第16話 復讐の使徒


 安倍貴之はズボンのポケットから煙草を取り出す。


 そして手に持った煙草を一度振る。


 煙草が空気との摩擦熱で発火したようだった。


 耳に手を当て、動かなくなった椎葉を見ながら何者かと通信を始める。


「ああ、今終わった。死体の処理を……」


 安倍貴之は途中で言葉を切り、死体が動いたのを確認すると通信を切った。


 


 そんなはずがない。


(まだ契約して二年だろ?)


 


 悪魔と契約を結んだ人間は強力かつ高速の再生機能を取得する。


 千切れた手首は瞬く間にくっ付き、血液一滴でさえ痕跡を残さない。


 それほどまで完璧な再生ができるようになるのは契約してから10年は要する。


 通常の再生でさえ少なくとも5年は必要だ。


 なのに、今、安倍貴之の目の前にいる悪魔との契約者は身体の再生を始めている。


 吹き飛んだ頭と首を黒い影のような物体が繋げている。


 飛散した血液は動いていないことから血液の再生まではできないと見たが、四肢の再生は容易にできるようだ。


 (まさか、これまでとは)


 安倍貴之は高揚した。


 そして敢えて再生を見届けた。


 悪魔は再生する前に核となる「心臓」を破壊する必要がある。


 安倍貴之にその時間は余裕であった。


 だが、それでも彼は見届けた。


 椎葉と言う男がどれほどできる奴なのか。


 彼なりの評価を下すための判断材料にしたかった。


「ア……アんまり……なめんじゃねェよ……」


 片腕が身体を起こす。


 再生途中の顔で安倍貴之を睨み付ける。


 そして今、元通りになった。


 その顔は何事もなかったように平然としていた。


「お前……死ぬのが怖くねぇのか」


 安倍貴之は椎葉に質問した。


 椎葉は立ち上がると、安倍貴之をまた睨んだ。


 肩を震わせ、拳を握りしめる。


「死ぬことなんか怖くねぇよ」


「――8時56分」


 椎葉の首がまた飛ぶ。


 再生が始まる。


(――再生速度が早くなっている?!)


 安倍貴之はその伸び率にただただ驚いた。



「9時5分」



 何度も。



「9時10分」



 何度も。



「9時12分」



 何度も。



「9時13分……」



 何度も安倍貴之は椎葉を殺した。



「9時……13分」


 いつしか椎葉の再生速度は10秒を切った。


「てめぇは、俺の心を折ろうとしてるかもしれねぇがなァ……無駄なんだよ!俺は何度首を刎ねられたって再生する!!」


 安倍貴之は見てきた。


 数多くの悪魔と契約をした人間を。


 そして対峙してきた。


 だからこそわかる。


 ここまで立ち向かってくる人間はいない。


 普通の人間だったら一度か二度首を刎ねられたら自分から心臓を差し出したり逃げ出したり再生を止めたり殺してくれと懇願したりする。


 そういうものだと思っていた。


 だが、目の前にいる人間は若いくせして何度でも生と死の狭間で生きて果敢に立ち向かってくる。


「何が……お前を動かしているんだ」


 怪訝そうな目で安倍貴之は椎葉に尋ねた。


 椎葉は確固たる意思を持ち、答えた。



 椎葉の眼力が強くなる。


「俺は奴を殺すためなら何度だって生き返る……たとえ神が邪魔してきたとしても俺を邪魔する奴はだれであろうと許さねぇ!!」


「……だとしても、だ。お前のその死に対する執着心の無さはどっから来てんだよ」

「俺は一度死んだ」


 椎葉は話し始めた。


「奴は俺の家族を皆殺しにした。両親、姉貴、祖父、祖母全員だ!!


俺だけが生き残った、その不条理に死のうとした!!


その時だ、俺は死という物に対して恐怖心が無くなった。


なんだ……それを克服した俺に……


敵う奴なんかいねぇんだよ!!!!」


 椎葉は言い放った。


 安倍貴之は静かに聞いていた。


 だが、その手は震えていた。


「俺には家族全員の復讐の意思が乗っかってる……


俺が成し遂げなきゃあ、家族は成仏できねぇ……


俺が立ち止まるわけにはいかねぇんだよ!!」


 椎葉は荒い息を吐く。


 肩で呼吸をし、その目は充血していた。


 安倍貴之は表情一つ変えず、椎葉に言った。


「お前の考えは分かった。だがな、椎葉」


 名前を呼ばれたことに対して驚き、目を見開いた。


 そして無言のまま椎葉に近づくと、椎葉の顔面を思いっ切り殴った。


 後方に吹き飛ばされる。


「な、何しやがるッ!!」


 立ち上がろうとした椎葉に安倍貴之が覆いかぶさる。


「お前は、今……死ぬことが最も辛い事だと言ったな?」


 椎葉の胸ぐらを掴み、今にも襲い掛かろうとしている。


「良いか、人生の先輩として教えてやるよ、この世にはなァ!!!!!」


 先程までの冷静さを完全に失った安倍貴之は椎葉に訴える。


 椎葉も安倍貴之の突然の変貌に驚きを隠せなかった。


「お前のその気持ちの強さは本物だ、何回も殺した俺が保障する。


だがな、お前が仮に死ぬことよりも辛い事に直面した時、お前はになるんだわかるか?!ああ?!」


 椎葉は黙って聞いていた。


「お前が復讐の使徒となり、奴を葬り去るのは分かった。けどな、お前はその後死ぬつもりだろうが!!」


 椎葉は驚いたように顔を上げた。


「本当に家族がそれを望んでるって本気で思ってんのか?!息子に、自分たちを殺した奴を復讐してほしいなんて願うと思うか?!」


「知らねぇよ!!」


 椎葉は反論する。


「……それが分かったら苦労しねーよ」


 椎葉は考えていた。


 どうすれば家族のために生きられるか。


 分からなかった。


 家族を失った彼にできることは「復讐」しか思いつかなかった。


 椎葉の言葉を聞いて冷静さを取り戻した安倍貴之は立ち上がった。


「お前は地獄冥界へ行って奴に復讐したんだろ?」


 椎葉は頷く。


「奴を殺してくれるんならこちらとしても願ったりだ。だからな、椎葉。お前の命は保障しない。お前をただの特攻兵かなんかだと言って地獄冥界への入獄を俺が許可する」


「いいのか?」


「ああ。上にも俺が言っておく」


 椎葉も立ち上がると拳を握りしめた。


「だが、椎葉。お前は弱すぎる」


「なんだと」


 椎葉は安倍貴之に襲い掛かろうとする。


「お前のために言ってるんだ聞け。お前がもしも今よりも強くなりたいんなら……明日もここに来い」


 椎葉は何を言われているか分からなかった。


 だが、徐々に理解してきた。


「強くしてくれるのか?」


「無駄な特攻兵を送りたくないだけだ。爪痕残してもらって俺の手柄になるようにな」


 椎葉は改めて安倍貴之を見る。


 そしてつながった首を手で触れてなぞる。


 斬られたのは首だけだ。


 それは再生という高度な技術を首に集中させることで再生そのものを習得させようとしたのではないか。


「……」


 椎葉は誰かに教えてもらうほど、自分は弱くないと思っていた。


 だが、安倍貴之と戦ってその自信も保てなくなった。


 もっと強くなりたい。


 このままじゃ地獄冥界へ行っても無駄死にするだけだ。


 椎葉は何も言わず頭を下げた。


 彼にとってそれは大きな進歩だった。

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