第17話


[教室]


<雑踏>

<チャイム>

 

「お待たせしました。それではこれより第85回白結祭を開催します」


<拍手>


 校舎内外から割れんばかりの拍手。


 待ちに待った文化祭がついにスタートした。


「始まりましたね、文化祭」


「そうだね……始まったね……ふわぁ……」


「東風谷先輩、大丈夫ですか」


「大丈夫、大丈夫……ちょっと徹夜しただけだから……2日くらい」


「今日も寝てないんですか!?先輩それはちょっとまずいですよ!」


「ん? 寛、今なんて」


「え、何か変なこと言いましたか」


「……いやなんでもない」


「まあ、まあ。少し寝れば元気になるっしょ。というわけでウチは保健室行ってきまーす」


「行ってらっしゃいですわ」


「いってらー」


「たっぷり休んでください……」

 

 東風谷先輩の背中を僕らは見送る。疲弊し切った彼女の後ろ姿はまるで歴戦の戦士を彷彿とさせていた。

 

「さて、私たちも文化祭を回りましょうか」


「さんせーい。ひな早くご飯食べたいかもー」


「そうだね。折角の文化祭だし。僕は今すぐは無理だけど」


「寛さんはどこに行くか決めていますの?」


「うーんそうだね。正直言うとまだ決めてない。なんだかんだ言って、僕も東風谷先輩同様疲れててさ」


「あら、寛さんも寝てませんの?」


「一応仮眠はとったよ。2時間くらいね」


「センパイ不健康ー」


「あまり褒められたことではありませんわね」


「しょうがないでしょ。2人とも、パソコン使えないって言うんだから」


「そ、それは……コホンっ、さて私たちのクラスの出し物はなんだったでしょうか」


「あはー、ひなもう行かないとかもー。チョコバナナなくなっちゃうー」


「露骨に話を逸らしてる! もう2人とも僕の苦労をなんだと思って……!」


「センパイが怒ったー、逃げろー」


「ふふっ、私も失礼しますわ。店番お任せしましたわ」


「ちょっと西園寺さんまで! 全く、2人とも薄情なんだから……」


 ひなと西園寺さんは足早に教室を出ていってしまった。


 ため息をつきながら僕は椅子に腰掛ける。


 文化祭での売り子はシフト制になっている。僕が最初だ。


 文化祭始まってすぐにオカルト部の本を買いに来る物好きなんて、おそらくいない。

 だから最初のシフトの僕は、本当にその場にいるだけの仕事になりそうだ。


 なんとなくぼーっとしていると、文芸部の子と目が合った。

 なんともいえない気まずさを感じて目を逸らす。


 僕たちオカルト部は文化祭では文芸部の教室の一角を借りて活動することになっている。


 普段関わりのない部活との相席で、教室はなんとも居心地が悪かった。


 特にすることもないので、僕は出来上がった部誌を一冊手に取った。


『学校の七不思議 調査報告書』と書かれたコピー本。今朝できたばかりの僕らの成果物だった。


 この本を作るのは本当に大変だった。ここ数週間は、僕の人生で最も濃密な時間だった言っても過言ではないだろう。


 特に最後の七不思議『逆トイレの花子さん』の調査は想像絶する体験だった。


 オカルトを信じていなかった僕だけど、あれを見てしまっては改宗せざるを得なかった。


 ある意味、人生を変える出来事だったと思う。まあ、かといって東風谷先輩みたいにオカルトが好きになることはないかもだけど。

 

 表紙をめくり、目次を眺める。


 七不思議調査も大変だったけど、原稿作りも大変だった。

 

 一つ大きなあくびをして、脳に酸素を回す。


 完成した部誌に目を通しながら、僕はこの騒がしかった1週間の記憶を呼び起こした。


 *

 

[教室]


「今日から文化祭準備で午前授業になる。お前ら、間違っても放課後遊びに出かけるなよ」


「分かってますって、山口先生。俺たちは先生みたいに無断でどっか行ったりしませんから」


「学級代表、この後職員室に来い。学校に許されるギリギリの懲戒を与えてやる」


「ちょっと山口先生嘘です! 嘘ですから!」


「「わははははは!」」


 お調子者の学級代表がペコペコと直角お辞儀を繰り返すのを見て、クラスが笑いに包まれる。


 山口先生は「こっちも嘘だ」と言葉を残し、教室を後にした。


「山口先生、お元気そうでよかったですわ」 


「そうだね。本当に一時はどうなることかと思ったからね」


 逆トイレの花子さんを倒してから、僕らはその流れで山口先生の捜索に入った。


 先輩が電話をかけた時に3階以下に先生がいることは判明していたわけだけど、結局先生は3階の美術準備室で眠っていたのだ。


 準備室に人が入ることはかなり稀だそうで(先輩談)それで金曜に見つからなかったのかもしれない。


 何はともあれ山口先生が見つかって本当に安心した。


 無事に先生も救出できたし、オカルト部は通すべき筋を通せたのではないだろうか。


「では寛さん、部室に行きますわよ」


「うん。今行く」


 教室ではクラスメイトたちが文化祭の準備に取り掛かろうとしていた。


 同じクラスだというのに、手伝えないのは少し申し訳ないな。


 後ろめたさを感じつつ、僕らは教室を後にするのだった。 


 

[部室]


「つーわけで、ウチらの部誌は過去最高傑作になることは約束されてるっしょ!」


「『逆トイレの花子さん』……今思い返しても恐ろしいですわ」


「ねー、ひなもすっごく怖かったよー。」


「怖くてコッペパン1人で食べ尽くしちゃってたしね」


「ぶーぶー、センパイ心が狭いよー。いくらお腹が空いてたからってー。あ、クッキー食べよー」


「そうじゃない。それと僕たちの分もクッキー残しておいてね」


「コホン! とにかく調査は終わった! 後は部誌を作って締切に間に合わせるだけなわけだけど……」


「ちょっと先輩、含みのある言い方やめてくださいよ! まるで僕らが原稿落とすみたいなように聞こえるんですが……!」


「あはは、ジョークじゃんジョーク! 変に疑り深いんだから寛は。7つの不思議を制覇した今のウチらに怖いものなんてない! 二高のシンドバッドとはウチらのことっしょ!」


「東風谷先輩、調子に乗りすぎですわ」


「ほひふひー」


「ごめんごめん。ウチら全員がシンドバッドだからシンドバッズだったね」


「そこじゃないです。それと固有名詞を複数形にしないでください」


「おやおや寛さんや、田中さんが2人いたら普通に複数形になるんだぜ? カーペンターズをお知りでない?」


「ぐっ……下手に難しいこと言って論破された……」


「くわーはっは! ウチは今日から東風谷・シンドバッド・めぐる。そして寛は落河・シンドバッド・寛になる! 諦めて七海の冒険へと繰り出すっしょ!」


「ふざけてないで進めてくださいませ、先輩。このままでは、冒険の前に原稿を落としますわよ」


「……すいません。それはマジでやばいから真面目にやります」


「ひなトイレ行ってくるー」


「自由すぎないか、この部活」


 ひなは相変わらずのマイペースだった。


 ひなが部室から出て行くと、気を取り直して東風谷先輩が続ける。


「確認だけど、ウチらがこれまで七不思議調査をしていたのはあくまで準備段階。ここからが本番っしょ」


「オカルト部は現状『部員』も『実績』も足りていない。生徒会の温情で『実績』を有耶無耶にしてもらうはずだったけど、『部員』の傘増しがバレて結局先生から『実績』と『赤点回避』を課せられたっしょ」


「そういえば勉強合宿はそのような経緯でしたわね。私、忘れかけていましたわ」

 

 部員傘増しの件は東風谷先輩も知らなかったみたいだし仕方ない。


 廃部の危機から始まる漫画やアニメは数多くあるけれど、二高の生徒会は実に協力的で甘々だった。

 

「『実績』とは、七不思議調査そのものではないっしょ。ウチらはこれまでの調査を元に『部誌』を作らないといけない。これが本当の『実績』」


「もし『部誌』が完成しなければ、これまでの努力が全て無駄になる──中間試験も七不思議調査もね。みんな、気合い入れていくっしょ」


「そうですわね。東風谷先輩もたまにはいいことを言うではありませんか」


「そうだね。今日は一段と部長らしいと思う」


「2人ともウチのこと舐めすぎてない……? どう思う?」


 先輩は肩を落とし、ロウちゃん(イマジナリーフレンド)に問いかける。

 

 傷心状態から再起すると、先輩はA4の用紙を配った。


「とにかくやるぞ! 今からやるぞ! 文化祭は金曜開催! 木曜の部活初めに原稿の提出。その後パソコンに入力するぜ!」


「おー」


 *


 それから僕たちの部誌の執筆が始まった。


 *

 

 [部室]

 ⭐︎楽しげな表情の3人


 *


 [部室]

 ⭐︎普通に表情の3人


 *


 [部室]

 ⭐︎辛そうな表情の3人


 *


 [暗転]

 執筆活動は行き詰まり、僕らの戦場は部室の外へと広がっていく……

 

 *

 

[図書室]  

 ある時は図書室──


「ほら見てよ寛、トイレの花子さんの初出は戦後っしょ。実際に流行り出したのは1990年代」


「へぇ……そうだったんですか。漠然と大昔からあるのかと思っていました」


「よく考えてみるっしょ。そもそも学校という施設ができたのって明治とかそこらじゃん。もちろん、寺子屋とかは別でね」


「確かにそうですね。なんか急にしょぼく感じてしまう……」


「逆にいえば、七不思議はすごく良くできたお話ってことっしょ。ウチも人の心を動かす何かを残せるように頑張るぜ」


「伝説を作りましょう」


 *

  

[カフェ]

 ある時はカフェ──


「か、カフェで作業だなんて……! なんだか作家さんのようですわ! 創作意欲が湧いてくる気がしますの」


「西園寺さん結構形から入るタイプだね」


「だまらっしゃい。私の気分次第で原稿を落とすことだってできるんですわよ」


「原稿を人質に脅迫されてる!」


「ふふふっ……今日私のことは西園寺先生とお呼びくださいませ、寛さん」


「はいはい。西園寺先生、原稿やりますよ」


 *


[部室棟・小教室]

 ある時は教室──


「うおー、やる気出てきたー!」


「うわっ、すごい気合い! 急にどうして!?」


「お菓子という煩悩を断ち切ったひなはー、最強なのだー!」

 

「今までそれで集中できてなかったの!?」


「ひな、食べ物が近くにあるとつい食べちゃうからー。たまにお家のお菓子倉庫鍵かけられちゃうー」


「部室の冷蔵庫の有無って本当に死活問題だったんだ」

 

 *


[コンピューター室]

 約3日間の執筆期間を経て、ついに約束の日──締め切りの日がやってきた。


 僕は3人の作業を手伝うという立場で参加していたから原稿の提出というもの自体はない。

 

 ただ、西園寺さんとひなの作業の半分は僕がやったと言っても過言ではない状況だったりするので、何もしていないどころか作業量自体は多い方となっている。


 逆に、東風谷先輩の作業はほとんど手伝っていない。先輩だけそもそも記事の数が3本と多い上、目次表紙などその他全ても先輩が担当することになっているので少し心配だ。

 

 原稿の提出後は入力作業。今日はオカルト部一同、部室を飛び立ちコンピューター室に集まった。


 ……って先輩が死にそうな顔をしている!?


「そ、それじゃあ……原稿の提出をしてもらうっしょ……」


「先輩? 体調でも悪いですか?」


「いやいや、大丈夫だよ。ちょっと寝てないだけで」


「徹夜しましたの?」


「そうなるね……いやぁ……少しでも良い記事を書きたくて粘っちゃってさ」


「すごーい、めぐちゃん先輩頑張り屋ー」


「あはは……ありがと、ひなちゃん」


「気を取り直して、みんな原稿は完成してる?」


「もちろんですわ。最終チェックも既に終わっています」


「ひなもー、チェックはしてないけどー」


「それはよかったっしょ……ウチもほらこれが原稿ね。寛、ちょっと全員分確認しといて」


「分かりました。……って先輩寝ちゃった」


「疲れているようですし、そっとしておいてあげましょう」


「そうだね。それじゃあ、原稿確認するね。2人はパソコンの電源つけて待ってて」


「りょーかーい」

 

 *


「うん。大丈夫そう。誤字脱字とかはパソコンに入力するときに直せば良いから細かくはみてないけど、全員提出できてる」


「よかったですわ」


「そしたら、ここからは入力作業をしていくよ。文章作成ソフトで……先輩どうしましたか」


「……マニュアルあるから……これ見て」


「あ、ありがとうございます。めちゃくちゃ助かります」


「そう言ってもらえると嬉しい限りっしょ……30分後起こして」


 のっそりと起き上がった先輩は、一枚の紙を僕に渡すと再びコンピューター室の床へ倒れ込んだ。


 こんなものもまで作ってくれたのか。本当に至れりつくせりって感じだ。

 

「2人とも文章作成ソフトを開いて。入力作業は各々が書いた原稿を担当してもらうことになるよ」


「おけー」


「それぞれ別のパソコンでファイルを作りUSBメモリに保存、最終的にくっつけることになるから書式に注意してね」


「……?」

 

「一応、全文明朝体でタイトルは80pt、本文は10ptでまずは統一して。全体のバランス見ておかしかったら後から大きさ変えるから、とりあえず一本目の記事が完成したら確認作業を…………」


「って、2人ともどうしたの?」


「か、寛さん……先ほどから何語を喋っていますの」


「全部聞き取れたのにー」


「えっ、ちょっと待って。僕全然難しいことなんて喋ってないよ」


「…………」


「あはー」


「……もしかして2人とも……パソコン使ったことない……?」


「授業で少しやりましたがイマイチ慣れませんでしたわね」

 

「ひなは電源の付け方分かるよー」


「な、なんということだ……タイピングとかは?」


「ひな分かるよー。タイプの進行形でしょー。タイプって何ー?」


「……ブラインドタッチと言ったら分かる?」


「目隠しプレイ……?」


「そんなわけないでしょ!?」


 思わず声を大きくしてしまう。

 

 まずい……まずいぞ……2人とも基本の『き』にすら立てていない超初心者だ。


「もしかしてこの入力作業……」


「僕と先輩だけで作業しないといけないの!?」


  *


 [教室]


 部誌を閉じて軽く伸びをする。


 結局あの後は僕と先輩が入力作業を家に持ち帰ってやる羽目になるのだった。


 普段パソコンを使っていないから、アップデートやら何やらで手間取ったりもして本当に大変だった。

 

 せめて西園寺さんとひなのどちらかパソコン使えたらもう少し寝れたのに。


「……暇だ」


 完成した部誌を読み終わってしまったことで、本格的にやることがなくなってしまった。


 かといって昼寝は流石にできないし……


「あの……」


 不意に背後から声がかけられる。


 振り向くと僕と同じく初回のシフトに割り振られた文芸部の子がいた。


「どうかしましたか?」


「その……見ておきましょうか?」


「見ておくというと……?」


「えっと……刊行物をというか……オカ部の店番を……」


「ああ、そういうことですか」


 口下手だけど伝えたいことはわかった。


 彼女は1人でオカルト部の分の店番もしてくれようとしているのだ。


「良いんですか? すごくありがたいんですけど、大変じゃないですか?」


「いえ……あんまり人も来ませんし……大丈夫です」


「そ、そうですか」


 彼女の提案はすごくありがたいものだ。


 正直、このままだと暇すぎるし、店番を任せられるならそうしたい。


 折角の文化祭だからできれば楽しみたいのだ。


 さて、どうしようか。


◯ひなに会いにいく

 

◯西園寺さんに会いにいく


◯東風谷先輩に会いにいく


◯店番を続ける

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