2020.4.6 ~ 2020.4.8

第20話 探偵団

 釈迦派しゃかは転法輪寺てんほうりんじ高等学校。


 本来ならば寺之葉流転が通うことになっていた政府直属の教育機関。


 信濃国に一つしかない唯一の政府直轄の仏教系学校であり、主に政府官僚や仏僧になる者を育成することを目的として建てられた学校である。


 法力を修得、応用する授業だけでなく、見込みのある者には学年関係なく実戦に立たせる、まさに実戦型教育を理念として掲げている。


 それも全て帝釈天の理想の上に立っており、国に貢献できる者は年齢関係なく国政に登用するといったメッセージが込められていた。


 法力の応用や、六神通以外の使い方については後述するが、結界術や護符を使った術など法力の種類は多岐に渡る。


 それらの個々人に合った修得方法や、主に主軸として扱っていく法力の方向性なども学校教育の中で学ぶことができる。


 とは言っても、「法力」という少し変わった超能力のようなものを学習するという側面を除けば、そこはごく普通の高等学校である。


 放課後になれば部活動に励むこともあれば、一般人と混ざってアルバイトをすることだってある。


 休日になれば隣町まで遊びに行くこともあれば、友人の家でお泊り会を開催することだってある。


 だが、一つ、たった一つの明確な、それでいて厳しい規則ルールが存在する。


 それは「」というものだ。


 法力を高等学校に貼られた結界外で扱うことを禁止することはもちろんだが、一般人に「法力」と言う存在を悟られたり、知らせる行為、そのものが固く禁止されている。


 一番の大きな理由は一般人を悪魔といった魔の手から遠ざけるというものだが、それよりも帝釈天政権が法力という超能力の手によって形作られたと知られてしまうことは政府側としても都合が悪いためだ。


 だから帝釈天は隠した。


 そして一般人と法力を扱える者――世間ではこれを仏僧と呼ぶ――とを明確に「差別」している。


 帝釈天の掲げる理念は「弱肉強食」である。


 弱き者である一般人を強者である仏僧が支配する。


 それが世にとって一番合理的である。


 帝釈天の掲げる理想は弱者と強者の間に圧倒的な力関係が存在して居る。


 弱者を救済することをしない、強者は目的を遂行するためには多大なる犠牲をも厭わない。


 さて、そのような理念を掲げた政府の直轄の高等学校の部室棟では白熱した議論が繰り広げられていた。


「ついに、足取りを掴んだな」


 眼鏡を掛けた背の低い小太りの男が不敵な笑みを零しながら言った。


 部室の中にいたのは4人の男女。


 壁に備え付けられた黒板には大きな文字で「転法輪寺探偵団」と書かれていた。


 その下には多くの写真が貼り付けられ、それを指す矢印とともに「調査資料」という文字が目立っていた。


 腕に団長と書かれたマークを付けた眼鏡の男は黒板から一枚の写真を取り外した。


「諸君ッ!!これを見てくれたまえ!」


 バンッ、と机に置いたその写真には足の型がくっきりと映っていた。


 それはいたって普通の靴の型。


「この写真は昨日国立北山高等学校校舎裏で撮影した。この靴裏の形は国立北山高等学校指定の靴だ」


「それがなんか問題あんのかよ」


 眠そうな様子で聞いていた一人の男が目を擦りながら聞いた。


「この足型からわずかにだが、ほんとにわずかにだがな……」


「わかったよ」


 鬱陶しそうに眼鏡の男の誇張を遮り、何が言いたいのか解答を急かす。


「法力を感じたのだよ」


「北高でか?そんなんありえねーだろ。北高で使える奴なんざ見たことねーぞ」


 眼鏡の男は一度強く頷く。


「我もそうだと思っていた。だが、確かに法力を感知したのだ。佐々木ささき君が言うんだから間違いない!」


 勢いよく指をさしたその方向には窓際で静かに本を読んでいるいたいけな少女の姿があった。


 その少女はなにも言わず、ただ静かに読んでいた本をめくった。


 彼女にとってそれが同意を示すサインであることは部員は知っていた。


 眠そうな男も少女の方を向いて、信憑性が湧いたのか、顔を上げた。


「私は富楼那様が北高の方へ飛んでいくのを見たわ」


 やけにスカートの丈が短い、髪を縦に巻いた茶髪の女も口を開いた。


 手にはスマートフォンが握られ、メールでも打っているのか、素早く手を動かしていた。


「……と言う訳だ!山田やまだ君!この話を信じてくれるか?!」


「初めから信じてないわけじゃねーけどよ。話聞いてたらなんか本当にありそうだな」


 眼鏡を掛けた男は、だろう?!と満足そうに腕を組んだ。


「で?これからどうするわけ?」


 依然としてスマートフォンに目を落としたまま縦巻きの女は尋ねた。


「どうって?」


 眠そうにしている男はそっくりそのまま言葉を返してしまった。


「あんたら、こんな都市伝説みたいなの追っかけて満足してるつもりなわけ?」


「ま、満足はしてないデス……」


 突如として声が小さくなった眼鏡の男に気を止めることも無く女は続ける。


「なら真相を突きとめて犯人を捕まえようよ」


 山田は少し驚いた様子で女を眺める。


「お前、やる気無いようでめっちゃやる気あんのな」


「山田うっさい」


「先週のニュース」


 窓際にて本を読んでいた少女、佐々木が突如として声を出す。


 消え入りそうな声だったが、しっかりと三人の耳の中に入った。


「ああ、先週のニュース。清々様が地獄冥界に行く精鋭に選ばれたってやつな」


 山田は面白いものを見つけた子どものようににやにやと笑う。


 縦巻き髪の女は顔を赤くして俯いた。


「山田君、それが一体なにか問題があったのか?」


「ああ、問題も問題だよなぁ」


 山田は意地の悪い悪魔のようにけらけらと笑う。


 何の話をしているか分からない眼鏡の男は頭の上にはてなを浮かべていた。


「山田!!もうだまって!早希さきも!なんで知ってるわけ?!」


 腕をぶんぶん振りながら山田と佐々木に向かって怒鳴る。


「携帯の待ち受け」


 佐々木がまた声を出す。


 同時に縦巻きの女も素っ頓狂な声を出す。


 山田は縦巻きの女の携帯を取り上げる。


 そこには。


「うわ、ガチ恋勢じゃん……」


 清々の凛々しいお姿が待ち受けに設定されていた。


 写真の周囲にはキラキラと輝く星とハートのエフェクトが散りばめられていた。


「なるほど、木下氏は毘沙門天様の器のことが好きなのだな」


 眼鏡の男の発言を聞いて縦巻き髪の木下は目を鋭く変化させた。


 そして勢いよく眼鏡の男の頬を引っぱたくと同時に、山田の顔をグーで殴った。


「なっなにをする!……のですか……」


「私はね!清々様のことを毘沙門天様の器って呼ぶ人間が大嫌いなの!!彼にも清々っていう名前があるのよ?なのに器で呼ぶなんて信じられない!!」


「俺が殴られた理由は?」


「うざかったからよ!!」


 一瞬の沈黙が流れた。


 その沈黙が三人の頭を冷やした。


「その……本当に申し訳なかった……です……思い返せば我も好きなアニメキャラの名前を間違えられた時は殺したくなるので良くわかりました……」


「わかればいいのよ」


「で?これからどうするよ」


「あんたは詫びないのね」


「だって全部ほんとじゃん」


 木下は舌打ちをした。


「張り込み」


 佐々木早希は静かに言った。


 それに応えるように山田が頷く。


「だな。そして尾行」


 眼鏡の男も態勢を整えた。


「最後に逮捕だ!!」


 満足そうに頷くと男二人は木下の方を向いた。


「わ、私は、この活動を認めてもらって清々様にお会いするの!!」


 ヒュー、という冷やかしの意味が多分に含まれた黄色い声援が部室には響いた。

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