第12話 狼煙
流転と椎葉の言葉を受けたミカエルは首を縦に振った。
だが、その表情は少し曇って見えた。
「「3日だ、ゆうと、流転」」
ミカエルは指を三本突き立て、指し示した。
「「二人の人間を同時に送るためのゲートを作るためには少なくとも3日必要だ」」
「なぜだ?いつもみたいに送れるだろ」
椎葉は苦言を呈した。
「転送先がどこでもいいんなら送れる。だが地獄冥界は敵の根城だ。なるべく有利な場所を選びたいだろ?」
流転は頷いた。
仮に転送された場所が敵戦力の渦中だった場合。
流転たちは即座に殺されるだろう。
最悪なケースを避けるためにもここは3日、待った方がいい。
だが、椎葉の考えは違った。
「送ってくれ、今すぐだ」
「なに言ってんだお前」
流転の言葉に耳を傾ける気はないようで、椎葉は続けた。
「俺一人でも奴は殺せる。例えどんな強大な敵でも俺は倒せる」
流転は呆れたように椎葉を見つめる。
「お前のその自信はどっから出てんだよ。今から行こうとしてんのは罪人だらけの無法地帯だぜ?」
「俺とミカエルに敵はいない」
椎葉は本気だった。
その目には一切の淀みは無く、ただ前だけを向いていた。
流転としては無謀も良いところだった。
一人で地獄冥界に行くなんて愚の骨頂だ。
せめて二人なら。
しかし、その考えは流転の驕りでもあった。
流転は椎葉よりは現実をしっかり見れているが、自信家であるという特徴は椎葉と同じだった。
そしてまた思う、自分よりも強い奴と戦いたい、と。
ミカエルは椎葉を説得することにした。
「「なぁゆうと。俺様はお前で、お前は俺様だ。俺様とお前は一心同体だ」」
「それはわかっている」
ミカエルは続ける。
「「なるべく早く復讐を果たしたい気持ちは痛いほどわかる。だがな、地獄冥界は何層にも分けられた迷宮だ。もし最下層になんか転送しちまったら奴に会えるのは何千年も先になる」」
椎葉は一度目を瞑り、息を吐いた。
「…わかったよ、3日待つ」
折れた椎葉は握りしめていた手を緩めた。
「「悪いな流転、俺様がゆうとに教育しておくよ」」
ミカエルは椎葉に聞こえないように囁くと笑顔を見せた。
「そうしてくれ」
流転は頷き、ミカエルに賛同した。
「帰る」
空が暗くなり始めたのを見て椎葉は唐突に声を挙げた。
椎葉が歩き出そうとした、その時。
≪――ならん――≫
阿修羅の声が響き渡った。
椎葉とミカエルは何が起きたのか分かっていなかった。
お師匠様と流転は知っていた。
声の発生源は流転の心臓。
明滅する光とともに阿修羅の声が聞こえる。
≪――悪魔。地獄冥界に転送した後、流転を最下層に送れ――≫
「な」
流転は思わず絶句した。
「「お、お前は誰だ!!」」
ミカエルが気味が悪そうに叫ぶと阿修羅はあるものを呼び出した。
地面から生えてきたそれは間違いなく。
「「け、顕明連?!」」
紅の炎を纏いながら金色に輝くその剣は間違いなく阿修羅の持つ三明の剣の一つ、顕明連だった。
「「…てことは、流転、そこにいるのは阿修羅王様か?!」」
「…ああ。俺の中には阿修羅がいる」
「誰だそれ」
椎葉の発言をミカエルが止める。
「「ゆうと!さすがに無知すぎるぞ!」
「し、知らねーもんは知らねーんだからしょうがねぇじゃねぇか!!」
椎葉の発言もごもっともだが、仏教によって国が成り立っているのに仏教の事を知らないのは如何なものか、と流転は思った。
≪――よい。それよりも、承諾してくれるか?悪魔よ――≫
「「は、はい!!勿論です!!」」
快諾するミカエルに不信の目を向ける椎葉。
あとで阿修羅王伝説を聞かされることだろう。
阿修羅は強者救済弱者切捨ての思想を持つ帝釈天に唯一立ち向かったため、弱い立場にいる者からは「英雄」と呼ばれている。
また、地獄冥界に入獄してからはその圧倒的な支配力で悪魔を服従させ、力を奪われるまで地獄の王として君臨していた。
そのため今でも悪魔が阿修羅を崇拝する風潮は残っている。
ミカエルが阿修羅にここまで心酔しているとは思っていなかった。
何か過去に縁があったのだろうか。
それよりも、と流転は思考を戻す。
「おい、阿修羅。俺を最下層に送るってどういうことだ?死ねってことか?」
≪――そんなわけないだろう。俺の身体を回収するのだ。さすればこの世に顕現できるようになる――≫
「ミカエルみたいに出てくんのか?」
≪――違う。お前は俺の【適合者】だ。【契約者】ではない。お前の身体を一時的に乗っ取り、すべての力を解放できるようになる――≫
それを聞いた流転は親友を思い出した。
あの日、身体を乗っ取られた親友のことを。
≪――加えて地獄冥界に封印されし我が三本の剣も奪い取りに行く――≫
「一本はここにあんじゃねぇか」
≪――これは模倣品だ。我が魂の一部を使って創り出した物質に過ぎない――≫
「おれは今までレプリカ振り回してたってことか」
阿修羅はそうだ、と言った。
流転と阿修羅が話していると椎葉が近づいてきた。
「3日後だ」
椎葉の言葉ですべてが伝わった。
「遅刻すんなよ」
「誰が」
3日後、二人の生者が地獄冥界へと旅立った。
それはこの世では考えられない愚行だった。
みずから地獄へ赴く者などいないはずだった。
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