ハッピーエンドじゃ終われない!

サンカラメリべ

ハッピーエンドじゃ終われない!

「先輩! 今日はどんな話をするんです?」

「今日はハッピーエンドについて語り合いましょうか」

「わたし、バッドエンドよりハッピーエンドの方が好きです!」

「そう。じゃあ、どんなハッピーエンドがあるのか、どんなハッピーエンドが最も幸せな終わり方なのか、一緒に考えてみましょう」

「はい!」

 放課後の三階空き教室は文芸部の部室だ。わたしは夏南高校に今年入学した。そこで、先輩と出会った。先輩は一つ年上の二年生で、殆んど幽霊部員の文芸部でただ一人活動を行っていて、放課後の夕陽に包まれる先輩の姿に心を奪われてからというもの、わたしは文芸部に入り浸るようになった。

先輩は黒髪のロングヘアーが良く似合っていて、同性の私から見ても魅力的だから、異性からはとてもモテてるんだろうなって簡単に予想できた。実際に、わざわざこの空き教室にやってきて先輩に告白して玉砕していく人たちをわたしは何度も見た。その中には同性の人もいた。その全てを断ってきた先輩だけれど、わたしが先輩とお話ししていたいと言った時は、快く承諾してくれた。わたしは先輩のことを独占できるこの時間が、高校生活の中での一番の楽しみになっていた。

そして―――今日もまた、わたしと先輩の二人だけの放課後が始まろうとしていた。

「志島さんはハッピーエンドと聞いて、まず最初にどんな作品が思い浮かぶ?」

「ええっと、勇者とお姫様が結ばれるみたいに、主人公とヒロインが両思いになって、敵のボスを倒した後に結ばれる作品です!」

「ええ。一般的に、ハッピーエンドでは主人公とヒロインが結ばれて終わるっていう形が多く取られている。でも、逆に主人公とヒロインが結ばれていてもバッドエンドになるとしたら、どんな作品になるかしら?」

「えぇぇ? どんな作品だろ? 主人公とヒロインが結ばれた後、実は敵のボスは生きていて、復活した敵によって二人が殺されちゃうとか、ですかね?」

「他には?」

「他に⁉ 他に………あ! 具体的な作品名は覚えてないんですけど、主人公とヒロインは結ばれるけどその日に隕石が落ちて人類が絶滅するっていう小説をどこかで見た気がします!」

「それはバッドエンドなのかしら」

「二人とも死んじゃうからバッドエンドじゃないんですか?」

「二人が死ぬとバッドエンドなの? 二人は老衰で死ぬことも許されないのかしら」

「えーっと。それはー。違う、かな? 二人が死んじゃうのは絶対だし、寿命を迎えられないからバッドエンド?」

「二人が自分たちの人生に満足して死ぬことが出来たなら、それはバッドエンド?」

「人生に満足出来たらハッピーエンドだと思います。あれ? なら、あれってハッピーエンドだったのかな?」

 よくわからなくなってきた。先輩は静かにわたしに微笑んでいて、揶揄われているような気がした。でも、目の前の先輩は彫刻みたいに美しくて、微笑むだけで作品になれてしまうから本当にズルい。

「ごめんなさい。志島さんの困った顔を見たくて意地悪してしまったの」

「これくらい平気です! 全然! 先輩になら意地悪してもらって構いません!」

「何を言ってるの志島さん? でも、貴方がそう言うなら、この話はもっと深堀していけそうね」

 よぅしバッチコーイ! わたしは負けないぞ。やる気を出しているわたしの顔が面白いのか、ちょっとだけ先輩は笑った。その顔が輝いているようで、わたしは何故か恥ずかしくなった。

「じゃあ、貴方に少し考えてもらおうかしら。ここに主人公の男性がいて、物語の流れとして彼は自分の家を裕福にしようと頑張る。やがて彼は億万長者になって子どもたちに看取られながら死ぬのだけれど、これはハッピーエンドになる?」

「なります」

「確かに、主人公の目的は果たされている。ここで別の話を考えてみましょう。今度の物語では、主人公は多くの挫折を味わって、最終的に億万長者になることは無かった。けれど、最愛の人と出会い、先ほどの人と同じように子どもたちに見守られながら死んでいった。これは?」

「それもハッピーエンド、です」

「目的が果たされなくてもハッピーエンドになるってことね。ここから少しずつ設定を捻っていくから、ついて来てね。主人公は億万長者になるけど、家族と上手くいかず、孤独死する。これはハッピーエンドになる?」

「なりません」

「それはどうして?」

「だって、孤独死なんて誰も望まないと思います。最後寂しい思いをしながら死んじゃうのは、バッドエンドです」

「でも、彼の当初の目的は果たされてるわ」

「それでもです」

「ここで明らかになったのは、目的を果たすだけではハッピーエンドにはならない、ということね。次に、家族に看取られて主人公は死ぬけど、主人公が亡くなった後、子どもたち同士が遺産相続を巡って争い、家が滅茶苦茶になって終わる。これはハッピーエンド?」

「バッドエンドです。そんなこと主人公は望みません」

「子どもたちの代は運よく上手く采配できたけど、孫の代になってから争いが生まれて家が滅茶苦茶になったら?」

「それも…バッドエンド、ですかね? けど、そんなことを言ったら際限が無くなっちゃうな…」

「そう。際限が無くなる。家が衰退していく途中で再興できて、そこで終わればハッピーエンドに戻るかもしれない。でも、また衰退してしまえばバッドエンド」

「うわぁぁぁぁぁ! ハッピーエンドはどこ!」

「でも、これはバッドエンドに対しても言えるわ。主人公とヒロインが死んでしまっても、彼らは転生してどこかでまた再び結ばれるかもしれない。そうなったらハッピーエンドになりそうじゃない?」

「はい。ただ、それをハッピーエンドってするのは人による気もしますけど…。じゃあ、物語をどこで区切るのかっていうのが問題なのかな」

「物語はハッピーとバッドのミルフィーユのようになっていて、どこで止めるかで変わってくるということね」

 ここでいったん先輩は話を区切った。わたしにはわかる。ここからもっと話が拗れてくるんだ。準備はいい? そんな風に先輩が目くばせしたので、わたしは頷いて答えた。

「ここまで私たちは第三者の視点、つまり、全体を俯瞰して眺められる神の視点に立って物語を見ていたわ。だけれども、実際には主人公は自分が経験してきたことしか知り様がないはずよね。さっきの例をまた出せば、主人公は看取られて亡くなった後、自分の家族がどうなるのか知ることはない。主人公の目線に立てば、幸せに死ねるのだから、たとえこの後家族が崩壊することになろうとも、この主人公にとってはハッピーエンドなんじゃないかしら?」

 登場人物の視点に立ってのハッピーエンド。そんなの、今まで意識してこなかった。キャラたちの心情に共感したりとかはあったけど、物語がハッピーエンドかどうか、ということばかり考えて、その人物にとってハッピーエンドだったか、なんて気にしたことなかった。

 わたしは、今まで全く想像したことも無かった新しい考え方の出現に戸惑った。それを、先輩は優しい瞳で見守ってくれていた。

「志島さんはどう考える?」

「わたしは…自分の人生に満足して死ねたら、ハッピーエンドになると思います」

「それが騙されていたのだとしても?」

「騙されてたかどうかなんて、どうでもいいんです。たぶん。後悔しないで死んでいけるのが、ハッピーエンドになるはずです」

「そう。貴方はそう結論したの」

「失望…しました?」

「そんなわけないわ。これでまた一つ貴方のことが知れたのですもの。むしろ喜ばしいことじゃない?」

「なら、わたし、先輩の考えを知りたいです! 先輩はどうすればハッピーエンドになると思いますか?」

 わたしが答えたんだもん。先輩も答えてくれなきゃフェアじゃない。わたしだって先輩のことを知りたいんだ。

「私? そうね…私は、物語は全てバッドエンドだと思ってるわ」

「え! なんで⁉」

「終わってしまうから。物語が終わること。行き詰ること。これ以上語られることが無くなること。それは“無”。物語である限り、終わってしまう。私にとってはね、それがとても苦しいの」

「そんな…」

「でも、私の言う終わりは、小説の最終巻とかじゃないの。誰にも語られることがなくなること。それが物語の本当の終わり。語り部の話がどこかで途切れても、受け継がれてく限り、誰かがその先を語ることが出来る。つまり、未来があるということが私にとってのハッピーエンドっていうことになるわね」

「な、なるほどぉ」

 そんな考え方もあるんだなぁ。先輩はそんな風に考えていたんだ。今日もこうして少しずつ、先輩に近づけている。この時間がいつまでも続けばいいのに。そうしたらハッピーエンドになるのになぁ。そんなことを思いつつ、わたしは先輩の隣で先輩の話に耳を傾け、この時間を噛みしめるのだった………。

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