第106話 黒騎士、東京に帰る

「紫音が……あたしたちに手を貸すって?」


 電話口から聞こえた内容に紅さんが眉を立てる。


 にわかには信じられない——そんな顔をしていた。


 だが、


「ええ。確かにわたくしはそう言いましたわ。今回ばかりは東京のピンチ。そこを落とされ、最悪あなたたちが全滅されると今後に響きます。普段は憎まれ口を叩く仲ですが……剣会長と明墨さんのために力を貸しましょう」


 轟さんは繰り返し同じ言葉を告げる。了承の言葉を。


「……なんで庵のためなのよ」


「そこですの? 気になるの」


「当たり前でしょ! 爺のことなんてどうでもいいわ。でも庵はあたしのギルドメンバーよ。まさかあんたまで手を出そうだなんて……!」


 ぎりり、と再び紅さんの奥歯が激しく鳴った。


「あんた、まで? もしやそちらの花之宮さんにまで唾をつけられたのですか? うふふ。大人気ですわねぇ、明墨さん」


「うるさいうるさいうるさ——い! 誰にも庵は渡さないわ! ウチの! 庵なんだから」


 ぎゃんぎゃんと電話口に対して大きな声を飛ばす紅さん。


 轟さんの耳が心配になる。


「そっちがうっさいわ! いいから心の広いわたくしに感謝なさい! また追って連絡します! それじゃあ!」


 ブツンッ。


 最後はいつものように喧嘩っぽくなったが、これで新たな戦力が手に入った。


 もうひとりの特級冒険者、轟紫音。


 俺と似た魔法を扱う広範囲殲滅型の冒険者。


 彼女がいればかなりの戦力になる。紅さんも憎まれ口を叩きながらも、


「ふんっ……あの女、最初から庵目当てで来るんじゃないでしょうね? だとしたらこき使わなきゃ」


 なんだかんだ轟さんのことを信頼しているように見えた。


「よかったですね、紅さん。これでもうひとり特級冒険者が増えましたよ」


「ええ。希望が増えたのはありがたいわ。四人もいればなんとかなるでしょ。こっちにはパワーアップして最強になった庵もいるしね」


「すごい責任が肩に……」


「平気よ、イオリ」


「クロ」


 にやりとクロが笑った。


「私たちがいれば最強。あなたが守り、私が与えるわ」


「……そうだね。頼りにさせてもらうよ」


 実際、クロの知識はありがたい。異世界の敵はいつだって未知に包まれているが、その異世界のことをよく知る彼女がいればだいたいの対応策を取れる。


 心強い味方だ。


「ひとまず観光は中止ね。さっさと東京に戻るわよ、庵」


「了解です」


「それではわたくしも支度をしましょう。また後ほど、今度は東京でお会いしましょうね、皆さん」


「ええ。期待してるわよ、春姫」


 僕たちは揃って帰りの支度を始める。


 花之宮さんと別れ、荷物をまとめて車に乗る。


 帰りは剣さんがいないから世界樹ギルド専属の運転手に送ってもらう。


 電車で帰ったほうが早いとは思うが、電車だと荷物の問題もある。


 車が発進し、僕たちは急いで東京へと戻るのだった。




 ▼△▼




 数時間もの片道。


 すっかり暗くなった外の景色を眺めながら、僕たちは天照ギルドの前に到着した。


「うーん……ゲートがたくさん開いた割にね平和ね」


 車から降りた紅さんが、道中の様子を振り返る。


「そうですね。まあ、ゲートが開いたとはいえ、モンスターが出てきたわけでもありませんから」


「そうねぇ。でも不思議。あれだけゲートを開いたのにモンスターが出てこないなんて」


「何かを待っているのかもね。たとえば——シロとか」


「シロを?」


 クロが妙に意味深な言葉を呟く。


 確かに闇の君主の一部を持ち逃げしたシロは敵に狙われている。クロの言ってることが正しい説なのかもしれないが、その場合、僕たちが帰ったことでゲートは開くってことかな?


 まだ開いてないあたり、敵もこちらの様子を掴みあぐねている?


「そもそも、異世界のモンスターたちは狙った場所にゲートを開けるのかい?」


「ええ。大雑把にはね。だからこういう一箇所にゲートを固めて開くことも可能だわ」


「だとしたら……敵の狙いはなんだろうね」


「さあ。考えてもしょうがないわ。それよりすぐにゲートの攻略に移るわよ。ここからは体力勝負だわ」


「はい、解りました」


 ギルドの中へ入っていく紅さんを追いかける。


 胸中では、妙な胸騒ぎがする。


 まるで、クロの言う通り、敵が僕たちを待っていたかのような——嫌な予感が。




 ▼△▼




「ギルドマスター!」


 ギルドホーム一階。エントランスに集まった冒険者たちが、紅さんを見て喜びを浮かべた。


 だだだっと近くに集まってくる。




「状況は?」


 紅さんは端的に説明を求めた。


「それが……まだゲートは完全に開いてません。沈黙を守っています」


「他の冒険者たちはどうなってるの?」


「冒険者協会と協力してすべてのゲートの近くを封鎖。多くの冒険者が駆り出されています」


「そう。なら爺に連絡するわ。細かい指示を待ちながら交代でいまの体制を維持しなさい」


「了解しました!」


 ギルドマスターらしく紅さんはぱぱっと指示を出していく。


 懐からスマホを取り出し、今度は剣さんに電話をかけた。




———————————

あとがき。


本日早朝、新作、

『悪役貴族の末っ子に転生した俺が謎のチュートリアルとともに最強を目指す(割愛)』

を投稿しました!


このあと20時頃に2話目を更新します!

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