第24話 場違い

 たしかにその少女は「お兄」と言った。


 年齢はそこまで変わらない。


 背丈は小さくても、顔から幼さは抜け切れていなくても、眼力は凄まじく相手を威圧するには充分なものだった。


 木下は考えた。


 結界内に閉じ込めた、ということはジャージの奴を追跡・尾行することはさせないということ。


 よほどジャージの奴がなにか秘密を握っている危険因子なのか。


 山田は木下の考えよりもさらに根柢の部分に疑問を抱いていた。


(なぜ結界を閉じれる?)


 前述した通り国立北山高等学校は一般人が通う学校である。


 法力を使える人間はいないはず、いてはならないのだ。


 法力を使うためには特殊な訓練が必要。


 一般人が独学で修得できるものではない。


 それに結界の精度はかなり高い。


 完全に閉じるまで結界の中にいることを悟らせなかった。


 かなりの結界術の使い手であることは明白。


 加えて彼女の師はさらに上級の結界術士。


 彼女にとって自分たちの行動はあのジャージの男の邪魔になるらしい。


 流転の邪魔をさせまいと立ちふさがるのなら親族か、近しい存在。


 彼女の力量次第で尾行している奴の力量も測れる。


「邪魔する気はない。ただ少し話したいだけだ」


「なんであんたら法力使えるのよ!」


 木下も問題の本質に気が付いたようで声を上げる。


 山田は余計なことをした、と木下に向けて顔をしかめたが、自分も疑問を抱いていた事象だ、と割り切った。


 返答次第では凶悪犯罪の関連性が発覚する。


 一般人に法力を教えること、伝えることは厳しく禁じられているからだ。


「……誰もが使えるものではないの?」


「……」


「は?あんた何言ってるの?!」


 山田は少女の発言に偽りはないと気付いた。


 だからこそ不可解だった。


 法力に対する世界の一般常識が無いことが。


「孤寺院育ちか?」


「……そうね」


 暦は少し顔をしかめた。


 やっぱり、と山田は呟いた。


「先生には教わらなかったのか?この世界では法力を扱える奴の方が圧倒的に少数派。加えて法力の存在は一般人、つまりは法力を扱えない人間に対して他言してはいけない。これがこの世界……日本国のルールだ」


「……」


 表情には出ていなかったが、かなり驚いている様子だった。


「それに。ほぼ100%法力使いは一般の国立学校なんて通わない。家系、血統、種族。様々な要因があろうとも法力を使いし者は皆国が定める教育機関に入る。信濃国だと転法輪寺高等学校な」


 聴いたことないか?と山田が暦に尋ねるが当人は知らぬ存ぜぬ顔を見せた。


 だが、どこか引っ掛かるような顔をした。


「変に思わなかったのか?周囲の人間から法力の気配が一切しないことに」


「……」


 心当たりがあった暦は口籠った。


 学校に通っていても法力についての講義が開かれることはない。


 友人と談笑していても法力に関する話題が出てこない。


 明らかにおかしいと感じていた。


 その答えがそこにはあった。


 ではなぜじじいは私を国立北山高等学校なんかに入学させたのか。


 暦は独りでに考えた。


 となれば流転にも伝えなければならない。


 だが、その答えが出る前に自分の目的を思い出した。


(まずは目の前の敵を排除しなければ。疑問の解決はその後でいい)


 臨戦態勢を取る暦に身体を硬直させる木下。


 山田は何とか説得を試みようとしているのか、戦闘態勢は依然として解いていた。

「待て待て。俺たちは戦わなきゃいけないのか?」


 山田の発言に緊張状態にあった身体が緩む。


「あんたが法力について言いふらしてるんなら執行対象だが、執行するのは俺らじゃないし見た感じ言いふらしているようには感じない。上に報告することも無いし今後気を付けてもらえば被害は出ない。まぁ、法力を扱える人間が一般の高校に進学したケースは知らないが」


「あなたたちが言う”上”って誰のことを指すのか分からないけど赤色の袈裟の僧侶と黒スーツの刀持った男なら見た」


「……!!」


「それって……」


 木下は目を輝かせる。


「……ああ。合ってる。富楼那様と陰陽師阿部貴之様だ」


「それも聞きたいのよ!あんたたち……結界の中で何が起きてるの?!」


 暦は思考を巡らせた。


 流転の中には阿修羅が棲んでいる。


 昔から口うるさく言われ続けていたことがある。


 阿修羅の存在は現政権、帝釈天政権にとって不都合な存在である。


 だから安易に口外してはならない。


 配下の人間にバレた場合、流転は執行対象になる。


 今回流転の下に富楼那と呼ばれる格式の高そうな僧侶がやって来たのも、戦っていたのも全て。


 流転という存在が不動の帝釈天政権を揺るがしかねないであるからだとしたら。


 その存在を認知していながらも富楼那が黙認しているとすれば。


 暦は流転のこと、結界内で起こったことを口外することは都合が悪くなる可能性が高い。


「言えない」


 暦はきっぱりと言い放った。


「知りたければ私を倒して」


「やっぱりそうなるのか」


 暦の言葉を聞いて一つため息を吐くと山田はどこからか刀を取り出した。


 それを何かの合図だと思ったのか木下も再び臨戦態勢を取る。


「あんま傷つけることはしたくないんだが」


「気にしないで。二人でいいわ」


 山田の持つ刀が抜かれた。

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