第104話 彼女が求めた平和

 女性たちに囲まれた状態で京の都を歩く。


 東京では見られない光景がたくさんあり、俺はともかくクロたちも楽しんでいた。


「この世界はなんて鮮やかなのかしら。自然が広がる私たちの世界とは違うわね」


「そっちの世界は自然がたくさんあるんだ。この世界も昔はそうだったけど、人による開発の影響で自然は減少したね」


「だから精霊や妖精の類はいないのかしら?」


「精霊? 妖精?」


 なんだそれ。


 首を傾げる俺に、シロが説明してくれる。


「精霊は属性——自然を操る存在。たとえば炎の君主のように火を。水や天候を操る風・水の精霊とかそういうのがいるの。でも、こっちの世界にはいない」


「へぇ……異世界にはそういう存在がいるんだ。君主を見たあとだから違和感ないけど、この世界にはたぶん、いないかなぁ?」


 神話とかを見ると過去にはいたらしいけど、精霊が現状を見たら怒りそうなくらい人間による開発は進んでいる。


 それでも人には自然がないとダメだ。生きるために必要な酸素を生み出しているのがそもそも自然なのだから。


 しかし、年々人は増えている。このまま人が増え続ければ、やがては自然の数も最低限になるだろう。


 そのとき、本当に人は生きられるのか。


 ふと、俺は気になった。




「あれ? でも、異世界にたくさん自然があるなら、無理してこっちの世界を征服する必要もないんじゃ……」


 それだけ土地が余ってるって証拠だし。


「そうもいかない。向こうの世界は戦争もあるし危険もたくさんある。だから、平和なこの世界を選んで楽園にしようとしてる」


「楽園……」


 それはまた勝手な話だ。


 現地の人間からしたらそれは楽園じゃない。ただの地獄。


 嬉々として侵略しようとする気持ちが理解できないな。


「おかしな話よね。この世界はすでに楽園としての条件を満たしている。平和で、技術が発展していて、土地もたくさんあって……なのに、そこを侵略するなんて」


「クロ様の言う通り。結果的に自分たちが過ごしやすい世界を創るなら、最初からそっちの世界でやればいいのに」


「クロはもともと異世界への侵略には賛成していたんじゃ?」


「まあね。あの世界、私にはとても生きにくい世界だったから」


「最強だったのに?」


「最強でも、よ。周りがすべて敵に見えたからね」


「じゃあこっちに来ても意味なかったんじゃ……」


 結局同じ世界で住むことになるよね、それ。


 俺の疑問に、彼女は鼻を鳴らして自虐する。


「実はひとりだけ抜け駆けしようとしていたわ。ゲートを閉じて防衛を築いて私だけの楽園を作ろうとね」


「えええええ!?」


 とんでもない事実が判明した。


 クロ、まさかの裏切り宣言。すべての君主を敵に回してでも、自分のための安息の地がほしかったのか。


 だが、その計画は半ばで頓挫した。仲間の裏切りによって。


「ふふ。大それた願いよね。最後には部下に裏切られて死んだのだから滑稽だわ」


「クロ様……」


 シロがクロの腕を握る。


 クロは口元に笑みを浮かべたままシロの頭を撫でた。


「平気よ、シロ。今ではイオリと一緒になれて嬉しいくらいだもの。これが私の望んだ平和だったのかもしれないわ」


「——敵はまだこっちの世界を諦めてないけどね」


 後ろから紅さんの声が飛んできた。


 振り返ると、両手いっぱいに食べ物を持った彼女の姿が。


 飲食店では花之宮さんにセーブするよう言われたからまだお腹が空いてるっぽい。


 ちょっと面白い光景だが、


「そうですね。戦いはまだ続く。いいのかい、それでも」


「……ええ。今や私はこっちの世界の味方。敵対する連中はひとり残らずこの手で潰すわ」


「ひゅー。いいわねぇ。仲間が強いならあたしたちも頼もしいわ。ま、すぐに追いついてみせるけど」


 そう言って紅さんはもぐもぐと食事を続ける。


 その背中がとても大きく見えた。




 ▼△▼




 観光はそれなりに続いた。


 気づけばすっかり夕方になっており、そろそろギルドに戻ることにする。


 あと数日も経てばこの景色ともお別れか、と思うとなかなかに寂しい。


「? どうしたの、イオリ。みんなもうギルドホームの中に入っていったわよ」


 入り口の近くで立ち止まった俺に、クロが声をかける。


「いやぁ……なんだかね。こうしていろいろあったから、少し寂しく感じちゃった」


「寂しい?」


「俺たちはすぐにでも東京に帰らないといけない。特に紅さんはね」


 ギルドマスターだし。


「だったらまた来ればいいじゃない。ここはあなたの世界よ」


「そうなんだけどさ。こういうのは、そういうものなんだよ」


 情緒ってやつさ。知らんけど。


 でもまあ、クロの言う通りだ。また京都にくる機会もあるだろう。


 最後にもう一度振り返って外の景色を眺めると、俺は大人しくギルドホームの中に入って、




「——はぁ!? 東京にいくつものゲートが開いてるぅ!?」




 という、紅さんの大きな声を聞いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る