第9話 悪魔
”悪魔憑き”――地獄冥界に巣食う悪魔が人間と「契約」を結んだ状態を指す。
通常、悪魔とは人間が住む世界、現世には干渉してこない。
現世には強力な結界が張られていることもあるが、現世に来て人間を襲ったとて利益が無い。
なぜなら彼らの目的は人間が放つ「法力」にあるからだ。
悪魔が生きるためには人間の「法力」を喰らい、エネルギーとするほかない。
しかし、「法力」を持っている現世の人間は少数派であることに加え、習得と同時に溢れ出る「法力」を抑える術を身に着けてしまうため、限りなくゼロに近いほどのエネルギーしか接種できない。
だから彼らは現世に舞い昇ることはしない。
だが、もしも現世にて結界が張られていない場所で「法力」を爆発させた場合、数えきれないほどの空腹状態の悪魔が地獄冥界からやってくることだろう。
ではなぜこの男は悪魔に憑りつかれたのか。
流転は後ろ姿を観察しながら考察した。
人間と悪魔を結びつけるのはほかでもない「契約」だ。
悪魔は何よりも等価交換を重要視する種族である。
人間が悪魔と契約を考える大抵の場合は、人間が力を欲し、悪魔が人間の能力や身体の機能、「法力」を奪うことで交換とし、人間に莫大な悪魔的な力を付与するというものだ。
この男も何か契約をしたにちがいない。
だが、その契約内容は何か。
それが分からないと強引に引き剝がしていい物かどうかの見分けがつかない。
もしかしたら心臓を捧げているケースも考えられる。
その場合、悪魔を祓った瞬間この男は帰らぬ人となるだろう。
契約によって悪魔と心臓が同等のものだと位置づけられるからだ。
「ここでいい」
金髪は流転の方を振り返り立ち止まった。
学校の校舎裏にある空き地。
頻繁に素行の悪い生徒が溜まっているのを流転は見ていたが、そこは整備され、綺麗に手入れされていた。
「ここは不良の溜まり場だった」
「随分と綺麗じゃねぇか」
「俺が掃除したからな」
間髪入れず会話を展開する金髪イケメン。
その表情はみるみるうちに怒りで溢れていく。
「君のような不良を掃除する場所だ」
「――契約内容は?」
金髪は一瞬流転が何を言っているのかわからないといった様子を見せた。
だが、我に返ったかのように目を見開き、臨戦態勢を取った。
「…なぜわかった」
「俺はこの道のプロなんでね、困ってんなら助けてやるぜ?今回は特別サービスだ」
勿論嘘である。
だが、このような緊迫した状況では嘘でも十分効力を発揮する。
しかし、流転に悪魔を祓う力があるのは事実だった。
だから、発言に自信はあった。
その力強さが流転の発言に説得力を持たせた。
「…助けてもらう必要なんてない…」
金髪は目を大きく開いたまま、流転を睨みつけたまま、ポケットからナイフを取り出した。
≪――まずい――≫
「これは…俺の意思だッ!!」
金髪は左に持ったナイフで自身の右手を横一文字に切りつけた。
血が飛散するとともに、金髪から黒い何かが溢れ出た。
黒い霧のようなものは次第に実体化していき、遂にはその姿を現世に顕現させた。
「「オレ様、参上ぅ!!」」
悪魔の怒号が地面を揺らす。
だが、この悪魔の叫び声は常人には聞こえない。
一般人にとっては震度1以下の地震が起こったくらいのことだ。
その声を聴くことができるのは、「法力」をある程度極めた者。
「
流転が修めている「
流転と暦が凛子の声を聴くことができたのもその力によるものである。
流転は悪魔を視認し、「下位悪魔」であることを確認した。
黒いフォルム、白い牙、憎たらしい笑顔、そして細い角。
悪魔は角によって階級が分けられている。
角が太く、立派なものであるほど、階級は上位になる。
そして金髪の右の頭にも角が現れた。
これが悪魔と契約した者である証拠、悪魔に半分侵食されていることを表している。
半分。
つまり、人間に角が二本確認できた場合は、即刻排除命令が下される。
最後に見たのは五年前だったか。
流転は物思いに更けていた。
≪――流転ッ!何者かがこちらに急接近している――≫
阿修羅の焦った声。
大抵何かが起こる前触れだ。
「数は?!」
≪――ここから確認できるだけでも十だ――≫
「俺、法力使ってねーぞ?!」
≪――分かっている…!つまり考えられるのは――≫
流転は敵意をむき出しにしている金髪イケメンの方を見る。
≪――奴も、狙われているということだ――≫
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