第14話 後半
[特別棟]
第二回七不思議調査を終えた僕たちは、待ち合わせ場所である特別棟一階にある玄関に集まった。
外は蔦が絡みついて歴史を感じる特別棟なわけだけど、当然内装も古めかしいものとなっている。
いかにも何かが出てきそうなカビ臭い玄関で先輩はいつものようにテンションアゲアゲで始める。
「みんなおつ〜! ちゃんと指示どうりできた?」
「お疲れ様ですわ。ええ。ちゃんとボイスレコーダーは音楽室に設置しましたわ」
「ひなもカメラやったー」
「よーし完璧っしょ! 回収は明日のお昼にウチがやっておくからみんなはもうやることないからね」
「わーい。流石めぐちゃん先輩ー、人格者ー」
「こらこらひなちゃん、そんなにほめても何も出ないっしょ。出るとしたら幽霊とか……」
「な、なんてこと言っているんですの! バカ! このおバカ!」
「あほー、めぐちゃん先輩のあほー」
「2人とも勝手に帰らないで! ごめんってちょっと揶揄っただけだから。お化けなんて出るわけないっしょ」
先輩は機嫌が良さそうに笑った。
いつにも増して今日の先輩はテンションが高い。
理由は大体予測がついた。何故なら今日で……
「とにかくこれにて七不思議調査は完全終了だぜ! ということで……!」
「後は部誌を書くだけっしょ! 文化祭まで土日も挟むし余裕で書き上がるね!」
「そういえば部誌のことを忘れていましたわ。ふう……これでもう夜の学校を探索することはないのですわね」
「ひな部誌書きたくないー」
「部誌はそんなに怖くないよ。ちょっと面倒なだけ」
「それならちょっとならいいかもー」
「こら、ちゃんとやらなきゃだよ。ひながサボったら他の人がたくさん書かないといけなくなるんだから」
「むー、センパイくんがそこまでいうなら仕方ないなー。センパイも手伝ってねー」
「もちろんだよ。というか、僕は調査で3人の内の誰かにくっ付いて行ったわけだから、部誌もみんなの手伝いをするって感じになりそうだね」
「そうですわね。寛さん、私の分も手伝ってくださいね」
「うん。西園寺さんとはクラスも一緒だし、普通に休み時間とか一緒に作業しよう」
「ふふっ……ありがとうございますわ」
「ウチ、ウチは?」
「先輩は1人で書けませんか……? 僕の力が必要そうには思えないのですが……」
「うわーん、寛の態度が冷たすぎます!」
「なんで敬語……?」
先輩は眉を八の字にしながら涙を浮かべた。
「ウチへの扱いはさておき、本当にもう帰ろっか。何か出てきても良くないし」
「わ、私もう騙されませんわ。お化けなどいないのでしょう!」
「ふふーん、ひなももう慣れちゃったもんねー。めぐちゃん先輩敗れたりー」
「なんかいつの間にかウチら勝負してた!?」
東風谷先輩はおどけつつ、僕に目配せする。
ひなたちは気づいていないが、この特別棟に不審者が寝泊まりしている可能性があると僕と先輩は考えている。
用心するに越したことはないのだ。
悟られないように平静を装い僕らは先行して歩き出す。
「そういえば先輩、七不思議調査なのに6つしか調べてないんですけどこれ大丈夫なんですか?」
「私も思いましたわ。最後の一つは東風谷先輩が1人で調査してくださるのですわよね」
「ひなもそうだと思ってたー」
「あーそれね。くくく……実は最後の一つはすでに調査が終わっているのだよワトソンくん」
先輩は鼻を高くしながら言葉を続ける。
「七不思議最後の一つ、それは……『誰も七不思議の最後の一つを知らない』なんだよ!」
「は、はぁ……」
「手抜きですわね」
「ひなは分かるよー。めぐちゃん先輩もひなみたいにサボりたいお年頃なんだよねー」
「違うっしょ! 本当なんだって! これ結構有名な七不思議なんだけど!?」
先輩はわざとらしく騒ぎ立てる。
そんな彼女を見て僕らはクスリと笑った。
先輩のおかげでひなたちの雰囲気が良くなった。
こんな不気味な特別棟でももう恐怖のきの字も感じていなさそうだ。
流石先輩。ただのおちゃらけギャルというわけではないインテリギャルなのだ。
しかし、僕らの打ち上げムードは長くは続かなかった。
<バタンとなる音>
突然、廊下の奥で何か物音がした。
僕らの足が止まる。そしてそれと対比するように心臓の鼓動が速くなった。
「な、なんの音ですの……?」
「ひ、ひなのお腹の音かもー」
「いやそんな音じゃなかったっしょ」
先輩はポケットから防犯ブザーを取り出して僕に渡す。
流石先輩だ。準備ができている。
僕は音のした方向へ目を凝らす。
暗闇でよく見えない。だけど段々と、段々と白い輪郭が近づいてきている。それがわかった。
『…………う……う…………あ……』
詰まった様なうめき声。声の主は女性のものであることはかろうじてわかった。
僕はぎゅっと先輩から受け取った防犯ブザーを握りしめた。
『……あ……あ…………と…………あ……き…………』
女性の声は徐々に大きく、鮮明になっていく。
そしてついに、声の主が正体を表した。
『あああああああああああああああ!!!!!』
声の主は真っ白の布切れを羽織った長い黒髪の女性だった。
いくら信じていない僕といえど、これはわかってしまう。
これは本物の……!?
「ふ、不審者じゃない!?」
「わああああああああ!!!! やだああああー!!!!!」
「まずいですわまずいですわまずいですわ!」
「ほら逃げるよ! 寛も!」
「は、はい!」
どういうことだ!お化けなんているわけない!何かの見間違いだと思いたい!
僕の中でぐるぐると思考が回る。だけどそれら全てが目の前のお化け然とした何者かによって否定される。
僕は、僕たちは本物の心霊現象に出くわしてしまったのだ。
僕らは脇目もふらず全力で走った。
幸い、玄関から外へ出るのには時間がかからない。
明らかに人知を超えた力を持っていそうな幽霊といえどスーパー短距離走では敵わなかったらしい。
「はぁ……はぁ……はぁ…………」
「なんとか……はぁ……巻いたっしょ……」
「むりー……もう走れないー」
「た、助かりましたわ……」
乱れた呼吸を整えながら、僕は玄関の方へ振り返る。
幽霊は特別棟の外には出ていない様だ。
「ちょっと寛、どこ行くの!」
「確認です。本当についてきていないのか」
「センパイやめとこうよー、ひなやめた方がいいと思うよー」
「そ、そうですわ。寛さん今日はもう帰りましょう。関わってはいけない気がします!」
3人の言葉を無視し、僕は歩き出す。
確かに西園寺さんのいう通りだ。
こんな馬鹿げた現象に関わるのはよくない。
だけど、どうしても僕は確かめないといけない。
僕はあの声に……どこか懐かしさを感じてしまっていたのだから。
忍足で近付き、僕は恐る恐る特別棟の中を覗いた。
しかし、そこには何もいない。中は荒れた様子もなく、例の幽霊の痕跡と思われるものは何一つなかった。
「ふぅ……何もいません! 全く問題なしです!」
「2人はここで待ってて」
東風谷先輩も同じく確認する。
やはり何も見つからず、彼女はほっと胸を撫で下ろした。
「本当に何もないみたい」
「そ、そんな……では先ほどのは……」
「もしかして見間違い……?」
「そんなこと……ありえますの……?」
「むー、ひなわかんないー」
「とりあえず今日は帰ろう。何があるか分からないから、ここにいるのはあまりよくない気がする」
「ウチも寛の意見に賛成っしょ。ウチは施錠して鍵を職員室に返してくる。先生にも一応報告しておかないと」
「付き添います」
「ひなもー」
「私も一緒ですわ」
特別棟の鍵を閉めると、僕らは手を繋ぎ職員室へと向かった。
なんということだ。オカルト現象なんて絶対にありえないと思っていたのに……
こうして第二回七不思議調査は僕らの心になんともいえないしこりを残したまま幕を閉じるのだった。
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