結
清々が膝から崩れた音が辺りに響いた。
「清々ッ!」
すぐさま駆け寄ろうとした流転だが、反応が遅れた。
しかし石流が地面を舐めることはなく、何処からともなく現れた白装束の手によって抱えられていた。
「まさか毘沙門天様をお姫様抱っこする日が来るとはね…」
声からして男だった。
流転はまたしても現れた顔を隠す特異な存在を敵と判断し、臨戦態勢を取った。
だが、流転に気付いた白装束はすぐに顔を覆っていた白い布を上げ、顔を見せた。
整った顔つきをした黒い髪のその男は流転に笑いかけ、近づいた。
「初めまして、流転くん。僕は
「…それはお師匠様とどっちが偉い?」
流転にとって世界で一番偉い存在とはお師匠様の事だった。
迦葉は即答した。
「僕だね」
未だ真偽を判断するほどの材料を持ち合わせていなかった流転は困惑していたが、
「迦葉様…!!」
フラフラとした足取りで近づいてきたお師匠様の態度を見て立場はお師匠様より上の存在であることを悟った。
「どうして此処に?」
流転も聞きたかったことをお師匠様が聞いた。
「空が割れたからです。あれは常人にはできない所業…何らかの異常事態が発生したことは一目瞭然です」
お師匠様が小さく、なるほど…と呟くと気に留めることなく続けた。
「そうしたらまさか器が発見されているとはね。これは大きな功績だよ。…それには大きすぎる代償だったけどね」
迦葉が遠くで倒れる小さな命たちを見て呟いた。
同じくしてお師匠様も俯いた。
「彼の者たちは僕が責任をもって弔わせてもらいます。君らも同席すると良いでしょう」
それを聞いたお師匠様は大きく頭を下げ、
「ありがとうございます…ありがとうございます…これで彼らも救われることでしょう…」
「ありがとうございます」
流転も釣られてお礼の言葉を口にした。
「それくらいはお構い無しです」
迦葉は手の平をこちらに見せて止めるようにお師匠様に言った。
「ところで」
迦葉はお師匠様の方から振り返り、流転の方を向くと、
「この太刀はどうしたのですか?」
流転の右手に収まっていた太刀について聞いた。
流転は事の顛末を話したが、何せ摩訶不思議なことだったので説明が難しかった。
話を聞いている最中、迦葉は少し笑顔を見せたが、気のせいだったのではと自分を疑う程一瞬だった。
そして話を噛み砕くように補足説明を始めた。
「この太刀は
流転は何を言われているのかよくわからなかったが、名剣と言われ、少し嬉しい感情になった。
「何故流転の下に現れたのでしょう」
お師匠様の疑問に迦葉は、わかりません、と答えた。
頭の中では何か考えを巡らせているように見えた。
考えた末に答えは見つからなかったのか、顔を少し上げ話をし始めた。
「それはさておき、清々くんは我々が保護します。流転くんは少し視野を広げるためにも世界を見てくると良いでしょう」
「保護?」
流転は迦葉の言ったことをそのまま返した。
「ええ。器として覚醒してしまった彼は最早普通の人間ではありません。我々が保護し、特殊な教育を受けてもらいます」
「つまり、清々とは離れることになるってことですか?」
迦葉は頷き、
「酷なことかもしれませんが、了承してください」
それを聞くと流転は
「別に酷なんかじゃない。清々が居なくたって平気だよ」
穏やかな口調だったが、その言葉には少し諦めの意味も込められていた。
別人となり果てた清々を見て思うところがあったのかもしれない。
「そうですか」
迦葉はニコリと笑うと流転に一つの封筒を渡した。
真っ白なその封筒には「釈迦派転法輪寺高等学校」と書かれていた。
「高等学校?」
「これから5年の間この地で再び修行を積み、そしてこの場所へ行って下さい。君は世界のことをもっと知るべきです。そして、自分が今までどれだけ小さな囲いの中で生きてきたかを身をもって体験することになるでしょう」
流転は迦葉から渡された書面を読んで高揚していた。
これから世界を知ることができること、そしてこの世界が小さなものであると言ってくれたことによって。
流転は常日頃からこの日常がとても退屈なものに見えていた。
毎日同じ景色、毎日同じ授業、毎日同じ友人の顔、毎日同じ空気、雰囲気。
その日常から抜け出し、新たな世界に身を投じることができれば、自分は何か変わることができるのではないかと思った。
そしていつの日かは…。
お師匠様や他のみんな、そして清々をこんな目に合わせた仮面の男たちの組織を壊滅させることができれば。
あの時感じた清々との間の圧倒的な力の差を埋めることができれば。
また清々と笑いあうことができれば。
その時はこの世界に生まれてきたことを幸せだったと思えるのだろう。
≪ーーー強くなれーーー≫
脳内の何者かもそう言った気がした。
そうだ、自分はこれから強くならなくてはならない。
流転はそう決心し、拳を強く握りしめた。
曇っていた空から夕焼けが顔を出し、流転の新たな門出を歓迎しているようだった。
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