第16話 前半
[自宅]
冷凍庫を開くと中には冷凍したお米がいくつか入っていた。
「万が一があるし、食べておかないとな」
もちろん、死ぬ気など毛頭ない。だけどそうなってしまう可能性がないとは言い切れない。
冷蔵庫の中はできるだけ空にしておいたほうがいいだろう。
幸い、少し奮発してスーパーでお惣菜をたくさん買ってきた。
「ちょっと買いすぎちゃったかな。最近押さえ気味だったしいっか」
おかずをスーパーで調達するのは中々お金がかかる。
お金に困っているわけではないけど、罪悪感があってついついおかずの量を少なくしがちだった。
「いただきます」
僕1人しかいないリビング。慣れてきたとはいえ孤独だ。
孤独であることが辛いことなのかは分からない。1人は1人でいいこともあるから。
1人だと他人に気を使わなくてもいいから自分の好きなことを好きなだけできる。
まあ、僕の場合趣味と呼べるものが動画鑑賞くらいだから、その『好きなこと』とやらに対する熱意があまりないのだけど。
ご飯を食べながらなんとなくでつけていたテレビに視線を移すと、話題のスイーツについての番組が流れていた。
「へー、今クレープ流行ってるんだ。まあでもタピオカみたいな感じかな」
タピオカは定期的に流行ってすぐに去っていく閏年みたいなやつだ。
僕が小学生の頃からもう2回くらい流行っている。
タピオカの印象が強いだけで、実はクレープもそうなっている可能性はある。
「思い出した。そういえば小学生の時にクレープ一回流行ったっけ。これはもうクレープ=タピオカ説あるかもしれない」
状況が状況なだけに、昔のことを思い出してしまう。
小学校4年……僕が転校する前だ。
確かなけなしのお小遣いを持ってクレープを買いに行ったっけ。
あの時のクレープの味はよく覚えている。
夏の暑い時に食べた苺のクレープ。時期がズレているのか生クリームとの対比によってか、苺がすごく酸っぱかった記憶がある。
「……ん? あれ、何か忘れている気が……」
あれ? 僕は本当にあの時、苺のクレープを食べたのか?
何か変だ。僕はあの時バナナのクレープを買った記憶がある。
「誰かと一緒だった……?」
転校したということもあって、昔白結にいた頃の記憶は結構曖昧だ。
匂いや味など、そういう脳の奥を刺激する記憶は残っているためこういう齟齬があったりする。
初めて会った時の懐かしい椿の香り、買った覚えのないクレープの味……
「もしかすると僕には本当に幼馴染がいたのかもしれないな」
確定ではないけど、その正体はおそらく僕の隣の席の子だ。
お互いに気付いてないけど、実は昔会っててなんて、なんとも運命的じゃないか。ラブコメ漫画でありそう。
まあ、ラブコメだったら向こうは僕のことに気が付いてて無視してるってパターンが多い気もするけど。
真相は闇の中。そしてお惣菜は僕の腹の中。
満腹になった僕は水で口を洗い流す。
「見てたらクレープ食べたくなってきた……コンビニに置いてるかな」
といってもコンビニに置いているクレープはテレビでやっているタイプのものではない。
所謂、ミルクレープと言われるやつが大半だ。
「あっ、文化祭でどこかのクラスがクレープやるかもしれないか!これはラッキー」
食事の片付けを済まして、僕は倉庫にあった塩をカバンに詰めた。
霊に効くか分からないけど、一応持っていこう。
「クレープのためにも、今日を生還しないとだね」
なんとなくで流した番組に生きる理由を与えられてしまった。
人生なんて案外そんなものなのかもしれない。
これまでもこれからも。
*
[夜の通学路]
*
[夜の学校]
すっかり日は落ちて、辺りは真っ暗。
時刻は9時半。
学校の校門は既に施錠されている。
もう先生たちは帰ったようだ。
「よいしょ……っと」
門をよじ登り中に入る。
以前合宿で夜の学校に入ったことはあった。だけどあっちはちゃんと許可を得てのこと。
今回は許可なんてない。完全に不法侵入だ。バレたら後で本当に怒られる。
「まあ後のことなんて考えてられないのかもだけど」
構内に入り、職員室を確認すると明かりはすっかり消えていた。
校門が施錠されているとはいえ、少し不安だったのは事実だ。
僕はほっと胸を撫で下ろすと、忍び足をやめて一直線に特別棟へ向かうのだった。
*
[特別棟]
教室の明かりは消えているけど、非常灯はちらほらと付いている。
そして月の明かりも。星が見えるほどの快晴だった。
月に照らされて、蔦の絡みついた特別棟が不気味にその姿を表した。
「雰囲気あるな……お化け屋敷とかにしたら有名になりそうだ」
廃校の再利用とかで色々な使い道があるけど、この特別棟は完全にお化け屋敷向けだろう。
中にキャストなんて入れなくても十分アトラクションとして成立しそうな気がする。
「って、変な批評してないで中に入らないと」
僕はパシリと頬を叩く。気合いを入れ直していざ不法侵入だ。
実は学校を出る前に窓にいくつか細工をしていたのだ。
特別棟一階の1番右の窓を確認しに行くと……
「あっ、施錠されてない。もしかして先生たち戸締りあんまりしてないのかな……」
学校を出る前に、僕はここの鍵を開けておいた。
ありがたいことに──学校的には残念なことに、先生たちが帰った後だというのにそれは開きっぱなしになっていた。
他にも『窓の鍵のねじを外しておく』『非常口の鍵を開けておく』など細工をしたというのに、1番バレそうな『窓の鍵を開けておく』がバレなかったとは……。
となると他の細工も看破されてなさそうだ。後で戻しておこう。
「では失礼して……」
一階の窓を全開に開けていざ特別棟に忍び込もうかと思ったそのとき
「何をしてる!」
背後から声がぶつけられ、僕の心臓は跳ね上がった。
まずいバレた! 警備員とかいたのかこの学校!?
窓にかけた足をゆっくりとおろして、僕は両手をあげて降参のポーズをとった。
「す、すいません……学校に忘れ物しちゃって……」
急ごしらえの言い訳を言いながら僕は振り向く。
「うっ……」
懐中電灯が顔に照射され目を覆った。暗がりの中だったから余計眩しく感じる。
ゆっくりと視線を明かりの先へとやると……
「って、先輩!? それに2人も……」
☆ひな☆歩夢☆めぐる
そこにいたのはオカルト部の面々だった。
3人はどこか不満げな面持ちで僕をみていた。
「どうしてみんながここに……? 調査は僕だけでやるって話じゃ……」
「寛さんは大バカですわ!」
「わっ!いきなりどうしたの!?」
「どうしてこんな大事なことを……1人で背負い込むんですの!」
「寛さんはおかしいですわ。オカルト部に入部したのだって最近だと言うのに、どうして私たちを差し置いて……命をかけられるんですの!」
「……っ! それは……」
「寛さんはまだ転校したばかりです。居場所だって、まだ簡単に見つけられますわ! それなのに……どうして私たちのためにここまで……」
西園寺さんは声を振るわせながら言った。
「……そんなに難しい話じゃないよ。僕ならそんなに危険じゃないかなと思って……パワー担当で……」
「うそつけー! センパイすっごく弱いのにー!」
「ひ、ひな!? 失礼すぎない!?」
「失礼じゃないもんねー。ひな、センパイが暗いの苦手なの知ってるもんー」
「ぐっ……こやつ……中々やりよる……」
「ふふふー!センパイのざーこ! まぬけー! 二の腕ぷるぷるたんとー!」
「っ!? ま、間抜けは余計だよ間抜けは! 二の腕は事実だけど! 事実陳列罪だ!」
ひなは鼻高に言う。今すぐその『センパイは弱い』ってプラカードを下ろすんだ。というかどうしてそんなの作ったんだ!
「寛、あゆむんたちの言う通りだよ。1人でやるなんて間違ってる」
「先輩まで……」
「そもそもこの部はウチの部なんだ。何代も前の先輩たちが創って今ではそれをウチが引き継いでる」
「これは道理の問題──確かに寛の言う通りだよ。先生が1人行方不明になっている。それなのに部長が責任を取らないなんてそれこそ道理に反するじゃん」
「たまにはウチに部長っぽいことさせて欲しいっしょ」
東風谷先輩は握り拳を僕に向けて言った。覚悟は決まっているようだ。
いや、先輩だけじゃない。
ひなも西園寺さんも、気合い十分だった。
ここまでされては、僕1人で臨む理由がなくなってしまった。
「仕方ないですね……」
僕はため息をつきながら肩を下ろす。
3人はハイタッチして表情を明るくした。
「よしっ! これで決まりっしょ! ウチらオカルト部、全員で幽霊退治に向かうよ!」
「おー!」
「私、この4人なら倒せる気がしてきましたわ」
「ひなもー! 放課後ゲームでチームワークもいいしー」
「あの怠惰な時間はこのための布石……!?」
「ふふふっ……寛もやっと気づいたようだね。オカルト部はただぐーたら日々を過ごしていたわけじゃないんだよ」
「あれは活動が他にないからですわよね」
「あゆむん本当のこと言わないでー!」
「ともあれ、1人より4人の方が安全ですわよね。喧嘩は人数が多い方が有利ですもの」
「発想がヤンキーだ。ヤンキーお嬢様だ」
「ぶっ飛ばしますわよ」
「でも、あゆむん先輩の言う通りだよー。4人の方が絶対有利だよー」
「例えば……?」
「いっぱい荷物持てるー」
「いよいよRPGみたいになってきたね」
しかしながら、ひなの言っていることは正しい。
相手が未知の存在である以上、何が効くかは分からない。
荷物をたくさん持てるというのは、選択肢を多く持てることに他ならないのだ。
*
「それで、ひなたちは何を持ってきた? 僕は塩を持ってきたよ」
「おっ、寛。おそろじゃん。ウチも塩持って来たよ。やっぱり幽霊といえば塩だよね」
東風谷先輩はカバンから塩の袋を取り出した。
「やっぱりそうなんですね。そういえばどうして霊には塩なんでしょう?」
「それは昔から日本では塩で身を清める風習があったからだよ。それが転じて霊に効くなんてことになってるっしょ」
「ああ、確かにそういう風習ありますね。相撲とか」
「そうそう。土俵入りする前に塩撒くあれね! 土俵は神聖な場所ってことになってるらしいし」
「ちなみに土俵に女性は土俵に入れなかったりするんだぜ。これは古くから女性を不浄のものと捉える風習があるとかなんとかで」
「ああ、僕も聞いたことあります。もしかして女性の霊が多いのってそれ関係あるんですかね」
「うーんどうだろう。霊は一般にこの世の未練によって生まれているとされることが多いじゃん?だから」
「ちょっと何雑談していますの。次行きますわよ次」
「ありゃりゃ、あゆむんに怒られちゃったっしょ」
東風谷先輩はペロリと舌を出して言う。
何はともあれ僕と先輩は塩を持参。2人合わせて2袋も塩があるから安心感がすごいことになっていた。
西園寺さんは呆れた顔でスクールバッグを開く。
「次は私ですわ。私は十字架を持ってきましたわ」
「おお、なんか悪魔とか払えそうだね」
「いやいや、幽霊と悪魔は違うっしょ」
「そうなのですの? 大体一緒のように思えるのですが」
「ひなも行ける気がするー」
「でも悪魔はそもそも人間じゃないじゃん?幽霊は元人間だし」
「確かに……では仕方ありませんわね。ではこちらはどうでしょう」
「これは……?」
「銀製のネックレスですわ。銀の弾丸が効果的と聞いたものですから」
「あゆむんもしかして吸血鬼の倒し方調べてきてない……?」
「あっ……く、腐ってもネックレスですから、最悪の場合これで幽霊の首を閉められますわよ!」
「なんか急に犯罪臭が!」
「あはー、あゆむんセンパイ攻撃力高いー」
「まあでも、もしかしたら効くかもしれないからね。相手が銀が苦手な幽霊かもしれないし」
「そ、そうですわよね!? 幽霊が吸血鬼の性質を持った幽霊の可能性も考慮してのことですわ」
「滅茶苦茶良いように解釈してるっしょ……!」
何はともあれ選択肢は多いことに越したことはない。
効くかはさておき持ってくること自体に意味があると思う。
そう。持ってくること自体に意味があるのだ。
僕は先ほどから気になっていた、西園寺さんの腰に掛けられた長い何かを指差す。
「それで西園寺さん。その腰のものは……」
「ええ、日本刀ですわ。やはり素手より武器の方が強いと思いましたので」
「やっぱり!?」
西園寺さんは清々しい顔をしながら言う。
「この木刀は我が家の居間に飾られていたものですわ。何か厳かな雰囲気がありましたのでもしかしたら霊にも効くかもしれません」
「効くかもしれないけど危なすぎるよ!?」
「危険物発見!ひなちゃん、確保ー!」
「かくほー」
「な、何をしますの!?」
西園寺さんの日本刀は良識的なオカルト部員に回収された。
警察に見つかれば1発アウトな代物を奪われ、西園寺さんは頬を膨らませた。
「せっかく持って来ましたのに。ここまでの苦労を返して欲しいですわ。重かったんですからね」
「そんなの持っていたらこっちの気苦労がすごいことになっちゃうから!」
「む、失敬な。西園寺家の秘宝を愚弄するというのですか?」
「お、やるね。そんなつもりはないよ。ただ強すぎる武器を手にしたらその力に翻弄されちゃうかもしれない」
「寛さんこそ。確かにそうかもしれません。私たちの努力が徒労に終わってしまうのは嫌ですわ」
「途中からラップバトルみたいになってるっしょ! ぴぴー! 終了終了!」
「あら東風谷先輩、『ろう』の言い合いなのですから、『ロウちゃん』を登場させるタイミングだったのではなくて?」
「そうですよ先輩。僕たちそのためにこの会話していたようなものですから」
「そうだったの!? じゃ、じゃあウチも便乗して……」
「そんなわけありませんわ」
「ぴぴー!!!! 終了終了終了ー!!!!!」
「なんかういろう食べたくなってきたかもー」
先輩のエアホイッスルによって会話は一次中断。
ラップバトルはさておき、西園寺さんは十字架と銀のネックレス、そして日本刀を持ってきたようだった。
そして最後はあまり期待できないのだけど……
「ひなのアイテムを発表するのじゃー」
「……ちなみにひなは何を持ってきたの?」
「ふふふー、とっておきのを持って来たからねー。驚いちゃダメだよー」
「なんか嫌な予感がするっしょ」
「むー、そんなこというならー、めぐちゃん先輩にはあげないからねー」
文脈で予想が立ってしまう!やっぱりじゃないか!
ひなはスクールバッグを開く。すると中からは予想通りのものが飛び出してきた。
「じゃじゃーん! コッペパンー! いろんな味があるよー」
「こっちはコーヒー味でー、こっちはマーガリン。いちごジャムもあるよー。センパイはどれ食べたいー?」
「ええっと……じゃあいちごジャムで」
「わかったー。でも今はダメだよー。お腹が空いたら食べるのだー」
幸せそうにひなは言う。
こんなに顔をされてはツッコむ気持ちも薄れてしまうもの。
機器的状況でも、ひなは相変わらずひなだった。
僕らは苦笑いを浮かべることしかできなかった。
と言うわけで、これにて僕らのアイテムが出揃った。
吸血鬼に効きそうな十字架と銀、そして人間に効きそうな日本刀、最後に幽霊に効きそうな塩──これが僕らの幽霊攻略のアイテムとなる。
「よし、みんな準備はいい?」
「大丈夫です」
「問題ありませんわ」
「おー!」
「それじゃあ始めるっしょ。オカルト部、第3回七不思議調査を──」
東風谷先輩が先陣を切る。
彼女に続き、夜の特別棟に足を踏み入れるのであった。
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