第102話 黒騎士、観光する

 俺、クロ、シロ、紅さん、花之宮さんの五人で外へ出かける。


 ここに剣さんがいてくれれば安心したのに、残念ながら剣さんはもう帰った。


 結果的に、女性四人の中に男がひとり。


 ギルド世界樹の男性メンバーを連れていくかどうかの案もあったが、紅さんが、


「気心の知れない奴が近くにいるとストレスが溜まる」


 とのことで、俺の提案は却下された。


 完全にハーレム状態で通りを歩く。


 クロは魔力をある程度持つ人間にしか見えないらしい。顕現もできるが、魔力消費が無駄なので本人が乗り気じゃない。


 ゆえに、少なくとも俺の周りには三人の美少女がいた。


 当然、周りからの——主に男性からの視線が突き刺さる。




「あ? なに人のこと見てんのよ、アイツら」


 チッ、と紅さんが舌打ちをする。理由は明白なので俺は何も言わなかった。


 代わりに、花之宮さんがくすくすと笑って答える。


「ふふ。きっと皆さん、明墨さんが羨ましいんですよ。ほら、明墨さん以外は女性ですから」


「はぁ? それって、あたし達が庵のハーレムメンバーに見えるってことぉ!?」


「少なくとも紅さんとシロさんはそう見えるかと」


「あんたは何なのよ」


「わたくしはこの辺りを守る世界樹ギルドのギルドマスターですよ? それなりに顔を知られています」


「それならあたしだって……テレビによく出るし、知ってる人もいるでしょ」


「それでも、ですよ」


 一拍置いて、花之宮さんは続けた。


「男性がひとり、女性が複数というのは、どんな状況でも殿方は羨ましいと思います。そういうものなのです」


「ふーん……この街を救ってやったあたし達に変な目を向けるなんて……しょうがないとはいえ、不快ね」


「あら? 紅さんは明墨さんのことがお嫌いなんですか?」


 こてん、と花之宮さんが首を傾げる。


 すると、わかりやすく紅さんが顔を真っ赤にした。


「は、はぁ!? なんでそういうことになるのよ! べ、別にあたしは庵のこと嫌いじゃないけど……」


「うふふ。照れてますねぇ、紅さん。なるほど。紅さんは意外と初心だったんですね。てっきりわたくし、それなりに経験が豊富なものとばかり……」


「だあああ! うるさいうるさいうるさーい! あたしはずっと冒険者として活動してきたの! 異性と恋愛なんてする暇なかったわよ! 悪い!?」


 ガルル、と紅さんが牙を剥き出しに花之宮さんを睨む。


 彼女の感情が高ぶった結果か、周囲の気温がわずかに上がっていた。


 やれやれと苦笑しながら、花之宮さんは首を横に振った。


「別に悪いとは一言も。それに、わたくしも恋愛経験がないというのは一緒ですからね。馬鹿にはできませんよ」


「見るからに箱入り娘だもんね、あんた」


「ええ。異性と手を繋いだこともほとんどありません」


 花之宮さんに関しては俺のイメージ通りだ。彼女は清楚で世界を知らない——そんな印象を受ける。


 実際にそうだったのだから、それはそれで驚きだ。


「ねぇ、イオリ」


「ん? どうしたの、クロ」


 前方でぎゃあぎゃあ言い合う二人のギルドマスターを横目に、隣でふわふわと浮かぶクロに返事を返す。


 なるべく他の人達に怪しい人だと思われない程度に。


「この世界の人たち、なんだかものすごく多いわ。建物もずらっと並んでいて……どうして?」


「ああ、それは……単純に人が多いからだよ」


「どれくらい?」


「今は七十億人くらいいるんじゃないかな? この世界」


「なっ……七十億!? どうやってそんな数の人を……」


「数えたのか?」


「うん」


 それは俺も聞きたいくらいだよ。ネットとかで見かけた内容だから、正確かどうかもわからない。


「あいにくとそれに関しては俺もわからない。この世界には便利なものがたくさんあるからね。それを使って集計とかとってるんじゃないのかな?」


「あの薄い板みたいなやつね!」


「スマホだねぇ。うんうん。テレビとかもそうだよ。電波とか色んなものを飛ばして連絡を取ったりもできる。遠くの人とね」


「私たちの世界にはなかったものだわ……本当に、ここが異世界なんだとわからされる」


「クロ様クロ様」


「ん? なあに、シロ」


「私はクロ様よりこの世界に詳しい。だから、私も教えてあげられる」


 シロが大好きなクロに自分の経験や知識を伝えようとしていた。


 子供が背伸びしているみたいで可愛い。クロもそう思ったのか、微笑ましい表情を浮かべて、


「あら、そうなの? じゃあシロにもいろいろ訊こうかしら」


 と言った。


 シロの表情が和らぐ。


「うん! まずはテレビだけど……」


 楽しそうに会話を始めた二人をそっとしておく。今は口は挟まない。ヤボじゃないよ、俺は。




 ……しかし。


「だから向こうのお店のほうがいいとわたくしは……」


「いやいや! やっぱり飲食店といったら肉でしょ! なんで焼肉がダメなのよ!」


「臭いが移るでしょう! 着物なんですよわたくし!」


「観光なのにそんな服着てくるからでしょ!? 和食がなんぼのもんじゃい! 今は自由の国よ!」


 視線を戻した先、前方。


 ちょっと見ない間に、どの店に入るかで二人のギルドマスターが揉めていた。


 もう少し仲良くしてください……あなた達。

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