転
(誰だ…?)
だが、考えている暇などない事に気付く。
前方には剣を構えた仮面の男が立っていた。
「こうなったら気晴らしに全員惨殺するかァ…クソガキどもがァ!!」
一気に流転目掛けて駆け出す仮面の男、手には剣が握られ、既に体勢が整っている。
それに対し流転は未だ自身を縛る異質なものから抜け出せていない。
呼吸は整い、力も出せる状態なのにも関わらず、足が動かない。
(斬られる…!!)
思わずそう意識してしまった。
目の前に近づいてくる仮面の男。
その仮面は十字の紋章が入っていて、中央には赤い宝石のようなものが埋め込まれていた。
密度の濃い殺気。
それが徐々に近づいてくる恐怖、この瞬間を、彼はきっと忘れられない。
半ば諦めかけた流転に再び答えるように脳内で何者かが言葉を発した。
≪ーーー取り敢えず封印を解除する。後は自力で避けろーーー≫
次の瞬間、ガラスが割れたような音が鳴り響くと足が軽くなった。
有り余った脚力を発揮し、横方向に身を屈めながら飛んだ。
と、同時に長い剣が空を切った。
飛んだ先で受け身を取りつつ、身体を仮面の男に向ける。
だが、あまりにも二撃目が速かった。
剣ではなかったが、物凄い速さで繰り出された横から流れる足蹴りをもろに喰らってしまい、お師匠様たちが居る方角へと飛ばされた。
「流転!!大丈夫か!!」
後ろからお師匠様の心配する声が聞こえる。
痛む横腹を抑えながら、大丈夫です、と伝えた。
よく見るとお師匠様の足元にも紋章のようなものが浮かび上がっていた。
そして苦痛に顔をしかめていた。
「そういやァお前らも生きてたな」
仮面の男の矛先がお師匠様に向いた。
それにしても…と仮面の男は思考を始めた。
(あの封印を解いたのは誰だ?この
流転は何とか応じようと考えたが、流転には反撃するための武器が無かった。
≪ーーー守りたいのならこれを貸す。使えーーー≫
脳内の声が言うと、流転の前に一つの太刀が地面から出現した。
その太刀の鞘は赤く、炎のような装飾が施され、鍔の部分は金色で、丸みを帯び、綺麗に磨かれていた。
その太刀を見た仮面の男は一歩後退りした。
「そ、それはッ…
仮面の男は背筋が凍り付き、脳をフルに活用し考えた。
(何故あの剣がここに…このガキが呼び出したものとすれば、間違いなく裏には奴がいる…!)
男が導き出した結論は早急にガキを殺すことだった。
事態が悪化する前に、早く殺さなければ、邪魔になりうる存在となる。
振るえる身体を何とか押さえつけ、剣を構えた。
流転に取って見れば目の前に正体不明だが武器となりそうな太刀が出現した。
これは
だが、彼には問題があった。
彼は剣を扱うことなどできなかったのだ。
今まで基礎的な体術や体力づくりは積んできたが、剣術は未だ教わっておらず、剣というものに振れたことも無かった。
知識として剣という物は認識していたが、抜刀の仕方や、剣の振り方は全くの無知だった。
たとえ流転の前に徳の高い剣が置かれたとしても、彼には扱うこと等できないのだ。
≪ーーー早く抜け!ーーー≫
「抜くって言ったってどうやって?!」
狂気が迫ってきているため流転は必死だった。
ガチャガチャと鞘を握り、強引に引っ張りだそうとしても抜けない。
その間に仮面の男が剣を振りかぶった。
まずい、流転は体が硬直してしまった。
ーーしかし、硬直したのは流転の体だけでは無かった。
今まさに流転を上から叩き斬ろうとしたその瞬間に男の身体が固まってしまっていた。
しかもその体はカタカタと震え、男の息遣いが荒くなっていった。
(何が起こっているんだ…?)
流転は仮面の男の後方に何者かが立っていることに気が付いた。
それは清々だった。
声を上げようとした流転だが、声が出ない。
まるでこの空間が真空状態になったかの様だった。
「生身の身体…か」
そう話す清々の目からは一筋の涙が流れていた。
(清々の声じゃない…!!)
流転は長年共に過ごした親友の声の変化にいち早く気づいた。
そうなると清々はどうしてしまったのか、という問題に突き当たる。
答えを出してくれたのは思いがけず仮面の男だった。
「お、お待ちしておりました…!!…
毘沙門天。
仮面の男は確かにそう言った。
流転は且つてお師匠様からこの地を守護する守護神として毘沙門天の名前を挙げていたことを思い出した。
ではなぜ清々は突然毘沙門天になってしまったのか。
流転はその答えを導き出せないほど馬鹿ではなかった。
あの本だ。
あの‘‘禁書‘‘のせいで清々は変貌し、そしてそれは清々が毘沙門天の適合者であったことを意味していた。
風貌は変わらないが、目の色が変わり、風が吹いていないにも関わらず髪が常時なびいていた。
「…お前が…良くやった、褒めて遣わす」
仮面の男の肩に手を置く毘沙門天。
それを褒美と捉えた仮面の男は動揺した。
「ーーーだが、」
明らかに空気が変わった。
それは一番近くにいた仮面の男が真っ先に理解した。
「俺がこの‘‘器‘‘を見つけるために、俺は何人の人間を殺した?」
「ーーーーは?」
話の意図が理解できていない仮面の男は素っ頓狂な声を上げた。
「貴様は俺を殺人者に仕立て上げた
それを聞いてようやく理解したのか、仮面の男は必死の形相で弁明を始めた。
毘沙門天は仮面の男の肩に置いた手に力を込め、握った。
「ーー!!そッ、それは、毘沙門天様が器を見つけ、現世に復活するために必要な代償でーーーー!!」
「未来ある子たちを何故仏法の神である俺が殺すのだ!!何故俺に信仰心を抱いていた儚い命を無下にするのだ!!」
毘沙門天の怒号が響く。
空は暗くなり、雷を降らす。
「ーーーしかしッ!!」
「黙れ」
呆れるような仕草を見せた毘沙門天は肩に置いていた手を放し、どこからともなく出した短剣を左手で握りしめ、斬った。
音はしなかった。
だが、しっかり仮面の男の首は落ち、その斬撃は曇った空すら斬った。
「え、あ」
首が宙を舞っているが、血は一切出ない。
それどころか斬られたにも関わらず仮面の男には意識があるようだった。
だが、身体が動かせないこと、そして空中から自身の首が無い体を確認すると発狂した。
「ああああああああああああああああああ」
「騒がしい」
毘沙門天は右の手を前に突き出すと
「【
足元に巨大な闇が出現すると一つの禍々しい門が現れ、この世のものとは思えないほどの叫び声や泣き声とともに仮面の男が吸い込まれていった。
門が閉まると何事もなかったかのように時が流れだした。
(勝った…?)
余りにもあっさりとした勝敗の決定に目の前で起こっていることに疑問を抱いた。
何事のなかったかのように平然と立ちすくむ毘沙門天。
陰鬱な雰囲気は見る者誰でも伝わった。
流転に気付き近づく。
その顔には暗い影を作っていた。
「すまなかった」
毘沙門天は一言謝罪した。
「な、なにを謝っているんですか…お、俺は貴方に助けられて…」
「助けてなどいない」
きっぱりと話す毘沙門天の目にはしっかりと流転が映っていた。
「俺はお前たちに深い傷を残した。それに、未来の希望を自らの手で握りつぶした。あってはならないことだ」
「でもそれは仕方のなかったことで…」
「弁明してくれるな。俺は殺した、それは揺るぎない事実だ。この事実から目を背けることなく、俺は自分を戒め生きていく他ない」
淡々と告げると割れた空を見上げ、差し込む光が目に当たり、目を細めた。
「もうすぐ俺はこの少年と交代する。器がまだ俺という魂と同調していないらしい」
「同調すれば完全に清々の意識は消えるのですか?」
清々の意識が完全に消えてしまえばそれは清々の死を意味する。
それを恐れた流転は思わず質問した。
「その逆だ。この少年が完璧に俺という存在を扱える様になるだろう」
若干の嬉しさを感じたがすぐに消え、清々という存在をどこか遠い存在のように感じていた。
今までの清々の雰囲気とは全く違う、圧倒的なまでの強者の風格。
清々には全くと言っていいほど身についていなかったはずのモノ。
そしてそれは流転と清々の間にあった力関係すら脅かそうとしていた。
流転は嫉妬や恨み、ではなく急遽として親友との間に生じた溝に思考が追い付いていなかった。
「この少年には俺の私的な目的に強引に付き合わせてしまうことになるかもしれない」
私的な目的。
毘沙門天の言う目的は何故だか流転には分かった。
「それは…その目的は俺も、清々も同じです」
すると毘沙門天は優しく微笑み、そうであれば良い、と呟いた。
流転はこの時、人生の目的が自ずと定まった。
それは毘沙門天及び清々も同じだと確信した。
あの仮面の男の正体を突き止め、裏にある組織を壊滅させることだ。
流転の脳裏には十字と赤の鉱石の仮面が焼き付いていた。
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