途切れ途切れだが、しっかりと痕跡は残っており、それは竹藪の中の一本の道に沿って続いていた。


 また、若干傾斜があるのか二人は自分たちが山に登っているような感覚を感じていた。


 流転は後ろから聞こえてくる荒い息遣いに気付いた。


「おい、清々。少し休むか?」


 急な傾斜に体力を奪われた清々はフラフラとしていたが、それでも自分の足でしっかりと前に進んでいた。


「大丈夫…。こんなところで倒れるわけにはいかない…」


 流転は止まることも考えたが、清々の気迫のこもった目を見て進むことにした。


(あんなに力強い清々は久しぶりだな…)


 流転は最近の清々のこの世に絶望したような目を見て心配していたが、以前の清々の目に戻りつつある現状に嬉しくなっていた。


 だからこそ止まることはせずに足を前に運び続けた。


 すると目の前が明るくなった。


 どうやら竹藪を抜けるらしい。


 この先にお師匠様たちがいるかもしれない。


 若しくは何か別の者が居るかもしれない。


 清々はようやく辿り着くことができる喜びを胸に進む足を速めようとしたが、流転から止まれの合図が出た。


「どうしたの…?流転」


「しっ、静かに」


 荒い息を整えながら口の動きを最小限に抑えた。


「誰かの声がする」


「お師匠様たち?」


「違う。別の人間だ」


 足音を殺して竹藪から抜け、草陰から覗いてみることにした。


 するとそこは広場のように開けた空間で、太陽がとても近く感じられた。


 清々も覗いてみるとすぐに人影を発見した。


「お師匠様、それにみんなもいる」


「ああ。だが、他にも人間がいるな」


「 だれだ…あの人は」


 流転と清々が見たのは黒いオーラを放った刀身がとても長い剣を携えた仮面の男。


 身体は褐色、筋肉質で体格は大柄だった。


 金の髪を頭の後ろで縛り、尻尾のように伸ばしていた。


 当然流転と清々は知らず、お師匠様たちが縛られているのを確認してから認識を敵とした。


 すぐさま出て行こうとした清々を止め、後方から高速で近づいてくる黒い何かを回避した。


 その黒い何かは仮面の男と合流し、


「境内には人一人いませんでした」


 と報告していた。


 そのまま黒い何かは仮面の男の体の中に吸収された。


 少年二人は身を伏せ、会話を盗み聞くことにした。


 仮面の男は怒った口調でお師匠様に訴えた。


「早く出せ。隠していることは分かってンだ。場所を言え」


 そして何かを蹴る音と共に呻き声が聞こえた。


「これ以上はおらん…故に早く子供たちを解放せい!!!」


「解放しろとはなんだ…俺に命令するとは良い度胸してんじゃねえか老いぼれのくせによぉ…俺が誰か分かってんのか?あぁ?!」


 仮面の男がお師匠様に問いかける。


「ああ、分かっているとも…仏に見放された殺人鬼じゃろ?」


 仮面の男はお師匠様の首を掴むと強引に上に引き上げた。


 首を絞められながらもお師匠様は口を開く。


「貴様など…貴様など仏様のご加護など在りはしない…有るのは地獄冥界への片道切符じゃ!!」


「うるせぇ!!!!」


 鈍い音と共にお師匠様を地面に叩き落とす。


「許せねぇ…俺様を侮辱しやがった…殺す…殺してやるッ…!!」


 男はスラリと刀を抜くと上に振り上げた。


((ーーまずいッ!!ーー))


 流転と清々はお師匠様の危機を察知した。


 その時には二人同時に声を上げていた。


「「待てッ!!!」」


「おい、誰だ貴様ら」


 声に気付いた仮面の男の太い声が響いた。


「流転!清々!こっちに来るな!」


 お師匠様が必死の形相で訴える。


 だが、そんな訴えも二人の少年の前では効果はなく、仮面の男の目の前に二人の少年は来てしまっていた。


「なんでこんなことをした…!答えろ!」


 怒りで気が動転している流転は仮面の男の胸ぐらを掴もうとする勢いで近寄っていった。


 清々は流転が仮面の男の気を引いているその隙にお師匠様たちの方へ近付いて行った。


 しかし、お師匠様の周りには一人を除く全ての門下生たちが心臓部分から出血した状態で仰向けになって倒れていた。


「な…なんだよッ…これは…いったい…」


 異変に気付いた流転も思わず絶句した。


 お師匠様は無力な自分を戒めるかのように目を背けた。


 一人残った門下生は魂が抜けたようにぼーっと遠くを見つめていた。


 その間に近づいてきていた仮面の男に流転は気付くことができず、殴打をもろに喰らってしまい、後方へ吹き飛ばされた。


 そのまま木に直撃した流転に追い打ちをかけるように仮面の男は流転の胸ぐらを掴み、元居た方向へと放り投げた。


 地面に直撃する寸前にようやく意識は覚醒し、受け身を取りながら反撃の姿勢を作った。


 だが、彼はこの世界についてあまりにも無知だった。


「【三善之呪印さんぜんのじゅいん】!!」


 突如として流転の足元に出現した黒く禍々しいオーラを放つ紋章のようなもの。


 その場から退避しようとしたがもう遅い。


「斬ることは容易いンだが、一応大事な商品でな。行動の制限と共に耐え難い苦痛を…」


 言いかけたが、流転の苦痛を受けていない様子を見て


「フッ…瘦せ我慢が…まずはお前からだ…」


 仮面の男が何かをしようとした瞬間に後ろから清々が襲い掛かった。


 だが、その行動は既にお見通しだったようで、振り返ると同時に勢いをつけた肘で地面に沈めた。


「お前はこのガキと違って行動が分かり易い。後で世話してやるから待ってろな」


 何とか立とうと足に力を入れようとしたが、当たり所が悪かったせいか、軽い脳震盪のようなものを起こし、意識が消えかけていた。


「る…て…ん」


 なんとか捻り出した声も空しく夏の空に消えていった。


「さぁ!お待ちかねの時間だァ!!」


 興奮した様子で流転の前に仁王立ちする仮面の男は懐から一冊の本を取り出した。


 その本は流転が今まで見てきた本の中で最も白く、美しい光を放っていた。


 だが、この状況下でどこか懐かしさを流転は感じていた。


 思わず見入ってしまった流転はその本から目を話すことができなかった。


「流転!見るな!!!」


 お師匠様の声も流転には届かず、惹かれるように釘付けになっていた。


 その本が今、開くーー。



〖何だ此処は…既に一杯じゃねぇか…色んな匂いするし、却下だ〗



「ッッはッ!!」


 突然意識が戻った流転はずっと呼吸を止めていたのではないかと思う程激しい酸欠状態に陥っていた。


(なんだ今のは…)


 頭の中を、いや心臓辺りを誰かに覗かれた様に感じ、一時的な仮死状態に陥った。


 目の前は真っ白になり、その白の世界には一つの形を持たない魂の様なものが浮遊していた。


 それが何か自分に語りかけていたように感じたが生憎と覚えていない。


 息は苦しくなったが、まだ生きている、心臓が動いている。


「ほう、生きてたか」


 仮面の男の声で一気に現実に戻された。


 すぐさま臨戦態勢になるが、フラフラしてうまく立ち上がることができない。


「普通なら‘‘うつわ‘‘こじ開けられて出血で死ぬンだが、さっきのガキといい、ついてるな。」


「‘‘器‘‘ってなんだ…?」


 朦朧とする意識の中、流転は仮面の男から聞き出そうとする。


「そんなことも知らねーのか。この際だ、教えてやるよ。俺たちの組織が此処に来たのはな、神々の魂を身に宿すことができる人間、通称【適合者てきごうしゃ】を探しに来たンだよ」


 仮面の男は淡々と続けた。


 まるで自己陶酔に陥っているかのように。


「次はお前だ、そこの倒れている奴」


 仮面の男が指した先にはうつ伏せになって倒れている清々の姿が。


「や…めろ!!」


 まだ上手く呼吸ができていない為立ち上がることができない。


 それに足元にある異質なものの所為で身動きが取れないことに気が付いた。


 一瞬諦めかけたが、力を出して反発し続けることにした。


 だが、遅かった。


 流転の時同様、上半身を上げ、白い本から目が離せなくなっている清々は、心なしか何とかその本に近づこうと身を乗り出しているようにも感じた。


 そして一瞬カメラのフラッシュのような光が発生すると、清々は気を失ったかのようにばたりとまた倒れた。


 呼吸はしていない。


「せ…清々ッ!!」


 流転の呼びかけにも応じない。


「失敗か」


 仮面の男は一つ舌打ちをすると気晴らしに息のある流転の方へ歩み寄った。


 そしてまた、教えを説くように話し始めた。


「そうそう、この本はなァ…この地に古くから伝わる‘‘禁書きんしょ‘‘。中を覗けば適合者以外は必ず死ぬって言われてるヤバい書物だ。ただ、適合者に当たれば…」


「だからみんな死んだってのか!そんなふざけた書物のせいで!!」


 発言を遮るように流転は叫んだ。


「ふざけた…?」


 明らかに仮面の男にとってその言葉は禁句であった。


 手を握りしめ、怒りのあまり震えている。


 だが、流転は止めない。


「ああ、ふざけてる!神だろうが何だろうが知らねーが、人様を殺していい理由になるわけがない!!」


 流転の必死の訴えが空に響く。


 と、その時、流転の脳内で何者かによる声が響いた。



 ≪ーーーー正解だーーーー≫


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