第一章 立志編
第1話 入学
西暦2020年ー日本国ー信濃ノ国ー天気ー快晴。
国立北山高等学校の入学式。
桜の花びらが舞う中、一人の新入生は期待に胸を膨らませていた。
名を
山奥の寺院で生まれ育ち、偏った教育と現代社会にそぐわない環境の中生きてきた彼に取って見れば、この世界は発見と驚きと感動で満ち溢れていた。
着慣れない制服と呼ばれるネクタイ付きの着物に身を包み、何とかこの日までに伸ばした髪の毛は惜しくも短髪であった。
流転が期待していることの中には「強い奴と出会えること」が含まれていた。
周りをキョロキョロと見渡して、探してみるも、未だ ‘‘使えそうな‘‘ 人間には出逢えていない。
姿を隠すことのできる技の存在を思い出した流転は、爪を隠して生活しているだけだと自分に都合の良い様に解釈した。
これから通うことになる高等学校には多くの流転と同じ境遇の人間がいると聞いた。
学校に行けば誰かしらにはに会うことができるはずだとポジティブに考えた。
だが、学校に着いても、教室に入っても、自己紹介が始まっても、何も気配を感じない。
(なんだ、何が起こっているんだ…?皆が騙し合っているのか?)
同級生は皆一同に名前と趣味や好きな食べ物などを淡々と羅列していく。
(面白れぇ)
流転は偏った考えに陥った。
彼は周囲の人間が彼自身を貶める様に謀っていると解釈した。
流転の番が回ってきた。
彼は椅子を後ろに倒し、騒々しく立ち上がると周囲の視線など気にした素振りを見せず、言い放った。
「こん中で一番強い奴、出てこい」
教室の中に静寂が訪れた。
一瞬にして生徒たちは気付いたのだろう、彼には近づいてはならないと。
だが、中には流転の威圧的な態度に臆することなく、寧ろ挑発的な態度を見せる生徒も何人か見受けられた。
こうして主人公―寺乃葉 流転は入学初日にしてボッチの座を確立させたのであった。
*
初日の雑務を終えた流転は周りに新しくできた友達を連れ―――ることはなく一人で帰路についていた。
彼には友達がいない―だが、それは今に始まった話では無かった。
家族はじいさん一人と妹のような幼馴染が一人。
そんな環境でずっと生活してきた彼に新しい友達作りなどできるはずもなく、むしろ自然であった。
彼からしてみれば一人のほうがずっと楽なのかもしれない、その生活に慣れてしまった彼は変化を求めることもしないかもしれない。
だが、周囲には友達と一緒に下校する生徒の姿、楽しそうに談笑する姿があった。
流転は声を掛けようとした。
近付き、笑顔を作って。
しかし、彼はどうすればいいか分からなかった。
どうやって話しかけるのか、何を話すのか、距離感、その何もかもが分からなかった。
流転の視線に気づいた男子生徒は汚物でも見るような目を作って距離を取り、周囲にいた人間と嘲笑を始めた。
蛮行とも呼べる流転の行動は瞬く間に全校に広まった。
彼自身も肌で何となく自分がどれだけ外れたことをしたのかは身を持って痛感したが、どうすれば良かったのか、その具体的な問題点が浮かんでこなかった。
たぶん彼は同じ境遇にもう一度立ったとしても同じようなことを口走ってしまうことだろう。
だから彼に後悔はなかった。
二、三度頭を横に振り、雑念を払うと彼の中にある正義に耳を傾けた。
(いち早く強くならなくてはならない―強くなくては生きている価値がない―)
そうするといつだって彼の脳内には一人の親友の顔が浮かび上がってくるのだ。
幼いころに別れた、彼のたった一人の親友であり、目標―名を
弱気で内気な性格だった彼は別人になったかのように豹変し、流転との間にあった明確なまでの力関係を一瞬で瓦解させてしまった。
潜在的な力―――厳密に言うと誤りになるが、流転が感じた彼の圧倒的な力と自分との力の差に、彼の思考は大きく変えられてしまった。
強くならなくてはならない―。
そう決心した彼だが、その想いが肥大化しすぎたあまり、彼の正義感までも捻じ曲げてしまった。
いつしか彼は強くなりたい、という少年時代の儚い想いが、強くなくては生きている価値がない、まで変わってしまった。
そして強い者が正義で弱い者が悪であるという『弱肉強食』的思想にまで片足を突っ込んでしまったのである。
彼の頭には一つの考えがあった―この学校でも自分の存在価値を確立するために誰よりも強くなくてはならない。
だからこそ、彼は彼の思考を変えることはしないし、態度を変えることはしない。
彼は彼の信じた道を突き進んでいくだけである。
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