第2話 妹
日が暮れ、辺りが暗くなり始めたころ、流転は貸家に到着した。
すると待っていたかのようにエプロン姿の女性が飛び出してきた。
「初めまして、寺乃葉さんですよね?」
流転は急に現れた年上女性に驚きながらも頷いた。
するとその女性は明るい笑顔を見せると、
「良かった~道に迷っているんじゃないかってヒヤヒヤしてたの。初めまして寺乃葉さん。私はこのアパートの大家をやってます、
ニコリと流転に笑顔を振りまくが、流転はどういう表情をすればいいか分からず苦笑いをしていた。
「
くるりと家の方を向くと二階へと通じる鉄筋の階段を登りながら言った。
暦―
流転の幼馴染であり、家族であり、妹のような存在。
妹のようと言いながらも年齢は同じの十五歳である。
どうやらじいさんが気を利かせて隣同士の部屋にしてくれたようだ。
流転は心なしか安心した。
ここにきてようやく見知った顔の人間と会話することができることに。
しかし案内されたのは扉の前に段ボールが積まれた一番端の部屋。
おかしい、と流転は感じた。
流転は自身の荷物などない、厳密に言えば全ての荷物は背負っている鞄に収まっているのだ。
にもかかわらずこれから住む部屋の扉の前に荷物が積み重なっているのはおかしい。
理由は一つしかない。
「あ、お兄おかえり、まりなさんヤッホー」
驚きのあまり固まる流転の隣でヤッホーと返す大家。
流転が驚いているのは幼馴染と同じ部屋になったことではない、そんなことでは彼は動じない。
家族同然、幼いころから一緒にいる妹のような存在なのだ。
昔から部屋は同じだし、食事も決まって一緒だし、お風呂だって一緒に入ってきた。
そんな妹と一緒に暮らすことになっても何も驚かない。
驚いたのは暦の声だ。
明るい。
まるで幼いころの暦の様だ。
とある一件から暦は明るい笑顔を絶やさないような性格から打って変わって静かで大人しくそれに加えて…
(「なんでお風呂いっしょに入るの、ありえないでしょ」)
「…」
(「部屋から出てけ、おら、じじいもいっしょだ」)
毒を含んだ言葉選びをするようになったはず。
そんな暦が明るい表情かつ口調で話している。
その事実に流転はただただ震えた。
「お兄、段ボール中に運んでくれる?」
「あ、ああ」
お兄呼びも何年振りか、もう記憶すらしていなかった。
最後に呼ばれたのは遠い昔の様だった。
「仲いいのね~いいな~」
何も知らない西条の目には仲の良い兄弟に映っただろう。
だが、全てを知っている流転の眼には暦に何があったのかが分からず、思わず恐怖の感情を抱いていた。
言われた通りに段ボールを二箱抱え、中へと入る。
内装はとても綺麗で向かって右側に洗面所と浴槽が、左手にトイレがあり、正面の廊下を歩いていくと右手にキッチンが見え、半開きになったリビングへと通じる扉を何とか開けると十畳ほどの空間がそこに広がっていた。
部屋の隅に荷物が追いやられており、そこにはまだ空いていない段ボールが積み上がっていた。
(意外と広いな…)
流転がキョロキョロと辺りを見渡していると暦に指摘される。
「あ、そこに積んどいて」
畳の方を指さしながら言われると、流転は従った。
「あとは二人で大丈夫そうね」
西条が玄関から声をかける。
気付いた暦は急いで駆け寄り、聞いたことも無いような明るい口調で感謝の言葉と別れの言葉を述べていた。
(一体何があったんだ…?)
環境が変わったことによる心境の変化というやつだろうか、考えたがにしては早すぎる。
引っ越し初日に心境の変化は考えにくい、となると。
流転は最悪なケースを想定した。
バンッとリビングの扉が力いっぱい閉まった。
思わず肩を震わせたが、それに構わず暦が口を開く。
「近所付き合いは大事よ、お兄ちゃん」
先程とは打って替わってクールな口調で話し始める暦。
(やはりそうか)
流転の予測が当たった。
暦は心境の変化など有ったわけではない、彼女はただ近所の付き合いを考えた時により円滑になる態度を考えた、そしてあの明るい社交的な態度を思いついたのだろう。
「俺と二人暮らしでいいのか?」
流転の問いに暦は少しも躊躇うことなく答えた。
「妥協した」
暦はくだらないこと聞く前に荷ほどき手伝えと促した。
そこから二人は黙々と段ボールの中から荷物を出す作業をした。
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