第9話 歩夢ルート
◯西園寺さんについていく
「西園寺さんについていくよ」
「賢明な判断ですわね、寛さん。見直しましたわ」
「これそんな重要な選択だった!?」
「とにかく分担は決まったっしょ。調査の方法は今から渡す資料に書いてあるから、それを見ながらやってみて! それじゃあ出発!」
「「おー」」
東風谷先輩の号令を皮切りに、僕らの第一回調査がスタートした。
*
[本校舎:校庭]
『動く二宮金次郎像』を調査するとのことで、僕らは野球部のグランドの方へ向かう。
どうやら二高の二宮金次郎像はグランドの奥に配置されているらしい。
ここまで一般生徒の目に留まらない場所にあると、もう二宮金次郎さんを有り難がる人はほとんど居なそうだ。
実際、最近では二宮金次郎像の撤去が進んでいるという話を聞いたことがある。
二宮金次郎さんの勤勉さをお手本にするのは、今の教育方針にそぐわないとかなんとか。
時代によって教育方針が変わるのは当然だろうけど、勤勉であることが忌避されるのは少し違う気もする。
とはいえ頑張る人はどんな世の中になっても頑張るだろうからどうでもいいのかもしれない。
「寛さん、少し歩くペースが早いのではなくて?」
「そうかな……? それより西園寺さん」
「な、なんですの」
僕は西園寺さんから半歩右にズレる。
すると、彼女ももう半歩……いやそれ以上に接近してきた。
「ちょっと近くない……? そんなに近いと歩きにくいというか……」
「あ、あらそうかしら? 夜は少し冷えますから、温もりを求めてしまっているのかもしれませんわね」
「そ、そう? そこまで寒くは……」
「……わたくしは寒いのですわ」
「はい」
強い圧を感じて僕は頷く。
「寒いのは一旦置いておこう。それよりさっきから気になってたんだけど」
「な、なんですの」
「どうして僕らは腕を組んでいるの……? いや腕を組んでいるというか西園寺さんに腕を絡まれているというか」
「あら、寛さんがわたくしに絡みついているのではなくて?」
「じゃ、じゃあ一旦腕解くね」
西園寺さんの腕が強まる。何か技をかけられてはいないだろうか。
「お待ちください、確かに腕を組んだのはわたくしからですわ。しかしこれには事情があるのです」
「じ、事情……?」
「……わたくし、前世はイカでしたの。近くに手頃な腕があって絡み付きたく……なったのかもしれませんわね」
「西園寺さん……その言い訳は無茶すぎるよ……」
「……失礼、タコでしたわ」
「いやイカかタコかは問題じゃないよ!?」
声を大きくして僕はツッコミを入れる。グランドを囲む雑木林からカラスがバサバサと飛び立った。
「ひやあああああ!? な、な、な、な、な、何ですの! いきなり大きな声を出さないでくださいませ!」
「ご、ごめん」
僕は抱きつく西園寺さんを引き離しながらそういった。
ここまであからさまな反応をされてしまってはもう認めているようなものだろう。
「ええっと西園寺さん、確認なんだけど……」
「西園寺さんってもしかしてオカルトとか怖い系、全然ダメだったりする?」
「今頃気づきましたの? はぁ……全く、鈍感にも程がありますわね」
「態度がデカすぎる! 西園寺さん……怖いの苦手なのにどうしてオカルト部になんて入っちゃったのさ……」
東風谷先輩のことだ、僕と同じように西園寺さんが入部を考えたときにも甲斐甲斐しくオカルトが苦手かどうかを確認しただろうに。
「し、仕方がなかったのですわ! 先輩が困っていたんですもの。人助けをしたいと思うのは、当然でしょう?」
西園寺さんは若干泣きべそをかきつつも気丈に振る舞う。
先輩を救うために苦手なことに挑戦するなんてなんて立派な……
「それと、活動内容が不明瞭で都合がよかったのですわ。わたくし、習い事が多くて遊ぶ時間がありませんから」
「割と不純な動機だった!」
「い、いいではありませんの!Win-Winな関係なのですから」
西園寺さんは顔を赤くしながら必死にそう言った。
なんだろう……ひなもオカルトが好きという訳ではなかったようだし、まともな理由で入部しているのが東風谷先輩しかいないのか……
僕も居場所作りと人助けとコンビニの限定スイーツのために入部しているわけだしね。
「まあ西園寺さんの入部動機はさておき、今は七不思議の調査をしないと。苦手なのは仕方ないけど、やらなくちゃいけないと言うのもまた仕方がない。そうだよね?」
「その通りですわ。わたくしだってオカルトチックな活動以外、オカルト部のことを気に入っていますもの。皆の居場所を守るためにも、わたくしはなんとしてもこのミッションを乗り越えなければなりません」
「その意気だよ西園寺さん。気持ちを強く持てば少しは怖さも和らぐって」
「ええ、いつも通り脳内にクラシックを流しながら調査に臨みますわよ」
「えええ……普段そんなことしてたの」
普段の部活でオカルト要素のある活動と言えばホラー映画の鑑賞だ。
真面目に見てるかと思ったけど全然そんなことはなかったらしい。
今度東風谷先輩にホラー映画を流すのを控えるよう言っておこうか……それするともう本格的にオカルト部からオカルト要素が消滅しそうだけど。
*
(足音)
*
「ついたね。ええっと二宮金次郎像は……」
「あそこですわ」
西園寺さんが指差す方を見る。
野球グランドの最奥、月明かりを浴びでピカピカに光る像がそこにはあった。
かなり綺麗なので野球部が定期的に掃除をしてくれているのだろう。
「へー、これが二宮金次郎像なんだ。実は僕、実物を見るのは初めてなんだよね」
「あら、そうなのですか。そういえば寛さんの小学校にはなかったと言っていましたわね」
「うん。ついでに言うと、中学にも高校にも置いてなかったよ。今減ってきてるみたいだし」
「諸行無常ですわね」
無事に二宮金次郎さんにご対面できたところで、僕たちは先輩からもらった資料に目を通すことにした。
「ええっと調査方法は……」
「金次郎像を撮影して動くかをチェックする、ですわね。案外簡単ではありませんか」
「そうだね。それじゃあ早速やっちゃおうか。僕のスマホで撮影でいい?」
「それでよろしくお願いしますわ。なんだか呪われそうで怖いので」
「なんと……西園寺さん滅茶苦茶オカルト信じるね」
「あ、当たり前ですわ! 信じてなかったらこんなに怖がっていませんわよ!寛さんのアホ!マヌケ!」
「怖さで暴言吐かないで!」
少々騒がしいまま『動く二宮金次郎像』の調査がスタートした。
*
撮影開始してから10分。
撮影位置が変わらないようにつけたバッテンの印の上で、僕は手がブレないように注意しながらジッとしていた。
しかし流石に手が疲れる。
スマホの重量は気にするほどではないけど、10分続けるとなると話は別だ。
何を持っていない状態でも手を上げ続けるのは中々に大変なのは間違いない。
小学生の頃運動会の練習やらで『前習え』を永遠とさせられて辛い思いをした人は少なくないだろう。
「西園寺さん、そろそろ交代してもらってもいい? 腕疲れてきちゃった」
「いいですわよ。丁度、一曲目が終わったところですので」
「宣言通りクラシック聞いてたんだね……」
西園寺さんはベンチから立ち上がる。
高さもなるべく変わらないように、僕は慎重にスマホを西園寺さんに引き継いだ。
「資料によると、残りはあと10分ですわね」
「うん。まあ20分から30分って話だから、一応20分経ったら先輩に一度連絡してみよう。他の人たちの調査が終わっていたらそこで僕らも引き返す感じで」
「むむ……わたくしとしては20分で切り上げたいのですが……仕方ありませんわね。あまり怖いのが苦手とバレたくありませんし」
西園寺さんは眉間に皺を寄せながらそう言う。
「え、言わない方がいい? 今度先輩に部室でホラー映画見るのを控えてほしいって言おうと思ってたんだけど」
「それは胸の内に秘めておいてください。わたくしの悩みは寛さんのもの、わたくしの秘め事は寛さんのものですわ」
「随分押し付けがましいガキ大将だね!?」
「うるさいですわね。とにかく先輩には言わないでくださいませ。真面目に活動している人を邪魔するほど、わたくし落ちぶれてはいませんわ」
西園寺さんは手を振るわせながらも、強気に振る舞う。
「……うん。わかったよ。西園寺さんはちゃんとしてるね」
「当然ですわ。わたくし育ちがいいものですから」
「それ自分で言うの!? ま、まあ西園寺さんがいいとこのお嬢さんなのはこの前家にお邪魔したときに知ったから事実なのは分かるけど……」
「そうだ西園寺さん」
「なんですの?」
「もしお嬢様として生まれてこなかったとして──ええっとここで言うお嬢様というのは家が厳格くらいに捉えてくれればいいよ。もし、西園寺さんの家が厳しくなくて習い事とかもなかったとしたら、部活は何に入ってたと思う?」
「なんですのその質問は」
「ほら、西園寺さんは結構消極的な理由でオカルト部に入っているわけでしょ? もし好きな部活に入っていいと言われたらどこに入るのかなって」
「そういうことでしたの。そうですわね……わたくし、その質問はあまり意味がないように思いますわ」
「意味がない?」
「ええ、だってわたくしが今の家に生まれてなかったら、欲するものが全く変わってしまうはずですもの」
「た、確かに……」
「ただ」
「ただ?」
「ただ1つ言えるとすれば、どのような環境でも手頃な欲で満足してしまうだろうということですわね」
ハッとした。西園寺さんの言葉が僕に突き刺さる。
誰にも話したことはないが、僕という人間は生来そのようなものだと自覚していた。
なんでも楽しめるけど、これといってやりたいことが見つからない。
案外西園寺さんは僕に似ているのかもしれない。
「もしわたくしが欲深いのでしたら『そもそもこの家に生まれなければ良かった』とか考えてしまうかもしれませんわね。ですがそんなことはしません」
「西園寺家に生まれたことは受け入れ、その上で実現しそうな夢を見るのです。大概の人間はそのようなのではなくて?」
「そ、そうかもね」
西園寺さんはカメラから目を離し、僕を真っ直ぐと見た。
「寛さんはどうですの? 寛さんの方がもっとシンプルな質問になりますわよ。寛さんにはわたくし以上に部活動選択の自由がありますわ。もしわたくしがオカルト部に誘わなかったら、何の部活に所属していたと思います?」
「ぼ、僕は……」
もしオカルト部じゃなかったら僕はどうしてた……?
部活動見学で第二候補になっていた動画研究部?それとも、そもそも部活動に所属しない……?
分からない。いくら考えても分からなかった。
「ん……?」
しばらく黙りこくっていると、僕は二宮金次郎像にある変化があることに気がつく。
金次郎さんの頭と背中に見事に2羽のカラスが停まっていたのだ。なんというミラクル。
「西園寺さん! 見て、カラスが金次郎像に!」
「な、なんですの!?」
西園寺さんは咄嗟に像へ振り向く。
長い髪がバサっと広がり、それに合わせて像に停まっていたカラスたちが黒翼を羽ばたかせる。
1羽は遠くの雑木林へ、そしてもう1羽は西園寺さん目掛けて飛び出した。
瞬間、西園寺さんは全てを諦めた表情で涙を流す。
[イベントスチル:気を失う西園寺さん]
「寛さん、お元気で……」
西園寺さんはスマホを持ったまま糸が切れたかのようにその場で気を失う。
横たわった彼女の顔はそれはもう安らかなものであった。
「西園寺さん!? 西園寺さんー!?」
2羽のカラスは闇夜に沈み、僕の叫びも吸い込まれるのだった。
*
[部室棟]
「みんなおつ〜! お陰で文化祭の部誌まで一歩近づいたっしょ!」
「お疲れ様ですわ。こう言うこともたまには良いかもしれませんわね」
「初めて部活っぽいことしたよー。ちょっぴり楽しかったかもー」
「僕もなんだかんだで楽しかったです。夜の学校に来るってそうありませんし」
「3人ともよく分かってんじゃーん! 先生たちにお願いした甲斐があったぜ」
東風谷先輩はニシシと笑った。
当然だけど今日のセッティングは全て部長である先輩が行ってくれた。
楽しい時間をくれた先輩に感謝しないと。
「そんじゃ、活動も終わったところで早速帰ろっか。あゆむんの送迎もあるしね」
「非常にありがたいのですが先輩は逆方向ではありませんか。そこまでしていただけると少し申し訳なく思いますわ」
「いいってことよ! 今日の活動自体ウチの不手際が発端だしさ! ちょっと先行っててー。ウチは職員室で鍵返して来るから」
「分かりました、先輩」
「お先に失礼しますわね」
「しゅっぱーつ」
怪談調査用の懐中電灯で道を照らしながら僕たちは歩き出す。
こうして無事にオカルト部存続のための第1回七不思議調査は幕を閉じるのであった。
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