第13話
[教室]
「というわけで、テストの解説は前回やったから今日は授業進めるぞー」
「えー、まだ復習たりないですよ山口先生ー」
「お前、前回寝てただろ。何言ってんだ」
『あはははは──』
「気にせず始めるぞー。最近ずっと中和の授業をやってきたわけだが、今日も中和なー。中学で水酸化ナトリウム水溶液に塩酸一滴ずつ垂らして中和完了したのはいつですかー、みたいな問題あっただろ? 今日はそれを計算で出せるようにするぞって話だ──」
*
授業が終わり、山口先生が教室を出る。
化学は苦手な人が多いのか、クラスメイトたちの元気がない。
そんな中、僕の隣の席に座る西園寺さんは表情が明るかった。
目を輝かせ、西園寺さんは僕の手を握る。
「か、寛さん! 私、私……先生の言っていることが理解できましたわ!」
「高校入学から約1年と2ヶ月……化学の時間は苦痛で仕方がありませんでした。ここまで授業が有意義に感じたのは初めてです!」
「勉強した甲斐があったね」
「まさか授業が日本語で行われていたとは……驚きましたわ」
「そこは流石にわかるんじゃない!?」
「冗談ですわ」
そう言って西園寺さんは清々しい笑顔を向ける。
「たまには勉強もよいものですわね。理系教科は一回つまずくとおしまいになってしまいますから、全然楽しくありませんでしたわ」
「あはは……そう思ってくれたなら本当によかったよ。またつまずいたら遠慮なく聞いてね」
「そんな悪いですわ。寛さんだって自分の勉強があるといいますのに」
「人に教えるのも勉強になるんだよ。だから大丈夫」
問題を解くより解説する方が難しいとはよく聞くけど、単元の解説はさらに数段難しいものだった。
1週間の補習部活動で僕もかなり勉強になったという実感があった。
「ではまた頼りにさせていただきますわね。今では化学が1番の得意教科ですわ。まだまだ私、点数を伸ばせそうな気がしていますの」
「いい向上心だね。二高のテスト問題簡単だからこの調子なら90点も目指せると思うよ」
「90点! そんな点数取ってしまったら……私理系選択も視野に入れてしまいたくなりますわね」
西園寺さんはそう言って真剣な表情で悩む。
悩めると言うのはいいことだ。これまでの西園寺さんであればその選択肢すらなかったわけだから、贅沢ゆえの悩みだと思う。
*
帰りのホームルームが終わり、僕は帰り支度をしていた。
山口先生と話している西園寺さんを遠目にみる。
西園寺さんすました表情をしながら先生の言葉に頷いていたが、嬉しそうに身体が少し揺れている。
話の内容はおおかた想像できる。多分、化学の成績を褒められているんだと思う。
山口先生は僕らの担任、兼化学の先生だ。
オカルト部の廃部の件を知っているかどうかはさておき、彼女の成績が急に上がったものだから、当然なんかしらのアクションを起こすだろう。
西園寺さんがちらりとこちらを見る。そして僕に手招きをした。
何やら僕も呼ばれているらしい。
「どうしましたか、山口先生」
「落河、西園寺から話は聞いたぞ。部活の一環で勉強を見てくれたんだってな。ありがとう」
「いえ、こちらもオカルト部の廃部がかかっていたので西園寺さんの点数が上がって本当によかったです」
「それは立派なことだ。こいつは一年の頃から本当に化学ができなくてな。1年間ずっと赤……」
「や、山口先生!わ、私はお先に失礼しますわ! さようなら! 先に部活に行っていますわよ、寛さん!」
そう言って足早に西園寺さんは教室を出て行った。
西園寺さん……残念ながら先生が言おうとしていたことはすでに知っているんだ……
「ははっ! 西園寺には悪いことをしてしまったな」
「あはは……そうですね。それでは先生、僕も部活に」
「いやちょっと待て落河」
「……ん? 何か僕にも用があったんですか?」
「ああ、落河。少し確認しておきたいことがあってな。ちなみに……志望校はどこにするつもりだ?」
「志望校……ですか?」
山口先生は恐る恐るといった具合に尋ねる。
なぜ突然そんなことを?
……いや、そういうことか。答えはすぐ考えればすぐわかることだった。
「志望校はまだ考えていません。山口先生、僕のために色々考えてくれるのはすごく嬉しいですが、気にしなくても大丈夫ですから。試験内容も変えたりしないでほしいです」
「そ、そうか? なら……そうだな。分かった。そのように他の先生にも伝えておく」
「ありがとうございます。それでは、僕も部活に行きますね」
僕はお辞儀をして、そそくさと部活へ向かう。
扉を開けたところで後ろから山口先生の声がしたので一瞬立ち止まった。
「おーい、代表。文化祭の話はどこまで進んでる?」
「文化祭っすか。順調っすよ」
「その進度を聞いているんだ進度を」
二高の文化祭は2週間後。楽しいイベントであると同時に、それは僕らオカルト部のタイムリミットでもある。
一度止めた足を早め、僕は教室を後にするのだった。
*
[廊下]
<足音>
「はぁ……少し失敗だったかな。先輩からも、先生からも色々言われちゃったし」
部室に向かいながら、僕はため息をつく。
確かに二高の試験は想像以上に簡単だった。ケアレスミスで落とすことはあっても、問題が理解できないなんてことは絶対にあり得ない。そういったレベルの問題しか出題されていなかった。
多分、進学校に通う生徒だったら誰でも僕と同じ点数を取るだろう。
だからと言って初回の試験で全教科で満点は流石にやりすぎだったのかもしれない。
「だけど次回のテストも頑張らないとまた心配されちゃうのかも……うう……これはこれでプレッシャーがかかるな」
悪すぎなければ点数なんて、どうでもいい。
赤点以外であればなんの問題もなく学校生活を送れるんだから。
試験の入ったカバンを庇うようにして僕はそのまま足を早めるのだった。
*
[部室]
「おっすー寛」
「こんちには、先輩。今日は僕が1番最後ですね」
「今日はなんとひなちゃんが一番乗りだったんだぜ?」
「ふふふー、今日のひなは気分がいいから早く来ちゃったー」
ひなはいつも通りビスケットを齧りながら、幸せそうにそう言う。
そしてカバンをゴソゴソとすると数枚の紙を取り出した。
「センパイくんセンパイくん、これをみるのじゃー」
「これは……テスト用紙?」
「先生からねー、ひな褒められたんだよー? ほらー、はなまるも貰っちゃったー」
「本当だ。よかったね、ひな。それと、よく頑張った」
「あはー、センパイからも褒められちゃったー。うふふー」
溢れ出した高揚感を彼女はくるくると回って放出する。
「ひなちゃん今日ずっとあの調子なんだよ。よっぽど嬉しかったんだね」
「そう見たいですね。ここまで喜んでもらえると教えた甲斐がありましたね」
「ね。廃部とか抜きにしてやってよかったって思うっしょ!」
東風谷先輩はニカッと屈託のない笑顔を浮かべる。
この数週間は本当にいい時間になったと僕も思った。
「ま、全員揃ったしなんかゲームでもしよっか」
こうしていつも通りオカルトに関係ない僕らの部活が始まった。
*
カラカラ……
「あー、センパイの上に乗っかっちゃったー。センパイのえっちー」
「大人になったのか……ウチ以外の女と……」
「不純異性交遊は校則違反ですわ。感心しませんわね」
「人のコマに乗ることをえっちと表現しないでください!」
僕たちは今、回り将棋をしている真っ最中。
全く変な誤解をさせるような発言は控えてもらいたいものだ。
回り将棋とは4枚の『金』をサイコロの代わりにして、すごろくみたいなことをするゲームだ。
基本的には表になった『金』の枚数によって進む数が決まるんだけど、『金』が偶然にも立ったりすると、5とか10とかたくさん進むことができる。
他にも角に止まったらワープがあったりして、見かけ以上に面白い。
「コホン……とにかく進めますよ」
手番なので僕は4枚の金を振る。
「2ですね」
「寛さん、運が悪いですわね」
「うーん。そうだね。僕が今の所最下位だし……でも、この番に関しては運はいいかもしれないよ。ほら、だってひなが上に乗ってるから」
僕はひなのコマが乗った自分のコマを2マス進める。
「ねー、センパイももっといっぱい動いてよー」
「悪意ある言い方をしないで! 今はひながぶっち切りで一位だからね。乗られた僕は出目が小さい方がいいよね」
「寛の言う通りっしょ! これでウチらにも逆転の目が生まれたんじゃね?」
「なるほどそういうことでしたか。それでは私たちも寛さんの期待に応えねばなりませんわね」
西園寺さんは『金』を両手で包み込んで祈り、気合い十分で『金』を振った。
彼女の振った表の数は1枚、そして『金』の一枚が横に、そしてもう一枚が……逆さに立った。
「た、立ちましたわ! しかしこれは何点ですの?」
「えっ、こんなこと想定してなかったっしょ。ちょっと調べるから待って」
「えーっと、逆さで立った場合……20! 20マス分になるみたいっしょ! だからこの回のあゆむんの出目は26!」
「26!? ズルだよーそんなの絶対ズルだよー」
「3連続でコマを立たせたひながソレを言うのか……」
「えへへー、センパイありがとー」
「褒めてない」
「ふふふ……ツキが回って来ましたわ! 先ほどの寛さんの10倍以上ですのよ!」
「こんなデカい出目は見たことない……これに比べたら寛の出目はカスや」
「褒めるどころか貶されてる!?」
確かに今日の僕は運が最悪みたいだけど! 感情の落差がジェットコースターだ。
東風谷先輩は時折不思議な言い回しをすることがある。僕はよく知らないけど3年の先生のモノマネだったりするのだろうか。
西園寺さんはコマを進め終わると、スタート位置からの距離を数える。
「これで日南田さんに追いつきましたわ! スタートラインにつきましたわよ!」
「あはー、追いつかれちゃったー」
「それでもまだ一位にいるひなちゃん恐ろしすぎるっしょ……ウチらも負けてられないよ、寛」
「いや僕はもう2週くらい遅れてるんで……」
「3連続で逆さ立ちさせればいいっしょ!」
「無茶ですよ!」
逆さ立ちなんてかれこれ1時間やって一回しか起きてない。というかこれ1時間で1回出ただけでもすごいことなんじゃ……
勝負はひなと西園寺さんの一騎打ち。
コーヒーを啜りながら、僕は勝負の行く末を見守るのだった。
*
「おっ、横立ち。出目の合計は7なんで……ゴールですね」
「寛お疲れー」
「これで全員ゴールですわね」
「あはー、センパイおそーい」
「ひなが早すぎるんだよ」
無事に僕がゴールし、これにて回り将棋は終了。
結果はひなが一位、2位に西園寺さん、3位が東風谷先輩、最下位が僕だった。
途中西園寺さんが怒涛の追い上げを見せたけど、結局その後もひなの幸運は続き蓋を開けてみれば2位と半周差をつけてのゴール。
ここまで独走すると、攻撃力防御力みたいに運のステータスがあるように思えて仕方なかった。
「あっ、もうこんな時間ですわ」
「そろそろ下校時刻じゃん」
「ひなも片付けするー」
「そうだみんな、片付けしながら聞いて欲しいんだけど」
東風谷先輩がパンパンと手を叩き注目を促す。
僕らは机を拭いたりゲームをしまいながら彼女の方を見る。
「今週木曜にまたあれすることにしたから」
「あれってなにー?」
「それはもちろん七不思議調査じゃん!」
「そ、そういえばまだ終わっていないのでしたわね……」
「えー、もう調査したのにー」
「まだ3つしか調査してないっしょ! 七不思議なんだから7個調べるのが普通じゃね!? ほら気合い入れて!」
あまり乗り気でない2人はテンションを落としながらも右手をあげてえいえいおー。
ここまで露骨な反応をしているのに未だ2人は怖いものが苦手だということを認めていない。
どんなプライドだ!
「仕方がありませんわね。これも私たちの居場所を守るためですわ。日南田さん、覚悟を決めましょう」
「むー、あゆむん先輩がそう言うならひなも頑張ろうかなー」
「共に恐怖を乗り越えますわよ! ……ま、まあ私としてはそこまで怖くはないのですが。ただ面倒というだけなのですが」
「あ、あははー。ひ、ひなも怖いの好きだから大丈夫かもー」
「本当に隠す気あるのか……」
「とにかくこれで調査は最後だから! 部室の利用権はすぐそこまで来ているっしょ! 利用権〜ファイト!」
「おー!」
「現金すぎませんか!?」
声高にツッコミを入れて、本日の部活動が終了した。
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