第18話 経緯


 土煙を体に纏った富楼那は全くと言っていいほど傷ついておらず、着用していた袈裟が多少破れた程度の損傷だった。


 サタンは上空からその様子を見てある変化に気が付く。


(――玉が一つ消えている)


 富楼那の身体の周りを回っていた二十の神珠は数を減らし、十九になっていた。


 考えられるのは、神珠が富楼那のダメージを肩代わりしたことだ。


 となれば富楼那を倒すためには二十発のダメージを与えた後に身体にダメージを与えるほかない。


 ただ、他にも富楼那の身体の至る所から神珠の反応があることから、そう一筋縄ではいかない。


 校庭に大きな穴ができたにもかかわらず、学校は騒ぎになっていない。


 外から校舎の中を覗くと皆が勉学に勤しんでいることが分かる。


 富楼那の張った結界は校舎の中の時間を凍結させ、外からの人間の出入りを阻害し、結界外に結界内で起こったことが見えないようにするもの。


 通常の人間ならば結界が張られたことにすら気付かない。


 だが、幼少期から結界術の使いの下で指導を受け、法力を習得している者にならその時間凍結は破れる。


(お兄……)


 異変に気が付いた暦が外に出ていた。


 校舎の陰に隠れ、校庭で起きていることに耳を傾けていた。


「「同調しきれてねぇみたいだ……もうすぐるてんと交代する」」


 何も言わず佇んでいる富楼那を見てサタンは尋ねる。


「「るてんを殺す気か?」」


「しかし、それは流転次第です」


「「殺すつもりなら、オレが相手になんぜ?いつでもかかってこいよ」」


「……はい。しかし、できれば戦いたくはないですね」


 富楼那が言うと、サタンの意思は消えていった。


 流転の目には光が戻り、羽は地面に吸い込まれ、角は蒸発した。


 身体から黒い蒸気を発しながら立ちすくむ流転。


 だが、次の瞬間身体を丸め、座り込んだ。


「いッてェェェェェェェェェェェェ!!!!!!」


 強烈な痛みが流転を襲った。


 全身を電撃が走り回るような感覚。


 流転は立っていられなかった。


「しかし、しっかりと後遺症は残るのですね……本当に不思議な身体です」


「こっ、後遺症?!」


 身体を抑え、うずくまりながら尋ねる。


「しかし、悪魔の力を一時的に借り受けた者には身体に苦痛が与えられるのです。人道を外れ、悪魔に加担したとして与えられる罰です」


「そ、そんなん……どうすればいいんだ……」


「しかし、貴方の中には悪魔が棲んでいます……貴方が力を欲し、それを叶えるべく現れたのでしょう」


 富楼那は顎に手を当て、考える。


「しかし、流転。過去に悪魔と契約したことはありますか?」


「ない」


 流転の顔を凝視した富楼那は、嘘をついていないことを確認した。


 では、何が起きているのか。


 彼の、流転の身体には一体何が。


 阿修羅王との適合者という時点で特異な存在であるのに、悪魔王サタンとの適合者でもあるなんて。


 そんなことあり得るのか。


「……」


 富楼那は考えた。


 今後寺之葉流転が脅威になった場合、ここで殺さなかったことを後悔するだろうか。


 阿修羅との適合者である時点で犯罪者なのだ。


 犯罪者である阿修羅と適応したことは知らなかったとしてもその行為自体犯罪。


 政府直轄の教育機関に入れることはできない。


 さらには世界最強最悪の犯罪者であり悪魔の王、サタンまで従えているとなれば野放しは危険すぎる。


 上に報告すれば間違いなく再度抹殺命令が下され、次は流転ではなく、サタンの討伐として軍が編成されるだろう。


 彼はまだ若い……成長の目をここで潰すのは勿体ない気もする。


 だが、上が許すわけがない。


「――しかし、流転。貴方は地獄冥界に行きたいのですよね?」


「!なんで知ってるんだ?」


「しかし、貴方の過去の経歴や交友関係を調べたのです。結果、”獄星教”に恨みを抱いていることが分かり、彼らの本拠地である地獄冥界に行くことを考えていると推測したのです」


 流転は思い出す。


 戦いの最中、清々の名前を出されたことを。


 知っていたのか。


「”ごくせいきょう”?ってなんだ?」


「しかし、知らないとは驚きです。”獄星教”とは国家転覆を目論む犯罪者集団です。団員は皆悪魔と契約をしている元人間で、悪魔と人間の共生を理念として掲げています」


 富楼那は続ける。


「彼らは5年前、一人の人間を筆頭として地獄冥界の最深部の牢獄を襲撃しました。彼らの襲撃によって数多の凶悪な犯罪者や悪魔が脱獄。結果、彼の前に屈服し、服従しています」


「五年前……?」


 富楼那は頷いた。


「――しかしその通りです、流転。貴方の里を襲った人間こそが主犯格、『デモンズ・ダグラス』と呼ばれる悪魔なのです」


「?!」


 流転の脳裏に焼き付いた仮面の男が映し出される。


 しかし、奴は。


「でも、奴は清々……いや、毘沙門天様が地獄冥界に送ったはずだ!!」


「しかし、毘沙門天様によって送られたその後、地獄冥界で襲撃事件を起こしたのです」


「そんなこと……できるのか?!」


「しかし、普通はできません。ですが、毘沙門天様は地獄冥界の最深部に直で送ってしまった。通常は第一階層にて閻魔天に罰を与えられて、力を奪われてから適切な階層に送られるのですが」


「毘沙門天様が見誤ったってことか?」


「……しかし、そうなりますね。毘沙門天様及び清々さんはその後、相当努力なさっていました。それこそ、私に二発入れるくらいには」


 流転は思い出したかのように立ち上がると、臨戦態勢を取った。


「そうだった!三発入れないと!」


 富楼那は驚いたように口を開けるとニコリと笑った。


「しかし、私は貴方にもう三発入れられましたよ?」


 流転は即座に首を横に振った。


「いいや、さっき入れたのは俺じゃねぇ。俺の身体の中にいる悪魔だ」


 富楼那は可笑しくなって口元を抑えた。


「な、何がおかしいんだよ!」


「しかし、貴方は満身創痍でしょう?」


「いいや、全然いけるぜ」


 流転の意思とは裏腹に、身体は悲鳴を上げていた。


 流転の足はガクガクと震え、よろめいてしまった。


「しかし、私も今日は疲れました。もし私とまだ戦い足りないのなら、また明日ここに来なさい」


「え」


「しかし、先程の話に戻しますが、清々さんは相当努力なさっていました。現状、貴方よりも強いです。貴方の目標は彼に追いつくことでしょう?」


「稽古、してくれるってことか?」


「しかし、彼よりも強くなりたいのならば、そして地獄冥界で無駄死にしたくないのならば、そして奴を倒したいのならば、付き合います」


 流転の顔は途端に明るくなった。


 そして拳を握りしめ、大きく頭を下げた。


「よろしくお願いしますッ!!」


 富楼那は満足そうに頷いた。


 すると富楼那は思い出したかのように手を叩き、口を開いた。


「しかし、言い忘れていましたが、貴方たちが地獄冥界へ行く日に政府直轄の教育機関から訓練兵が送られるそうです。そのメンバーに清々さんも選ばれるそうです」


(え)


「しかし、もしかしたら、会えるかもしれません。より、強くならないといけませんね」


「く、訓練兵っ……て」


「ええ、全員【適合者】です」


 流転は武者震いが止まらなかった。


 強くならなければならない。


(清々に格好悪いところみせられぇ!!)


「やってやるよ!!!」


 流転の雄叫びが結界内に響き渡った。


(お兄、頑張れ)


 暦は陰からエールを送っていた。


 そして暦はかつての二人の姿を思い出し、またあの日戻ってくることを願った。

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