第9話 めぐるルート

◯東風谷先輩についていく


「先輩についていきます」


「トイレの花子さんを選ぶとは……中々通だね、寛」


「いや先輩さっき花子さんは王道だとか……」


「とにかく分担は決まったっしょ。調査の方法は今から渡す資料に書いてあるから、それを見ながらやってみて! それじゃあ出発!」


「「おー」」


 東風谷先輩の号令を皮切りに、僕らの第一回調査がスタートした。


 *


 [本校舎:階段]


『トイレの花子さん』を調査するとのことで、僕らはひなたちが調査に出るのを見送り、部室棟に入った。


 部室棟の中は非常灯くらいしか灯りがなく、何かが出てきてもおかしくない雰囲気だった。

 

「『トイレの花子さん』の調査なのに部室棟でするんですか、先輩?」


「おっ、それはいい質問だね。ご察しの通り『トイレの花子さん』といえば"学校"のトイレで起きる怪談だよね」


「はい。ここでいう学校というのはいわゆる校舎のことですよね? 部室棟ってどの学校でもあるわけじゃないでしょうし、部室棟で調査するのはそれこそ王道ではないのではないかと思って」


「その通り。だからうちも最初は校舎で調査をしようと思ってたよ。……えっ、ちょっと待って校舎で調査ってなんかラップぽくね!?」


「真面目な流れが台無しですよ! 確かにラップぽさはありますけど!」


「ごめんごめん。とにかく最初は校舎で調査しようとしてたんだけどさ、それだとこの怪談における重要な要件が満たせないことがわかったんだぜ」


「重要な要件? トイレの花子さんって『花子さん遊びましょ』ってトイレに投げかけるだけじゃないんでしたっけ?」


 記憶を手繰り寄せる。しかしトイレの花子さんは王道すぎて逆に詳細な情報が思い出せなかった。


 僕の発言を待ってましたと言わんばかりに東風谷先輩は嬉しそうに続ける。


「寛はさっき『遊びましょ』と投げかけるっていったよね? でも、実はこの怪談は『遊びましょ』以外にも『いらっしゃいますか?』とか、『花子さん』と呼ぶだけとか色々と派生があるんだよ」


「あっ、確かに言われてみるとそのパターンも聞いたことあるかもしれません。これは完全に盲点でした」


「他にもこっちがトイレに入ってて、外から花子さんがやってくるってパターンの話もあったりするんだよ! どうやってこの怪談が広まったのか普通に気になるよね! うち、大学は民俗学専攻したいなって考えてるくらいっしょ」


 先輩は僕の手を握りながら若干興奮した様子でそう言った


 そうか、先輩は3年生。成績がいいと聞いているし、先輩はおそらく進学を選ぶ生徒だ。

 先輩は好きなものがはっきりしているから進路も選びやすいんだろうなと思った。


「コホン。話は逸れたけど『トイレの花子さん』の怪談は色々と派生があるけど、大体の怪談で共通していることがあるんだぜ。それは……」


 先輩は指を3本立てる。

 

「3という数字だよ」


「3……ですか?」


「そう。実はこのトイレの花子さん、往々にして学校の『3階』、『3番目』のトイレを『3回』ノックするみたいに3という数字が大体どの怪談でも用いられてる」


 僕は再び記憶を手繰り寄せる。3番目だったのか2番目だったのか詳細な数字は思い出せないけど、『トイレの花子さん』はいきなり現れるのではなく、少しばかりの猶予があって現れていたはずだ。


 多分、その段々と迫って来るという猶予の部分によって僕の──いや全国のちびっ子たちの恐怖心は煽られていたんだと思う。


「あっ……! わかってきましたよ。先輩の言いたいことが」


 学校の怪談のことについては然程詳しくない。だけど、学校の設備に関して──特に自分が利用したことのある設備に関してはそれなりに分かる。


「本校舎の3階トイレ……僕は男子の方しか知りませんけど……」


「変に隠さなくてもいいっしょ。女子のに入りたくなる時だってあるよね」


「いや本当に入ってませんから! とにかく、3階の男子トイレは個室が2つしかありませんでした。女子の方もおそらくそうなんじゃないですか?」


「正しくは4つだね。左右の壁に2つずつ個室があるんだよ。というわけで、本校舎だと本怪談における『3番目』のトイレがどこなのか少しややこしくなっちゃうんだぜ」


「それで探してみたら、うちの学校で3階のトイレで3番目の個室があるのは特別棟か部室棟──特別棟は試験期間で放課後締め切りになってるから部室棟しか選択肢がなかったってわけよ。どう? これで謎が解けたっしょ」


 東風谷先輩はニシシと笑った。


 流石のオカルト好き。事前調査に余念がなかった。


「そうですね。それなら部室棟で納得です」


「そんじゃ説明はそこまで。早速3階に向おうっか」


「はい」


 *


 先輩と横並びに部室棟の階段を登っていく。


 オカルト部の部室は1階にあるから普段3階に行くことはない。最初の部活紹介で足を運んだくらいだ。


 こんな慣れない時間に慣れない階を歩いていると不思議な感覚がある。


 怖いというわけではないけど、感じたことのない空気感があって、少し緊張感があった。


「着きましたね」


 女子トイレのマークのついた扉の前で僕たちは足を止める。


「それで、調査は先輩がする感じでいいんでしょうか」


「ん? どうして? 折角一緒に来たんだし一緒にやろうよ」


「いやいや、僕は男子ですから。女子トイレに入るのは流石にマズいですって」


「えー、いいじゃん。別に減るもんじゃないし」


「減るんですよ僕の社会的信用度的なものが」


「社会に出てないうちらが社会を語るのはお門違いっしょ」


「そんな屁理屈こねないでください」


「寛こそ難しい理由つけて断ろうとしてるけど本当は入りたいんじゃないの〜?」


「ぐっ……なんでこんなに強引なんだ……」


「まっ、今日はここまでにしてあげるっしょ。そんなにサクサク調査しても時間余っちゃうと思って揶揄っただけだから」


「限りなくしょうもない理由だった!」


「ひなちゃんの『おばけ階段』もだし、特にあゆむんの『動く二宮金次郎像』は時間かかる見込みなんだよね。トイレに入るのはうちがやるから、寛は撮影係ね! 任せたぞ助手くん!」


「はぁ……それくらいなら了解です。始めましょう」


 ため息をつき僕はスマホの準備をする。確かに花子さんの調査は時間が掛からなそうだ。

 時刻は19時20分──まあ30分くらいには終わってしまうだろう。

 

 *


 東風谷先輩はトイレに入るとぐるりと中を見回す。

 個室に手洗い場、床はタイル張りの変哲のない女子トイレ。

 誰もいない閑散とした部室棟であるから、換気扇の音がいやに強調された。


 コツンコツンと先輩の足音が鳴る。


 先輩はチラリと腕時計を見ると、足音よりも高い音で──先輩はトイレの扉を3回ノックした。


「花子さん、遊びましょ……」


 返事はない。 

 当然だ。中には誰もいないのだから。


 次に先輩は2番目の個室の前に立ち、再び3回ノック音を鳴らす。


「花子さん、遊びましょ……」


 やはり返事はない。


 安堵のため息をついた後、制服の裾で汗を拭った。


 そしてついに3番目の個室に辿り着く。


 先輩は大きく深呼吸し、これまでよりも大きくノックした。


「花子さん、遊びましょ……!」


 迫力のある先輩の声が響く。

 

 花子さんなんて絶対いるはずがないのに──彼女の演技がまるでそこに本物の怪異がいる様に感じさせた。


 沈黙が続くこと数秒。

 恐る恐る手を伸ばし、先輩はトイレの個室に手をかけた。


「えっ……きゃ、きゃああああああ!!!!!」


 扉を開けた瞬間、先輩は悲鳴を上げながら尻もちをつく。


 顔面蒼白で先輩はカクカク震えながらこちらに助けを求めた。


 なんだなんだ何が起きてる!? まさか本当にオカルト現象が!?


 僕は先輩の元へと駆け寄る。


 そして先輩が指差す方へ動画を回していくと……


 トイレの便座の上──そこには血のついた藁人形が佇んでおり……

 

「うわああああああああああああ!!!!!!!」


「って……ん? あれ? これよく見たら先輩の作ったやつじゃないですか。名前は確か……ロウちゃん」 


 名前は間違っていないと思う。何度か先輩がそんなことを言っていた。


 僕がそのことを指摘すると、先輩は吹き出すように笑い出した。

 

「あははは! 寛よく覚えてたね! やるじゃん!」


 先輩はスカートをぽんぽんと叩きながら立ち上がる。

 そして赤く染まった藁人形を手に取った。


「これはうちが作った藁人形ね。結構怖かったっしょ!?」


 鼻息を荒くしながら先輩が迫る。


 思いっきり叫んでしまった手前、否定できない僕は頷いた。


「事前に用意しておいたんだ。ほら、少しはなんかあった方が後で部誌にまとめるとき楽しいじゃん?」


「や、やらせじゃないですか……!」


「まぁ、まぁ。怪奇現象なんてそう起きないんだから多めに見てよ。これは重要な演出だよ」


「そうかもしれないですけど……」


 僕は手から落としてしまったスマホを拾い上げる。

 よかった、画面は割れていない。


「というか先輩……怪奇現象なんてそう起きないいって、オカルト部としてどうなんですかその発言は」


「事実なんだからしょうがないっしょ。怪奇現象って理屈の通った何かしらの理由があって起きてるわけで、詰まるところ偶然、偶々、ハプニングだよ」


「そんな身も蓋もない……」


「でもそこが面白いんだよ! 絶対ありえないけど『ありえそうだって思える』──人間が作り出した『格』がそこにはあるわけじゃん。何十年何百年、孫の代曽孫の代まで語り継がれる恐怖を付随した『格』……それってすごいことだと思わない?」


 ぐぬぬ……先輩の言っていることは筋が通っている。

 確かにそう聞くとオカルト現象というのはかなり面白く思えて来てしまった。


「よーし、この調子で何パターンか動画撮るよー。専属カメラマンくんもよろしく〜」


「もう完全にやってることが映画研究会ですね」


「まあ実際、数年前の先輩たちはホラー映画撮ってそれを活動成果にしてたりするしあながち間違いじゃないっしょ」


「ま、マジですか……」 

 

 *


 それから僕たちは『花子さんいらっしゃいますか?』『花子さん』の2パターンの撮影を終える。


「お疲れ様でした、先輩。これで全パターン撮れましたか?」


「ぬわつか〜。これで全パターン終了っしょ。でも最後に一個撮らせてもらうね」


 先輩はそう言うと、僕の隣に立ち、腕時計を僕に見せてくる。

 時刻は大体19時30分。アナログ式の時計だ。


「『トイレの花子さん』は『3』という数字がキーになってるって話たっしょ?」


「そうでしたね」


「だからウチはこの学校の七不思議に新たな要素を加えようと思ってるっしょ。33分に3階の3番目の個室を3回ノックしたら怪異が現れる……!どうっしょこれ!中々いいアイデアじゃない!?」


「3のゴリ押しがすごい! でもあれですね。他にも時間が関係する七不思議ありましたよね」


「4時44分のやつね。あれなんだっけ……校長の像が動くとかかな?」


「まあそんなやつだったかもしれません」


「七不思議って多すぎて何が何だか分からなくなるっしょ。まあとにかく、うちはこの七不思議で二高に新たなオカルト旋風を巻き起こそうと思ってるんだぜ」


 先輩は歯茎を見せて満面の笑みを浮かべる。


 全く、ここまで楽しそうだと……こちらまで楽しくなってきてしまうじゃないか。


「良い案ですね先輩! よーし、僕も気合い入れて撮影しますよ!」


「その意気っしょ! 最初はゆっくり後ろから近づいて腕時計アップで撮ってね」


「了解です。最高のホラームービーにしましょう」

 

 僕らはパチンと手を叩く。


 共犯者は僕にウィンクさせてみると深呼吸して一気に役者の顔になる。


 この動画が少しでも多くの人の心を揺さぶれるようにと願いながら、僕は撮影ボタンを押すのだった。


 

 *


 [部室棟]


「みんなおつ〜! お陰で文化祭の部誌まで一歩近づいたっしょ!」


「お疲れ様ですわ。こう言うこともたまには良いかもしれませんわね」

 

「初めて部活っぽいことしたよー。ちょっぴり楽しかったかもー」


「僕もなんだかんだで楽しかったです。夜の学校に来るってそうありませんし」

 

「3人ともよく分かってんじゃーん! 先生たちにお願いした甲斐があったぜ」


 東風谷先輩はニシシと笑った。


 当然だけど今日のセッティングは全て部長である先輩が行ってくれた。

 楽しい時間をくれた先輩に感謝しないと。


「そんじゃ、活動も終わったところで早速帰ろっか。あゆむんの送迎もあるしね」


「非常にありがたいのですが先輩は逆方向ではありませんか。そこまでしていただけると少し申し訳なく思いますわ」


「いいってことよ! 今日の活動自体ウチの不手際が発端だしさ! ちょっと先行っててー。ウチは職員室で鍵返して来るから」


「分かりました、先輩」


「お先に失礼しますわね」


「しゅっぱーつ」

 

 怪談調査用の懐中電灯で道を照らしながら僕たちは歩き出す。


 こうして無事にオカルト部存続のための第1回七不思議調査は幕を閉じるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る