第19話 破壊と創造
「面倒なことになったな」
屋上の扉が開いた。
屋上にできた小さなクレーターを修復していた富楼那の背後から安倍貴之の声がした。
安倍貴之の手には煙草、そして服には血が飛散していた。
「しかし驚きました。悪魔憑きを祓うことはしなかったのですね」
「あんたも同じだろう。俺は即刻抹殺すると思っていた」
「しかし、それは私も同じです」
富楼那は不思議そうに尋ねる。
「しかし、貴方はだいぶ悪魔憑きの彼に教えを説いていたような気がしますが、それはなぜですか?何度か殺したのでしょう」
富楼那は結界内の情報は全て耳に入っている。
当然会話内容もだ。
「……それはあんたも大概だとは思うが。そうだな。奴の事を俺は知っていたからだな」
「しかし、そんな情報はありませんでしたよ?」
安倍貴之は頷く。
「ああ。これは俺、いや陰陽道の家系の者にしかわからん」
富楼那は分からなそうに首を傾げる。
「デモンズ・ダグラスに家を狙われるってことは相当な高貴な身分に生まれたってことだ。椎葉って聞いてまさかとは思ったが、奴の家系、椎葉家は安倍家の分家だ」
「しかし、なるほど。同じ身分の者として情けをかけたのですね」
富楼那は納得して言った。
だが、そんな単純なものではなかった。
≪――
≪――はぁ?!なんで俺なんだよ――≫
≪――お前にしか頼めないんだ。俺はお前の親友で、家族だ――≫
「……」
安倍貴之は煙草を咥える。
失っていたはずの光が、彼の目にはあった。
*
流転の器内部。
何も存在しない白い空間。
そこでは阿修羅とサタンが話し合っていた。
「あんた結構意地悪なんだな」
「貴様に言われたくない」
サタンの言葉に強く反発する阿修羅。
サタンはニヤリと笑うと首を横に振った。
「いいや。俺なら全ての力を出させるさ。るてんに圧倒的な力の差を見せつけて何企んでやがんだ?」
阿修羅は流転の指示で顕明連を出現させた。
だが、その剣にはほとんど阿修羅のチカラは付与されていなかった。
富楼那を岩のように感じたのはそれが原因の一つとして挙げられる。
流転は剣を扱う際、阿修羅と常に一心同体だった。
それは幼少期、彼が剣を握り始めてからずっとだった。
故に彼は阿修羅なしでの剣技を習得していなかったために、富楼那との圧倒的な差を感じたのだった。
阿修羅なしの流転の剣技は初心者のよう。
いわば補助輪が付いている自転車なのだ。
「一度、流転には俺と顕明連が存在しない世界を想像させた。そして気付かせた、流転自身は無力であると。結果、流転は自分の無力さに気付き、鍛錬することを決意した」
「あんた、ほんと親バカだな」
サタンを睨みつける。
だが、少々自覚があるようで、溜息を吐く。
サタンは何かに気が付いたように そうか、そうかと笑う。
「あんたは確か破壊の神だったな。一度流転のプライドを破壊したわけだ」
「……創造は流転本人がすればいい」
サタンは大きく笑った。
*
放課後。
橙色の光線が空を覆いつくし、雲に反射して目に当たる。
校舎を後にして、校庭を歩き、校門へと向かう男が一人。
その男は制服の右足部分が無くなっており、右腕部分も綺麗さっぱり無くなっていた。
傍から見れば可笑しな格好をした奴である。
もちろん校則違反であり、教師に捕まっては運動着に着替えるように催促された。
だが、生憎と体操着は手荷物に入っていなかった。
(明日からは体操着で来よう……)
そう呟くのは流転であった。
右足は富楼那の暗黒虚構に飲み込まれた際に消失し、右腕の消失は殴る際に筋力が膨張し、服を破いた。
周囲の人間の目は流転に集中し、喧嘩してきたのでは、というあらぬ噂も立っていた。
だが、最早彼は周囲の人間の多種多様な評価に耳を傾けているほど、暇では無かった。
常に頭の中には親友、清々の顔が思い浮かんでいたのだ。
清々に勝つためには、清々に強さを証明するためにはどうすればいいのか。
彼は授業何て聞かずにずっと考えていた。
すると校門付近で体操着を着た男に話しかけられた。
「なんだその格好は」
声の主は椎葉であった。
「お前も、制服着ろよ」
「……お互い、なにかあったようだな」
椎葉は流転を見つめ、同情するように言った。
「まぁな。強くならねーといけねーみてーだ」
流転は頭の後ろで腕を組むと、椎葉を見た。
「そういや、俺たちが地獄冥界に行くとき、他の学校の奴らも行くらしいぞ」
「知っている」
椎葉は地面を眺めた。
落ち込んでいると思った流転は情けを掛ける。
「俺なんかじゃ太刀打ちできないくらい強いらしいな」
椎葉は顔を上げた。
流転が、あの強情な流転がそんな言葉を吐くなんて思ってもいなかったのだ。
自分のレベル。
上には上がいるとわかったことで、流転の中からは世間知らずにもほどがあるその自尊心や自信は消えていた。
今のままじゃだめだ、その想いが溢れていた。
破壊と創造。
破壊なくして創造なし。
富楼那と阿修羅は流転の凝り固まったプライドや自信を壊した。
結果、創造に向かっている。
創造できたそのときには、きっと新しい考えや自尊心が芽生えていることだろう。
そして強くなっているはずだ。
それは。
「……俺たちも敵わないだろう」
椎葉も同じだった。
ミカエルと戦えば誰だって倒せる。
そう思っていた。
だが、それはあまりにも無知すぎた。
世界にはもっと強い奴がいる。
安倍貴之のように、そして流転のように。
「……俺が奴を倒す」
「馬鹿言え、俺だ!」
二人の特攻兵の剣は折れていなかった。
むしろ今は成長の時――。
彼らは自分が一番強いなどという自信に満ちた発言をすることはなくなった。
世界のレベルを知ったことで、自分の無力さに気が付いた。
それから流転と椎葉は修行に勤しんだ。
学校に行きながらも安倍貴之と富楼那によって改造されていった。
そしてついに地獄冥界へ旅立つ時がやって来たのである。
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