第14話 めぐるルート
◯東風谷先輩についていく
「先輩と一緒に行きます」
「ありがとナス!」
「ナス……?」
「それじゃあ分担も決まったところで、調査に入るっしょ」
「みんなくれぐれも気をつけてね。オカルト現象はウチらのすぐそばに……」
「ど、どうしてそんな怖がらせるようなことを言うのですの!」
「めぐちゃん先輩のあほー」
「今くらいオカルト要素を盛り込んだっていいじゃん! とはいえ変なことがあったらすぐに大声出して逃げるんだよ」
「なんでー?」
「ウチも見たいからに決まってるっしょ!」
「酷い理由ですわ……」
「とにかく、行くよ! しゅっぱーつ!」
「おー」
*
[美術室]
調査に入り、僕と先輩は美術室にやってきた。どうやら二高の美術室は3階にあるらしい。
扉を開けるとツンとするような絵の具のにおいが鼻をつく。
このにおいを嗅ぐとまさに美術室に来たって感じがする。いや本当に美術室なんだけど。
「美術室って独特の匂いするよねー。寛はこれ好き?」
「え、これ好きな人いるんですか?」
「えっ、好きなのウチだけ!?」
「いやいや、これは普通にいい匂いっしょ! なんか落ち着く感じがするじゃん」
「そうですか……? 僕は普通に苦手ですね」
「あー、ウチ中学では美術部だったからそのせいかもしんないね」
「先輩美術部だったんですか」
「うん。言ってなかったっけ」
先輩はとぼけた顔でそう言う。初めて聞く情報だった。
「初めて聞きましたよ。でも先輩藁人形自作してたりして今思えば美術部っぽさはありますね」
「でしょ? 今日も持ってきてるよ、ロウちゃん」
先輩はカバンから一体の藁人形を取り出した。
オカルト部で唯一オカルトっぽい活動している先輩の唯一の成果物。
僕たちは現在廃部を逃れるために学校の七不思議をまとめた部誌を作ろうとしている訳だけど、もしそれが完成しなかったら僕らはこのロウちゃんを生徒会に提出しないといけなくなるかもしれない。
「でもあれですね」
「ん?」
「先輩が美術部ってあんまり似合わないなー、と思いまして」
「そう? いーや確かにそうか。ウチ、ファッションとか派手だもんね」
「完全に偏見なんですけど、美術部ってかなり物静かなイメージがあります」
「そう? ウチの中学のときの美術部は普通にテンション高い子たちが集まってた記憶あるっしょ」
「ほう、そういう美術部もあるんですね」
雑談をしながら、美術室の中を探索していると、目当ての代物を発見する。
モナ・リザ──レオナルド・ダ・ヴィンチが描いたという女性の肖像画だ。
年季の入った、リアリティのある、どこか怪しさのある女性、よく知らないが書かれているこの女性の名前がモナリザなんだろう。
僕が通っていた中学にはモナリザはなかったから見るのは実に5年ぶりくらいになるだろうか。
正直僕は絵を描く人ではないからモナリザの何がすごいのかとかがわからない。
七不思議通り、本当に目が動くとかだったら目に見えてすごいのだけど。
「ところで先輩」
「なんだい後輩」
「モナリザってすごいすごい言われてますけど、具体的に何がすごいんでしょうか?」
「ああ、それね。ウチもよく分かんない」
「マジですか」
「あはは、半分冗談だよ」
「一応ウチも美術部だったから、部活で先生からモナリザの凄さの説明とかされたんだよね。だけど、理解できる部分と理解できない部分があるから『よく分かんない』って言ったっしょ」
「そういうことでしたか。では分かる部分だけでいいので教えてくれませんか」
「好奇心旺盛だね、寛。学校の勉強だけで飽き足らず、美術の知識まで手を出すなんて」
「変な褒め方しないでください。それにほら、部誌にまとめるときにそういう情報があるといいじゃないですか」
「それもそうだね。教えてもいいけど教えちゃうと今回の調査終わっちゃうから、一旦調査するっしょ」
先輩はそういうと、ファイルから紙を取り出し美術室の机の上に置く。
美術室の中は暗いので先輩はスマホで明かりをつけた。
「『美術室のモナリザ』、調査方法はこれね」
「右から左に移動しながらモナリザを動画で撮影……これだけですか。簡単ですね」
「そうでしょ。今回にすぐ終われるように設定したからね」
「それじゃあ早速やろっかー。寛、ビデオカメラ持って」
東風谷先輩からカメラを受け取る。
設定はすでに済んでいる様だった。ボタンを押せば録画開始だ。
「こっちは準備完了です」
「うーし、3、2、1……キュー!」
先輩の掛け声と共に、僕はビデオカメラを構えてゆっくりと、それはもう牛の様に歩き出す。
国会の投票の際にわざとゆっくり歩いて遅延することを牛歩戦術というけど、まさにそのように、だ。
って何を言っているんだ僕は。先輩が「うーし」なんて変な掛け声をするからだ。
ちなみに、牛は「モー」だが、ハクビシンの鳴き声は「キュー」というらしい。
僕が白結にいた小学生の頃、お婆ちゃんに教えてもらった記憶がある。
そんな雑学を脳内で流している間に、撮影は無事に終了した。
「お疲れ〜。ビデオの確認しよっか」
「そうですね。先輩お願いします」
駆け寄る先輩にカメラを渡した。
「それで寛、撮影しながらモナリザの視線は確認した? 結構面白かったっしょ?」
「あっ、確認してませんでした。牛歩戦術とハクビシンのこと考えてて」
「なんで!?」
「……先輩のせいですよ」
「尚更わからないんだけど!?」
「ま、まあいいか。動画でもわかると思うから、そっちで確認してみてよ」
そういって東風谷先輩がビデオカメラの画面を見せてきた。
先ほど僕が撮影した動画が写っている。本当にモナリザの視線が動いたりするのだろうか。
僕と東風谷先輩は肩を並べて動画を視聴。
ゆっくりと撮影する角度が変わっていき……確かに動画の中のモナリザの視線がこちらを向いた。向いたような気がしたのだ。
「……ん? 先輩もう一度いいですか。倍速で」
「オッケー」
見間違えかもしれないので今度は倍速で再生してもらうことに。
倍速再生だとさらにその奇妙な現象が際立って確認できた。
「…………えっ、先輩これ本当に目が動いてませんか!? 七不思議起きちゃってますよこれ!」
「やったぜ! ついに成果が出たじゃん〜! いえーい」
「…………」
「うえーい!」
「う、うえーい」
なんかチャラい集団みたいなハイタッチを求められ、泣く泣くそれを返す。
「ま、冗談はさておき。これすごいっしょ。目の錯覚らしいよ」
「え、これ不思議現象じゃないんですか!?」
「もちろんじゃん。モナリザってどの角度から見ても見られている様に感じるって有名なんだよ。モナリザ効果って名前までついてるし」
「えええ!? そうだったんですか!?」
どうやら僕が怪奇現象だったそれはかなり有名な現象だったらしい。
オカルトの類を信じていなかった僕が少し信じかけたところだったのに、1番オカルトを信じていなければなさそうな部長に否定されてしまった。
オカルト部唯一の良心であり最後の砦──東風谷先輩が崩されてしまってはやはりオカルト部はお菓子・ボードゲーム同好会に改名するしかないのではなかろうか。
「それでこのモナリザ効果だけど、色々な理由が重なりあって起きてるって言われてるらしいよ」
「へー、そうなんですか」
「例えば、モナリザの顔の向きと目の向きを注意深く見てみて」
先輩に言われた通り、描かれた女性の顔を観察する。
「顔は左を向いてて、目は右を向いてますね。なるほど、そういうことですか」
「そういうこと。もっというと、目はただの右……というより右斜め上を見ているって言われてるんだよ」
「確かに言われてみれば右斜め上かもしれませんね」
つまり、モナリザと目が合ってしまうというのは……
「ご察しの通り、右からみればもちろん目が合う、左からみれば顔が向いているから目が合っている様に思える」
「中央から見た場合は顔と瞳のバランスで目が合っている様に思える……そういう仕組みだね」
「言われてみれば簡単な錯覚だったんですね」
「そうそう、だから『美術室のモナリザ』の謎はこれにて解明完了ってわけさ」
「ちょっと、七不思議を解こうとしないでくださいよ。オカルト部なんですから」
「いいじゃないか後輩くんや、オカルトなんてみんな大体こんな感じなんだし」
「そんな身も蓋もない……」
とはいえ、先輩の言う通りこれにて本日の七不思議調査は無事に完了してしまった。
あまりにもあっけなさすぎる幕引きだ。調査を始めてまだ5分も経っていない。
しかし、僕らの調査活動は次なるステージへと突入することになる。
先輩はどこか楽しそうに、悪いことを思いついたかのように笑みを浮かべた。
「それよりさ、寛」
「なんですか?」
「仕組みはわかったところで、このモナリザ効果を回避する方法があるんだけど、寛は気づくかな?」
「ちょっと! 謎の解明だけでは飽き足らず……なんて罰当たりなことしようとしてるんですか」
「いいじゃん! ほら、モナリザ効果を回避した上で、それでも目が合ったらそれは本当にオカルト現象になるかもだし」
「ぐぬぬ……その通りで言い返せない……」
「それでほら、回避方法を考えるっしょ」
先輩はウイウイと言いながら僕を小突く。
仕方ない……考えるとするか。
まず、モナリザと目があってしまう仕組みは見る方向を変えても『顔の向き』か『視線の向き』のどちらかが一致してしまうというのが根底にあると先輩は言っていた。
そして、モナリザの目は正確には『右』ではなく『右斜め上』だと。これらを総合して考えればおおよその予想はついた。
「予想ですが『下からモナリザを見る』これが回避方法になるんじゃないかと思います」
「流石寛! その通りっしょ!」
「よかった……正解でしたか」
「じゃあ早速やってみよっか」
そして、先輩は僕の背中を押す。
冷静に考えてみれば夜の学校で大きな女性の絵画を注意深く見るというのはオカルト抜きにしても中々怖い行為のような気もする。
だけど如何に有名な効果を打ち破るかという遊び心が加わることによって、僕の恐怖はどこかへ飛んでいってしまった。
モナリザを前に僕は膝をつき、見上げるようにしてそれを見る。……予想通りだ。
「やっぱり視線が合ってないように感じますね」
「でしょ! あと、そのまま左右に動いてみて!」
「左右ですね」
僕は言われた通りモナリザを見上げながら左右に動く。すると僕の予想を超える結果が得られた。
「あっ、これ左下から見た時の方がそっぽ向いている様に見えますね」
「だよね! ウチも詳しくはわからないけど、多分ウチらが『相手がこちらを見ている』と認識する要因としては、顔の向きより瞳の向きの方が優位なんだと思うっしょ」
「よいしょっと。うーん……そうかもしれませんね。水平方向から左右に動いた時、右から見た方が、よりこっちを見ている気がします」
立ち上がって動画を撮ったのと同じ角度で再びモナリザを眺めてみると、若干だけど視線の向きから見た時の方が、視線が合っている様に感じた。これは面白い発見だ。
「なんだかこう……実験してみると楽しいですね。これ知ってたら小学校の時とか自由研究で発表してたかもしれません」
「だよね! ま、その情熱は今度の部誌に向けてもらうとするっしょ」
東風谷先輩はそう言って楽しそうにニシシと笑った。
かく言う僕もちょっと部誌を書くのが楽しみになっていた。
「そうだ。せっかくだからもう一個いいことを教えてあげるっしょ」
「ん、なんですか」
「ふふふっ……モナリザ効果を打ち破るもう一つの方法さ」
「徹底的にやりますね。いいでしょう付き合います」
「キタコレ! じゃあ寛、普通に正面からモナリザ見てて」
「そしてウチが……モナリザの横に立つ! そして〜ピース!」
「いきなりどうしたんですか……ってこれはもしや!?」
僕の視界にはモナリザ、そして右側に立つVサインをする先輩が映っている。
そしてこの構図だと……どうにもモナリザの視線は東風谷先輩に注がれている様に思えてしまった。
「ニシシ……見られている様に感じるのが錯覚なら、その視線に別の意味付けをしちゃえばいいって寸法っしょ!」
「なんという力技……でももうモナリザが視界にチラつく変な先輩のことを気にしている様にしか見えなくなってしまいました」
「変なことは余計じゃ。とはいえ、確かに変顔とかした方がより効果的だとは思うね。モナリザがウチを見ているという文脈が強まるし。変顔しよっか?」
「それは大丈夫です」
「ぶーぶー! なんだよ〜寛はウチの変顔が見れないって言うのかよ〜!」
「ウザい上司みたいなこと言わないでください」
「そうだ、折角ですからこれも写真とっておきませんか? 結構受けると思いますよ」
「うん、そだね! んじゃよろしく〜」
[イベントスチル]
「撮れました。オカルト感一切なくていい感じですね」
「いやいや、見方によっては心霊スポットに来た命知らずな学生にも見えなくないかもよ?」
「それもまた1つの意味付けですね。その場合、しっかりオカルトになってしまいますが」
「あーね。ホラー映画とかの導入でよくあるもんね。心霊スポット来ました〜うえーい!って感じで始まるやつ」
「ですです」
写真を先輩が確認する。
バッチリだったようだ。先輩はOKマークを出した。
少し追加の活動が入ったが、これにて本当に『美術室のモナリザ』は終了した。
オカルトとは別に興味深い内容も多くて部誌にするのが少し楽しみだった。
そんな僕の内心を見透かしてか、先輩がニヤニヤしながら言う。
「寛ってこういう活動結構好きっしょ」
「まあ……好きか嫌いかでいえば好きですね」
「それはよかった。ウチもこういうの好き」
「ま、あんまりウチのキャラには合わないけどさ。こういう自由研究みたいなやつって」
「確かにそうかもしれませんね」
「そういえば先輩、中学の頃は美術部だと言っていましたし、見た目と中身のギャップがありますね」
「あはは、そうだよね。でもウチ、こう見えて中身は案外根暗で陰気な女なんだぜ?」
そんなまさか……と言おうと思ったが、瞬間僕はその口を噤む。
東風谷先輩の表情はツッコミ待ちではないことは明らかだった。
東風谷先輩は眉をひそめどこか困った様子で窓の外を眺めた。
「本当なんですか?」
「本当も本当よ。マジってルビを振ってもいいね」
「友達と遊んでる時も内心ちょっと1人になりたいとか考えちゃってるし、休みの日は家でずっとコメントの流れる動画見たり絵描いたりしてるし」
「そ、そうだったんですか」
そんなバカな。休みの日に動画ずっと見てるって……僕みたいじゃないか。
姿と普段の言動からはおおよそ想像できない先輩の休日の過ごし方に、僕は驚きを隠せなかった。
「ウチってほら、学校では結構人気じゃん? 部長だし学級委員長だし、友達だってたくさんいるし」
「そうですね。先輩下校する時とかいつも友達取っ替え引っ替えしてますし」
「そんな二股女みたいな言い方しないで欲しいんだけど!」
「二股どころじゃないです。10股くらいしてます」
「寛が厳しい……」
涙目になりながら先輩は項垂れた。
「とにかくっしょ。ウチはどう考えても陽の中の陽。二高におけるキングオブ陽キャなわけ」
「でも、蓋を開けてみれば根暗で陰気な女の子がそこにはいる」
「……だからさ、よく分からないんだよね」
「……何がですか?」
「ウチってなんでこんな人気者なんだろうって。ほら、実際は人前に出てワイワイするタイプじゃないのに、こんなにたくさんの友達に囲まれてるなんて、ちょっと違和感あるじゃん?」
指先で髪の毛を遊ばせながら先輩はポツリと呟く。
一般論として、クラスをまとめる人気者みたいな立ち位置にいる人物というのは、性格が明るく活動的であるものだと思う。
クラスや学年、学校には『生徒会長』『学級委員長』のようなリーダーとなる人間がいる。
これら投票で選ばれた生徒たちのリーダーだ。ではこれらのリーダーが常にクラスの中心にいるかと言われれば、答えは否。
クラスの中心にいる人物というのは投票によっては決まらない。立候補などなしに、暗黙の内に、中心人物というのはぼんやりと浮かび上がってくる。
スクールカーストという言葉を使うのが1番簡単かもしれない。
カーストトップに君臨する人気者、東風谷めぐるという少女はまさにそれだ。誰かに投票されたわけではないが、暗黙の内に先輩は生徒たちに選ばれ、生徒たちの中心にいるのだ。
しかし、彼女の自己評価が正しいとすれば、先輩は本来であればそのスクールカーストのトップにいるようなタイプではないのだろう。
「違和感あるといえばそうかもしれませんね」
「でしょ? 実は最近ウチの中ではこれが一番の七不思議なんだよね〜」
「新たな七不思議の誕生!?」
「名付けるなら……そう『人気者の東風谷先輩』」
「先輩……ネーミングセンスはイマイチですね」
「かちーん! 怒らせちゃったねぇ!ウチのこと本気で怒らせちゃったねぇ!」
「ちょっと! そんなに怒らないでくださいよ! ネーミングがアレだったのは本当じゃないですか!」
「事実でも言っていいことと悪いことがあるっしょ!」
先輩は目をくの字にしてぽかぽかと僕の胸を叩く。本気じゃないので全然痛くなかった。
「しかし、先輩。先輩のいう『人気者の東風谷先輩』はそんなに不思議なことではないですよ」
「ん? どうして?」
「先輩の本当の性格がなんであれ、先輩は外では今みたいに明るく元気に振る舞っているわけじゃないですか」
「なら、本当の内面を知る人なんておらず『明るく元気な東風谷めぐる』のみが他者からのイメージになります」
「ですから何も不思議なことなんてないんですよ。先輩は最高の外面を振る舞い人気者になった。なんてことない普通の話です」
「ま、まあそうか……ボロは出てるかもしれないけど」
「ちなみに、東風谷先輩クラスになれば多少のボロが出ても問題ない様に思いますよ」
「え、なんで?」
「モナリザとツーショットした写真と同じですよ。例の写真、僕にはもうモナリザが先輩のことを見ているようにしか見えないんです。どの角度から見てもそうです」
「何故ならあの写真はもう『そういうものだ』って認識しちゃっているからです。先輩の友達たちも、きっと先輩に対して同じような感情を抱いていると思いますよ」
「ど、どういうこと……?」
「例えば、僕が突然ここで裸踊りし始めたら先輩はどう思いますか?」
「普通に悪霊に取り憑かれたかって思うっしょ」
「それは僕が普段裸踊りをするようなキャラじゃないという前提があるから出てくる感想ですよね。もし僕がお調子者キャラだったらまたバカなことしてとかの感想を抱くはずです」
「あー、そういうことね」
「ですから、多少根暗な部分が出たとしても『今日は東風谷さん体調悪いのかな』とか好意的なイメージを勝手に捏造してくれますよ」
「……確かにそうかもしれないっしょ」
東風谷先輩はそういうと落ち着いた様子で微笑んだ。
「ありがとう寛。ウチ、ちょっと元気でたよ」
「それは良かったです」
話は一見落着。
普段おちゃらけている先輩だけど、意外な悩みを抱えている様だった。
人は見かけによらないというけど、まさか身近にこんなに見かけによらない人がいるとは。
時刻を確認すると19時15分。そろそろ待ち合わせ時間だ。
「先輩そろそろ戻りましょうか」
「だね。ひなちゃんたち先に戻ってるかもだし」
片付けを済まして、僕らは足早に美術室を後にする。
静まり返った廊下をカツカツと歩きながら、僕は口を開く。
「ところで先輩、どうして僕にこんなこと話してくれたんですか? 西園寺さんとかの方がこの手の相談事とか強そうじゃないですか」
「あーそれね。理由は2つかな」
「1つは寛が頭いいから。ほら、自分より頭悪い人に相談しても慰められて終わっちゃいそうだし」
「すごい偏見だ……」
「もう1つは寛が転校生だからかなー」
「なるほど、確かに相談するならちょっと外部感ある人の方がいいですよね」
「そうじゃないよ」
「実はウチ、高校以前の記憶が曖昧なんだよね」
こちらを見ずに先輩は言った。
「ウチは中学で美術部だったって言ったじゃん? それは本当なんだよ。確かに本当なんだ」
「でも、ウチがそこにいた記憶が──ウチ自身の記憶がないんだよね」
「なんだか物事を俯瞰して見ているというか、美術部の様子は思い出せるんだよ?だけど、ウチが美術部のみんなと何かしたとかそういう記憶が……ない」
「そんなこと……」
いいかけて僕は口を噤む。
僕自身、小さい頃の記憶が抜けているところがある。
西園寺さんに初めて会った時に感じた懐かしい椿の匂い。
もしかすると僕は小さい頃に西園寺さんと会っているのはないかと疑ったこともあった。
だけど小さい頃の記憶が思い出そうにも全く思い出せないのだ。
東風谷先輩は再びアンニュイな表情を浮かべ続けた。
「てなわけで、中学の頃を知らない寛だからこそ相談相手として相応しかったってわけ。同中に中学の頃の話振られても普通に困るかんね」
「あはは、変な悩みもあったものですね」
先輩も同じ様な悩みというか疑問を抱えていたなんて少し運命的なものを感じる。
ただ互いに忘れっぽいってだけの可能性も捨てきれないが。
その後、たわいもない会話をしながら、僕らは待ち合わせ場所へと戻るのだった。
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