第10話

[部室]


 七不思議調査を終えた次の日──


「うん。解き方自体は合ってるね。でもここ見て。分数の計算が間違ってるよ。掛け算は分母は分母と、分子は分子と普通に掛け算するだけ」


「むー、ひな分数きらいー」


「えーっとこれね。二酸化炭素と酸素だと分子量が二酸化炭素の方が大きいから、同じ質量だと酸素の方が体積は大きくなるっしょ。というかあゆむんmolわかる?」


「おぼろげながら、それが何らかの単位であることは辛うじて」


「これはまずいことになってきたっしょ」


 放課後のオカルト部の部室では中間試験に向けた猛特訓が始まっていた。


 一旦、僕がひなを、東風谷先輩が西園寺さんの勉強を見ているのだが……順調とは言えなかった。


 勉強開始から30分経ったところでひなの集中の糸が切れた。

 

「ねー、休憩にしようよー。ひな頭使いすぎてお腹空いちゃったー」


「ひ、ひなさんの意見に賛同しますわ! あまりコン詰めすぎても非効率ですのよ?」


「どうする、寛? 正直早すぎるっしょ」


「うーん……確かにそうですけが、このままだと2人とも本当に集中できませんよきっと」


「仕方ないか〜。寛に免じて10分のお菓子休憩にするっしょ」


「流石です! 神様、仏様、東風谷様!それでこそオカルト部部長ですわ!」


「うおー、怠惰の権化ー」


「ひなちゃん!? そんなこと言うとひなちゃんだけ休憩なしにしちゃうよ!?」


「ほとけさまー」


「ぐぬぬ……今日のところはこのクッキーで我慢してやるっしょ……」


 東風谷先輩は賄賂を受け取ると悔しそうにクッキーを食べた。屈するな先輩。


 ひなと今日は珍しく西園寺さんもお菓子パーティーの準備をする最中、僕たちは作戦会議を始める。

 

「先輩、西園寺さんの方はどうですか?」


「うーん。最初のところから完全につまずいちゃってる感じかな。このままだとちょっと試験範囲全部終わる気がしないっしょ。ひなちゃんは?」


「まだ数学しか見てませんが小学校の内容から怪しいです。特に分数は壊滅してて……ただ、解き方自体は割と覚えてます。『たすきがけ』とかやり方わかりますし」


「良いじゃん良いじゃん。数学がそこまで惨状になってないのは救いじゃね?ひなちゃん、全教科赤点とる可能性あるんだから」


「……そうなんですよね。ここは前向きに捉えた方がいい気がします」


 僕は学校から配布された試験対策用のプリントの束に目を移す。

 

 学校からこのようなプリントが配られているのはかなりありがたい。

 先輩曰く、試験の6割はこのプリントの中から出題される。残りは前回の試験内容から少しとチャレンジ問題といった感じらしい。

 

 今の難航具合を見るに、試験対策にどれくらい時間がかかるのかの目処が立たない。


「センパイくんセンパイくん、腹が減っては戦はできぬぞー。はいどーぞ」


「ああ、うん。ありがとう、ひな」


 ひなからきのこの形をしたチョコレートを受け取る。争いが起きるあのお菓子だった。

 

 さてどうしたものか。


 テストまで1週間しかない。このままだと対策プリントを解き終わった頃には試験が来てしまう。


「センパイは『きのこ』と『たけのこ』と『ひな』どれが好きー?」


「どうして選択肢に自分を混ぜるんだ自分を。僕は『たけのこ』かな。クッキー生地が美味しいから」


「へー、そうなんだー。それは困ったことになったねー」


 ひなはテーブルに敷いたティッシュの上に乗せられた『たけのこ』をヒョイとひとつまみ。

 

「なっ!? たけのこもあったの!?」


「オカルト部ではー、めぐちゃん先輩がきのこ派だから混ざってるタイプ買ってるんだー。先輩がきのこ派だったらちょうど良かったのにー」


「ええ……先輩きのこ派だったんですか」


「なんでちょっと引き気味なんだし! 普通にきのこの方が美味しくない!?」


「それはは流石にないですよ」


「意義なしー」


「その通りですわね」


「たけのこ派の結束が硬いんだけど!? でもウチだけきのこ派だからたくさん食べれてちょっとお得じゃん?」


「需要と供給だー。はい、めぐちゃん先輩きのこあげるー」


「ありがとう……ってひなちゃん? これ軸の部分だけなんだけど!? チョコの部分どうしたん!?」


「あはー、ひなが食べちゃったー」


「無慈悲すぎンゴ……」


「美味しいところだけ食べられてしまいましたわね。軸は微妙ですもの」


「あゆむんまで!」


 東風谷先輩は肩を落としシクシクとしながら残されたビスケット部分を食べた。

 僕が入部する前からオカルト部内でのきのこたけのこの派閥争いはたけのこ優位だったから、これまでもこんなやり取りをしていたのかもしれない。

 

「まさかだけど……寛もあゆむんたちと同じ意見だったりするん!?」


「ええっと……そうですね。僕もチョコ部分だけ先に食べちゃったりします。残ったビスケット部分は最後にまとめて食べたりして……」


「ぐっ……みんなアレっしょ。夏休みの宿題とか簡単なやつだけ最初にやって難しいやつ最後に残して困っちゃうタイプっしょ! ウチにはお見通しなんだから」


「な、なぜそれを知っているのですか」


「ひなはそもそもやらないー」


「こら、ちゃんとやりなさい」

  

「ほれ見たことか! たけのこ派は怠け者で味音痴! きのこ派は堅実で人格者!」


「人格者なら人格攻撃しないでくれます!?」


 むしゃくしゃした先輩はきのこをむしゃむしゃ。


 随分と先輩の食べっぷりがいいので、僕も1つきのこを食べてみる。


 うん、美味しい。久しぶりに食べてみるときのこも案外悪くないかもしれない。

 正直、満足度がチョコの部分が8割、ビスケット部分が2割見たいな感じが否めないけど。


 口の中に残ったビスケット部分を水で流したところで、僕に一つのアイデアが流れ込んできた。

 

「先輩。この美味しいところだけ食べるってやり方……これよくないですか?」


「いやいや、全然良くないっしょ。そもそも別にきのこの軸の部分は不味くない……」


「いえ、お菓子の話じゃないです。勉強の話ですよ」


「いきなり真面目な話っしょ!?」


「ほら、僕たちは学校で配られた対策プリントを解いてるじゃないですか」


「これってそもそも……全て覚えなくても良くないですか?」


 僕の提案を聞いて先輩は目を丸くしていた。

 ワンテンポ遅れて、先輩は眉間に皺を寄せながら訝しげな表情で答えた。


「そ、そんなことある……? だってこのプリント解いてれば良い点取れるんだよ? これ以外にやりようないっしょ?」


「先輩の言っていることは正しいです。ただ、1つ重要な視点が抜けています」


「それは……ひなと西園寺さんは『良い点』を取る必要がないということです」


 瞬間、東風谷先輩に電撃が走る。常に学年1位の成績を収める先輩はこの様な考えを微塵も持ったことはなかったのだろう。

 

 僕の言葉の意味を理解し、先輩は僕の手を取る。


「寛! アンタ天才や……!」


「それは言い過ぎです。とにかく、僕たちが本来やるべきことは西園寺さんたちに勉強を教えること。だけど、それ以上に大切な仕事は……問題の抜粋だったんです」


 僕はひなの対策用プリントに目を通す。


 プリントには公式通りの基礎的な問題だけではなく、置き換えとかして少し応用のある問題も入っている。


 これら全て今のひなには不要。何故なら赤点が回避できればそれでいいから。


「大体どの教科も平均40点くらいになるから、赤点は20点くらいで見ておいていいっしょ」


「このプリントから60点分出るわけですから、3分の1理解できれば大丈夫」


「少し多めに見積もって30点分はやっておくべきじゃね? これなら余裕っしょ」


 僕は頷く。活路を見出した僕たちに、ひなと西園寺さんも心なしか表情が明るくなる。

 

「簡単そうな部分を選んでもらえるわけですわね。それは名案だと思いますわ」


「それならひなもやる気出てきたかもー」


「そんじゃ勉強再開するっしょ! 『美味しいところだけ食べちゃおう作戦』開始だぜ!!!!」


「『きのこチョコ作戦』開始ー」


「それは違うが!??」


 方針は決まった。


 厳しい戦いになるだろうけど、きっと力を合わせれば乗り越えられる。


 気合いを入れ直し、僕はペンを取った。

 

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