第103話 カルチャーショック

 どの飲食店に入るかで二人のギルドマスターが喧嘩を始めそうになっていた。


 仕方ないので俺が仲裁に入り、より早く入れる花之宮さんの店が選ばれた。


 クロとシロもいるからね。観光で立ち寄る店が焼肉はちょっと忍びない……。


 焼肉なら東京に戻っても食べられるし。せっかくなら、京都っぽい和食を振舞いたかった。


 そう思って店に入り、俺の隣にクロとシロが座る。


 対面に二人のギルドマスターが座ると、俺たちはそれぞれが料理を注文し始めた。


 しばらく経って豪華な料理が運ばれてくる。


 刺身とか、異世界組は馴染みあるのかな?


 ちらりと横を見ると、


「い、イオリ! 魚が……魚が生で提供されているわ!? これ、危ないのよ!?」


 ある意味予想通りの反応をクロが返してくれた。


 シロも、


「これが……カルチャーショック!?」


 と生魚に驚いている。


 対面に座っていた花之宮さんがくすくすと笑う。


「ふふ。お二人がいた世界には、魚を生で食する文化はなかったのですか?」


「え、ええ……魚を生で食べた人はいたけど、ものすごく苦しんだって話がいくつもあるわ」


「国によっては生で魚を食べるのが禁止されているとか」


「——あ、でもそうね。たしか深海の君主が治める国では、生の魚を食べるって話を聞いたことがあるわ!」


「深海の君主?」


 ここにて新たな君主の名前が出てきた。


 花之宮さんも紅さんも箸を止めて視線をクロに向ける。


「ええ。水の都と呼ばれる国を統治する君主よ。あの女……性格悪くて嫌いなのよね」


「深海の君主も女性なんだ」


 今のところかなり女性の割合が多いな。


 闇と光、それに深海の三人は女性だ。たぶん、炎の君主は声からして男性だろう。


 残り何人の君主がいるのか、あとでクロに聞いてみるか。


 今はそれより、出てきた料理を食べる。


「——う、美味い!? あの女の文化が、まさかここまで素晴らしいものだったとは……」


 刺身を食べたクロが、感嘆の声を上げる。


 瞳はきらきらと輝き、次々に刺身が彼女の体内へ消えていく。


 その様子を眺めながら、ふと俺は思った。


 ——あの刺身は一体どこへ消えているのだろう? クロは一時的に顕現状態で刺身を食べている。それは限りなく人間に近いものの、彼女は故人だ。すでに死んでいる。


 それを彼女の魔力を使って俺が死霊術で蘇らせているような状況だが……果たして、彼女は幽霊なのか人間なのか。


 その肉体は、人としての機能が備わっている——と見て間違いないのだろうか?


「……うん? どうしたの、イオリ。人のことじろじろ見て」


「ああ、ごめん。ふと、クロが食べた物はどこに消えているのかなって」


「私? そりゃあ胃袋に落ちて消化されるだけよ」


「やっぱりちゃんと人としての機能があるんだね」


「ええ。死霊術はあくまで魂を操るスキルだけど、この場合はシロとか私の記憶を元にして肉体情報を構築しているわ。だから、ちゃんと食べたものは消化される」


「へぇ……」


 それはまた便利な能力を持っているね。


 他の人からしたら、急にいなかったはずの少女が現れたり消えたりと忙しいが、その対策でもある個室付きの飲食店で助かる。


 たまに料理を運んでくる店員さんが、クロを見てわずかに驚いたりする程度だ。そのくらいは問題ない。


「それよりイオリも早く食べてみなさいよ。とても美味しいわ!」


「うん。そうだね」


 彼女に促されて俺も刺身を食べる。


 たしかに美味しい。俺が普段食べているものとはレベルが違った。


「ちょっと紅さん……もう少し落ち着いて食べたらどうですか」


 対面では紅さんがガツガツとすごい勢いで料理を口に運んでいた。


 別にマナーが悪いとはそういうわけではないが、そのまま呑み込むようにして食べる姿は何度見ても異常だ。


 花之宮さんもそう思ったのか、たまらず声をかける。


「なに言ってるのよ! あたしはとにかく燃費が悪いから食べないとダメなの! そもそもまだ遠慮してるほうよ」


「相変わらずよく食べますね……」


 ええ、それはもう、と内心で俺が返事を返す。


 この人、前に焼肉で店の在庫を空にしたほどの大食漢だからね。その気になればこの店もかなり危うい。


 内部で魔力に変換でもされているんじゃないかなって思う。ほんとに。




「ちなみに、花之宮さん」


「はい?」


「この後はどこに行くんですか?」


「この後ですか? もちろん京都の町を案内します。いろいろと他の県では味わえない景色がたくさんありますので」


「舞妓さんとか?」


「親父くさいですよ、紅さん」


 なんでチョイスが舞妓なんだ。俺のためだとしたら別に興味はない。見たくないわけじゃないが、イマイチ彼女たちのよさがわからないのだ。


 普段から美少女たちに囲まれているから?


「そういうお店はもっと大人になってから勝手に行ってください」


「あたしは大人なんだけど」


「明墨さんは子供でしょう。まったく……」


 やれやれ、と肩を竦める花之宮さん。


 俺もまったく同じ感想だった。

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