第15話 開門

 屋上に到着した流転はそこに立つ強者を前に思わず笑みを零した。


 法力はまだ解放して居なかったが、しなくてもわかる。


 自分の持つ法力の何倍も洗練されたチカラが心臓辺りでメラメラと燃えているのだ。


「しかし、待ちくたびれました」


 坊主頭の富楼那は依然として目を開かず、現世を、そして流転を視ようとはしない。


 ただ静かに諭すようにその口を動かす。


「あなたの持つ副神足はこの場所を指定しているでしょう?」


(まじかコイツ……)


 流転は何も言えなかった。


 自分が持つ副神足は学校の、しかも屋上をポイントとして登録していたのだ。


(だから屋上にわざわざ来いって指示したのか……?コイツには何が視えてるんだ?)


 ≪――全部だ――≫


 阿修羅は変然と物を言う。


 ≪――先程言った通り、奴の目に入った万物は見通される。法力、能力値、隠し持った武器、修得済みの六神通……――≫


「つまりは出し惜しみはするべきじゃないってことか」


「しかし、正解に辿り着くのが早いですね。驚きました。」


 感心したように顎に手を置く富楼那。


 だが、やはり表情は変わらない。


「しかし、貴方は少し勘違いをしているかもしれません」


 富楼那は突然話し出す。


「しかし、貴方は私と戦い、倒そうとしているかもしれませんが、私の手にあるのはあなたと阿修羅に向けられた【抹殺命令書】です。帝釈天様はあなた方を消すべきだと判断なさいました」


 流転は驚いたが、今更逃げるようなことはしない。


 そのような思考には死んでも至らなかった。


「しかし、どういうことかわかりますか?」


 何故なら相手が流転を殺そうとしてきているのなら。


「私を殺すしかないということです」


 本気を出せる。


顕明連けんみょうれんッ!!」


 地面から紅の炎を纏った黄金の剣が生えた。


 そのまま上昇し、地面から抜け、一時的に滞空すると流転の手中に収まった。


「しかし、それが顕明連の模倣品ですか。さすが阿修羅様の魂から作られているだけありますね、精巧な造りです」


 流転が臨戦態勢を取っても依然一歩も動かない。


 ましてや剣の感想を述べている。


(舐めやがって……)


 流転は左手に顕明連を握りしめ、右手で印を結んだ。


開門印かいもんいんッ!!顕明連ッ!!!」


 ガチャリと鍵が開いたような音とともに、剣が鞘から飛び出した。


【開門印】とは対象の封印を解除する目的や、他の世界へと通じる扉を強引にこじ開ける目的などで使われる。


 通常、剣という物には開門は必要ない。


 だが、阿修羅の持つ顕明連は使用する相手を選ぶ。


 その理由から顕明連及び三本の剣にはそれぞれ封印が施されている。


 また、阿修羅の持つ三本の剣、通称【三明の剣】は三本全てが「妖刀」である。


 呪われし刀で、を持つことで知られる。


 顕明連は中でも高い攻撃力を宿した紅の炎を纏う。


 だが、模倣品であるため、阿修羅の持つ記憶から再現されたものであり、本来の力の半分も出せていない。


 だから幼少期の流転にも扱えたと言えるのだが。


 自我を持ち、空中に浮遊した紅の剣は炎を纏った。


 それを流転は握りしめ、地面を蹴る。


 一瞬で間合いに入った。


 だが、剣は片手で難なく止められた。


「しかし、火力は心配しないでください。


 ピキッ。


 流転は副神足を使い、屋上のポイントに移動する。


 そして顕明連を握る手の力を強め、全身に炎を纏った。


 流転は大きく息を吐くと、剣を構えた。


 最大火力。


 紅の炎が全身を包み、剣から伝播した力が流転を強化する。


 移動速度上昇効果、攻撃力上昇効果。


 二つのバフが付与される。


 一撃目よりも速いスピードで富楼那に接近する。


 そして剣を振り下ろす―――。





 岩。


 岩に直撃した。


 否、そんなはずがない。


 流転は確実に富楼那を捕らえたはずだった。


 ではこの手応えは何か。


「しかし惜しいですね。貴方が感じたその感覚。私と貴方の差です。それを斬らなければ、貴方は私に攻撃一つも加えられないでしょう」


 剣が動かない。


 微動だにしない。


 これほどまで、差が開いているなんて予想もしなかった。


 自分の全て。


 それが完膚無きまでに打ち滅ぼされた。


「しかし、気落とすことはないでしょう。貴方の持つ力ならばです」


 富楼那は淡々と話した。


 それがアドバイスのつもりなのかわからないが。


 流転の自尊心は大きく傷ついた。


 プライド。


 そんなものは自分にはないと思っていた。


 だが、思い返してみれば、自分は強さだけを追求したプライドの塊だった。


「しかし、折角阿修羅様の適合者だって期待していたのですが、これまでとは」


 富楼那はそこまで言うと思い出したかのように言い放った。







「しかし、







 ピキッ。


 バキッ。



 は?



 ……。


 流転の中で何かが生まれようとしていた。


 憎悪にも似た負の感情。


 唯一負けたくないと心に決めた。


 親友。


 追いつくと誓ったあの日。


(……おれは一度負けた)


 悔しかった。


 悔しかった。


 でも自分には力があった。


 阿修羅、顕明連。


 コイツらが居てくれたから俺は自分を強く持つことができていた。


 だが、それも打ち砕かれた。


 富楼那。


 コイツに負けるようじゃ、地獄冥界でも死ぬだけだ。






 ああ。


 






 その時。


 流転の中に潜んでいた闇が、顔を出した。



 ≪――チカラを……欲したな?――≫



 その声は阿修羅の声ではなかった。


 別の声。


 低く、胸が締め付けられるような悪意に充ちた声。


 ≪――流転!耳を貸すな!!――≫


 阿修羅が必死になって止めにかかる。


 だが、流転は力を欲した。


 ≪――るてん。オレと変われ。さすれば力を授けん――≫


 ちから?


 チカラ。


 力が欲しい。




 アイツに、富楼那に、、力が欲しい!




 バリィン!!!



 封印が、解除された。


 ガラスが割れたような音が心の奥底で聞こえた。


 流転の背中には漆黒の翼が生え、黒く、巨大な角が生えた。


「しかしッ!!この姿は?!」


 富楼那はひどく動揺した様子を見せた。



「「空気が美味ぇなァァァァ!!るてん!!」」



 流転の口からは流転ではない、何者かの声がする。


 流転は乗っ取られた。


 かつての親友のように。


「……」


 流転は何も喋らなかった。

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