちに宮本武蔵の前に立っていた。


 次の斬撃が飛んでくる。


 山田は自分の魂である刀を木下に向けて放り投げた。


 その刀はちょうど宮本武蔵の放った斬撃に直撃し、弾かれた。


 なんとか斬撃から身を守ることはできたが次は無い。


「愛莉!早く逃げろ!」


 木下が宮本武蔵に背を向け走り出した瞬間、守護神の効能が発動する。


 生得能力――「一時退散」。


 自身の居る環境から一時的に安全な他の空間へと強制的に移動する。


 それは結界内であっても地獄冥界であっても変わらない。


 木下愛莉が感じた焦りの度合い、生命の危機のレベルに応じて発動のためのハードルは下がる。


 逃げるために毎回発動するわけではない。


 滅多に発動しない、極めて珍しい能力である。


 木下の身体は結界内から消え、辺りに静寂をもたらした。


(身体が消えた?)


 暦は式神を媒介させながら事の顛末を見ていた。


 そして気付いた、この世界にはまだ自分の知らないことがたくさんあると。


「「……見事なり」」


 突如として口を開いたのは宮本武蔵だった。


 攻撃の手を止め、山田が放り投げた刀に目をやる。


 手を開き、腕を山田の刀の方に向け、念じると宮本武蔵の手中にその剣は収まった。


(すげぇ……)


 感嘆の声を心で漏らしていると宮本武蔵は刀を眺めながら言った。


「「己の魂の権化とも言え得る刀を守るべき者の為投げ出すその覚悟、我は気に入った。この刀は痛みなど感じておらぬ、ただ誇らしく主人の手中に収まりたいと泣いておるわ」」


「わかるんですか?」


 山田は立ち上がった。


「「この道を究めし者はいずれ魂との会話が可能。念じれば遥か彼方どこにあろうとも刀は手中に戻ってくる。我らが必要であると認識した時に自ずとやってくる場合もあるものだ」」


「俺にもできますか?」


「「できるかどうかじゃない、やるかやらないかだ。道を究めんと努力した者には必ず答えはやってくる。何もせず”天才”に成った者などいないのだ」」


 宮本武蔵はそう言い残すと、自らこの世から去った。


 暦の式神口による縛りは強引に解除して。


「ちょっと!みやちん!なんで勝手に帰るの!」


 焦る暦に向かって”武神”である宮本武蔵は優しく言った。


「「我は今とても気分が良い。また何かあったら呼ぶといい。久しぶりに良いものを見た」」


 佐々木小次郎は剣を鞘に納めると山田に向かって


「「上で待っておる」」


 そう口にし、宮本武蔵と同じようにこの世から消えていった。


「コジコジまで!もう!ほんとに身勝手な人たち!」


 呆れ怒る暦の前には戦意を喪失した山田の姿があった。


 ただ、山田は絶望していたのではない。


 今起きたことは全て、山田にとってはこの上なく幸せなことだった。


 加えて名誉あることで、込み上げてきたのは暦に対する最大限の感謝だった。


 暦の前に跪き、頭を垂れた。


「ちょ、あんた、なにしてるのよ」


 明らかに動揺している暦を前に土下座を続ける山田。


「ありがとう!本当に感謝する……!俺は今この瞬間が生きてきた中で一番幸せだ!」


「そ、そう……」


 起き上がると山田は暦の手を握った。


「本当にありがとう!何か困ったことがあったら言ってくれ!俺が力になる」


 暦は握られた自分の手を見て思わず赤面した。


 そしてその手を振り払うと気付かれないように背を向けた。


「な、なら、もう私たちについて詮索しないで」


「……分かった。もう尾行なんてしない。仲間にも言っておくよ」


「そうして」


 いつの間にか結界が消え、暦の姿も消えていた。


 一人取り残された山田の心にはメラメラと燃え滾る熱い闘志が宿っていた。


――強くならなければ――


(ところで、アイツはどこにいったんだ?)


 山田は木下を探すことから始めた。

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