第101話 黒騎士、爆睡する

「あ、朝から酷い目に遭った……」


 部屋のソファに腰を沈め、俺は深々とため息を漏らす。


 その様子を見ていたクロが、


「その言い方は女性に失礼よ、イオリ。こんな可愛い女の子たちにキスされて嫌なの?」


 と言ってくる。


 俺は首を横に振った。


「そりゃあ嬉しいか嬉しくないかで言えば嬉しいよ。けど、朝からは重いよ……俺たち、別に恋人でもないし……」


「恋人、か。その手があったわね」


「ちょっと待って」


 本気にしないでほしい。


 クロは何を考えてるのかさっぱりわからないな。


 本気で俺が好きとは思えない。彼女にはいろいろあったから、無意識に邪推してしまうのだ。


「ただの冗談よ。それより、今日の予定はどうするの? ゲートでも潰しにいく?」


「行かない行かない。のんびり休むか、明日には観光かな?」


 現在、時刻は早朝の七時。


 割と早く起きたな。昨日、かなり疲れたと思ったが、二度目だからかすぐに目が覚めた。


 気分的には一日くらい眠っていた気がするが、意外とそうでもなかった。


 のんびりとテレビをつけながら今日の予定を考える。


 すると、


「——え?」


 流れたテレビから聞こえる音声に、俺は目を見張る。


 今、たしかにニュースキャスターの女性が……え!?




「まさか……俺、本当にまるまる一日寝てたの!?」


 それはとても衝撃的な言葉だった。


 ニュースキャスターの女性が言った日付は、本来は明日のはず。それが今言われたってことは……マジか。


 俺の記憶力が終わってないかぎりは、もうゲート攻略から経ってるってことになる。


 驚きを隠せなかった。


「あれ? 気づいてなかったの、イオリ」


 驚く俺にクロがそう言った。


「クロは気づいていたの? 一日以上寝てたって」


「ええ。私は先に起きてたからね。あなたとシロはぐっすりだったけど」


「えぇ……だったら俺を起こしてくれてもよかったのに」


「何人か様子を見にきた人はいたわよ。でも、私も含めてみんなアナタのことは寝かせておいたわ」


「その理由は?」


 俺は首を傾げる。


 クロはハッキリと答えた。


「あなたがそれだけ頑張ったからよ」


「……クロ」


「頑張ったあなたには自由を手にする権利がある。だから誰も起こさなかった。私もね」


「……そっか。ありがとう。久しぶりによく寝た気がするよ」


 グッと背筋を伸ばして体の疲労を完全に追い出す。


 でも、それなら寝起きにいきなりキスするのはやめてほしかったなぁ、と思った。




 ——コンコン。


 思考の最中、部屋の扉がノックされる。


「はい」


 返事を返すと、扉の反対側から、


「おはようございます、明墨さん。花之宮ですが、お体の調子はどうでしょう」


「花之宮さん? ええ、問題ありませんよ」


「それは何よりです。部屋に入ってもよろしいですか?」


「どうぞ」


 特に断る理由がないので許可を出す。


 すると、扉が開かれ、和服の花之宮さんが入ってきた。


「改めておはようございます、明墨さん」


「おはようございます、花之宮さん」


「昨日はずいぶんと休まれたようですね」


「すみません。ずっと寝ちゃってたみたいで」


「いえいえ。それだけ明墨さんには負担をかけましたし、実は紅さんも同じ状況だったんですよ」


「紅さんも?」


「はい。あの方も先ほどまでずっと寝ていられました。今は朝食を摂っている頃かと」


「へぇ……紅さんが……」


 あの人でも疲れることあるんだ。


 たしかに昨日は彼女もかなり頑張った。無理をした結果、俺と同じように寝込んでもしょうがない。


 それで言うと、剣さんは……。


「ちなみに剣会長はもう帰りましたよ。仕事があるって言って」


「え……さすが剣さんですね。元気だ」


「ええ。歳だからよく寝れないとか言ってましたが、年寄りなんて思えませんよね、あの人は」


「そうですね。俺よりぜんぜん強いですし」


「あら。今の明墨さんには誰も勝てませんよ」


「あっ」


 そうだった。俺はクロから力をもらって魔力の量が何倍にも膨れ上がったのだ。


 今の状態なら、三人の特級冒険者を相手にしても勝てるだろう。


「そうでしたね。忘れてました」


「ふふ。明墨さんにもそういうところがあるんですね」


「そういうところばかりですよ」


「まあそれはともかく」


 パン、と花之宮さんが両手を叩いた。まるで本題でも切り出すように彼女は言った。




「ゲートは攻略されました。これでこの町は平和です。そのお礼も兼ねて、明墨さんに京都の町を案内しますよ!」


「あー……そう言えば観光するって話が出てましたね。紅さんも一緒に?」


「はい。最初はわたくしがひとりで案内しようと思っていましたが……紅さんにダメだといわれました。ケチですよね、あの人」


「あはは……」


 たぶん、また勧誘されないように監視されるんだろうなぁ。


 紅さん、自分のものに手を出されるの嫌いだから。


 でも、みんなで行けるなら楽しい観光になりそうだ。

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