第9話 ひなルート
◯ひなについていく
「ひなについていくよ」
「わーい。センパイ、いざ共に世界の謎を解き明かすのじゃー」
「これそんな大層な話なの……?」
「とにかく分担は決まったっしょ。調査の方法は今から渡す資料に書いてあるから、それを見ながらやってみて! それじゃあ出発!」
「「おー」」
東風谷先輩の号令を皮切りに、僕らの第一回調査がスタートした。
*
[本校舎:階段]
『おばけ階段』を調査するとのことで、僕らは本校舎の階段までやってきた。
校舎内は非常灯しかついておらず、視界はあまり良くない。
いつも教室に向かう際に使っている階段だけど、こう明かりがない状態だと雰囲気がガラッと違う。
「電気が消えてるだけなのにちょっと怖く感じるね。ひなは大丈夫?」
「センパイがいるから大丈夫ー」
「まあ確かに他に誰かがいるのっていうのは心強いよね。……って、ひな何してるの」
「ビスケットだよー。センパイも食べるー?」
「じゃ、じゃあいただきます」
ひなは突如箱に入っていたビスケットの個包装を開ける。こ、こやつ箱ごとビスケットを持ってきおった!
悪そうな笑みを浮かべると、彼女はプレーンな味のビスケットを1枚差し出してくる。
「ふふふ……センパイ、学校って本当はお菓子禁止なんだよー」
「え、そうだったの? 僕たちいつも部室でお菓子食べちゃってるけど……」
「あそこは部室棟だからいいのー。それ以外でお菓子食べると怒られちゃうんだよー」
「へー、そうだったんだ」
二高は校則が結構ゆるいと聞いている。だけどお菓子に関しては持ち込み禁止らしい。
「くくく……お菓子は禁止されています。だけど今日なら……こっそり校内で食べれちゃうのだー!」
「ま、まさかそのためにお菓子を……!?」
「あはー、背徳の味がするよー。癖になりそうー。今日来てよかったー」
「目的が変わっているぞ目的が」
全く呑気なものだ。だけどまあ、楽しそうだし良しとしよう。
さて、こんなことばかりしていても調査が終わらない。
僕は先輩からもらった調査用の資料に目を通した。
「ええっと……おばけ階段の調査のやり方だけど『校舎の階段を全て登り降りしてみて、段数が違うものがあるかチェックする』だって。単純だけど骨が折れそうだよこれは」
「なんか疲れそうー。ひなあんまり運動好きじゃないー」
「ひなはいつもお菓子ばっかり食べてるんだからダイエットだと思って」
「ひな全然太らないからダイエット必要ないよー。食べた分は胸に行っちゃってるしー」
「その発言は全世界の女の子を敵に回すからやめような……」
背丈に合わない大きな胸をアピールするひな。
この場に西園寺さんがいなくて本当によかった。
「とにかく調査するよ。せっかく2人いるから、ひなは教室側の階段を登っていってよ。それで僕は職員室側の階段を登っていく。最上階で落ち合って、今度は僕が教室側の……」
「えー、一緒に階段登ろうよー。ひな寂しいー」
「全くそんなこと言って……本当は階段数えるのが面倒なだけだったりして」
「あはー、ばれちゃったー」
「即白状!? ま、まあいいや。じゃあ一緒に行こう。僕が数えるから、ひなはプリントに記録する係ね」
「りょーかーい」
*
「よし。数えていくよ」
「おー」
「いち、に、さん、し、ご、ろく、なな、はち……」
「……にじゅうご、にじゅうろく! 到着! ひな、教室側1階から2階の登り階段は26段ね。折り返しは13段目」
「了解でありますーセンパイ。どうやって書けばいいー?」
「あー、そうだね。東風谷先輩からもらった資料には……詳しい記録の方法は書かれてないか」
「一応、折り返しと合計値両方書いておこう。折り返しと合計値の間はスラッシュで区切って」
「おっけー。そうするー」
ひなはビスケットの箱を台にして資料にメモを取った。
図らずも違法ビスケットが役に立っている。
胸ポケットからチョコレートを取り出したところで彼女を催促する。
「こら、一旦お菓子はしまう。次は3階までいくよ」
「むー……あいあいさー」
「いち、に、さん、し、ご、ろく、なな、はち、きゅう……」
「あれー、センパイビスケット何枚食べたー?」
「えっ、さっきひなから貰った2枚だけだけど」
「な、なんですとー。センパイこれを見てくだされー食べた枚数が合いませぬー」
「まさかの別のところでオカルト現象が!?」
「このビスケット全部で12枚入りで、ひなが4枚食べてセンパイが2枚だから残りは6枚のはずなのに……」
「4枚になってるー! うわーん、おばけが出たんだー!」
突然ひながパニックに。階段を意味もなく上り下りする姿はことの重大さを物語っていた。
「ちょっとひな落ち着いて! 来る前に食べちゃったとかはないの!?」
「センパイ……ひなのこと馬鹿にしてるのー? 流石のひなでもそんなことは……」
「……さあセンパイ、調査を続けませうー」
「おい」
「あはー、センパイたち待ってるときにちょっと食べてたの忘れてたー」
「そんなバカな。気を取り直して……って、今何段まで登ったんだっけ。最初からやり直しか……」
「あはー、ごめんなさいー」
ちくしょう、気を取り直してもう一回だ。
*
「教室側2階から3階も26段」
「おっけー。ひなにおまかせー」
回数を数え終わったところでひなが記入。
この調子だと3階から4階も26になっていそうだ。
「次は最上階までね。最上階は3年生の階だからちょっと緊張するな……」
「ひなもそれ思うー。普段4階なんて行かないし、よそ者感あるかもー」
「確かによそ者って見方はかなりしっくりくるね。一年生の教室でも僕は緊張すると思うし、重要なのは上級生というより自分の所属しているスペースかどうかということで……」
「あっ、お菓子溢れちゃった」
「き、聞いてないし!」
「ほへんははーい」
いつの間にかひなはビスケットを頬張っていた。
せっかく色々話したのに……ちくしょう。
まあしかし、彼女のそんなマイペースなところが夜の学校の不気味さを中和してくれているのだろう。
おかげで今の所ホラー要素無しだ。
お詫びとばかりにひなはポケットからドレミのチョコレートを出してくれた。
その制服は異空間にでも繋がってるのか……?
気を取り直して調査再開。
「とにかく、数えるからひなも準備して」
「あいあいさー」
「いち、に、さん、し、ご、ろく、なな、はち、きゅう……」
「ちょいとお待ちよセンパイさんや。さっきチョコ何個あげたっけー?」
「え、チョコ? ええっと……3個だけど……」
「おっけーありがとー」
「そ、そう。それじゃあ続けるよ。よん、ご、ろく、なな、はち、きゅう……ってあれ?」
そこまで数えて僕は下を見る。明らかに9段目の高さじゃない。
「ちょいとお待ちよひなさんや」
「んー、なになにー?」
ひなは平静を装ってはいたが、どうにも口角が上がるのを隠しきれていない。
こ、こやつ確信犯である……
「こらこら『時そば』しない」
「えへへー、バレちゃったー。センパイ、1回目気づいてくれなかったから知らないのかと思ってたー」
「最初にビスケットの枚数聞いたのもそれだったの!? 」
わざとらしくリアクションを取ると、ひなは嬉しそうに階段を駆け上がって行ってしまった。
どうやら最初から揶揄われ続けていたらしい。
「センパイ早く早くー、ちゃっちゃと調査終わらせちゃおー」
4階からひながそう投げかける。静まり返った夜の校舎に彼女の声が響いた。
全く……大変な後輩を持ってしまったな。
「わかった、すぐ行く! もう邪魔しちゃダメだぞー」
「もう飽きたからしないー」
「酷い理由!」
センパイへの敬意とかはひなは持ち合わせていなそうだ。
まあ、敬われたりしてもこそばゆいのでこれでいいのだけど。
その後、ひなは宣言通り真面目に調査に協力をしてくれるのだった。
*
「終わったねー。階段上り下りでひなちょっと疲れたかもー」
「お疲れ様。無事に終わって本当によかったよ。調査結果はちゃんと取れてる?」
「もちろんー、はいセンパイ」
ひなからプリントを受け取り、内容を確認する。
「……うん。結局『おばけ階段』はなかったね。上りと下りで段数の変化はなしと」
「なんか残念。めぐちゃん先輩たちの方はどうなってるかなー」
「まあ、期待はしないでおこう。そもそも、七不思議なんてあるわけないんだから」
「あー、今の言葉めぐちゃん先輩が聞いたら悲しむぞー。ま、ひなも信じてないけどー」
「みんなのとこ戻りながら残りのお菓子食べちゃおうよ。はい先輩にはクッキー」
「本当にぽんぽん出てくるねお菓子」
「くくく……甘いねセンパイ。とくと見よー」
「そ、それは……コッペパン!? お菓子というかガッツリ食事!?」
「このために夜ご飯食べてきてないのだー。ふー、夜の学校で食べ歩き最高の気分かもー」
「本当に何しにきたんだこの後輩は……」
ホイップクリームといちごジャムの匂いを撒き散らしながら、僕らは待ち合わせ場所へと向かった。
若干トラブルはあったものの、僕らは無事に『おばけ階段』の調査を終えるのだった。
*
[部室棟]
「みんなおつ〜! お陰で文化祭の部誌まで一歩近づいたっしょ!」
「お疲れ様ですわ。こう言うこともたまには良いかもしれませんわね」
「初めて部活っぽいことしたよー。ちょっぴり楽しかったかもー」
「僕もなんだかんだで楽しかったです。夜の学校に来るってそうありませんし」
「3人ともよく分かってんじゃーん! 先生たちにお願いした甲斐があったぜ」
東風谷先輩はニシシと笑った。
当然だけど今日のセッティングは全て部長である先輩が行ってくれた。
楽しい時間をくれた先輩に感謝しないと。
「そんじゃ、活動も終わったところで早速帰ろっか。あゆむんの送迎もあるしね」
「非常にありがたいのですが先輩は逆方向ではありませんか。そこまでしていただけると少し申し訳なく思いますわ」
「いいってことよ! 今日の活動自体ウチの不手際が発端だしさ! ちょっと先行っててー。ウチは職員室で鍵返して来るから」
「分かりました、先輩」
「お先に失礼しますわね」
「しゅっぱーつ」
怪談調査用の懐中電灯で道を照らしながら僕たちは歩き出す。
こうして無事にオカルト部存続のための第1回七不思議調査は幕を閉じるのであった。
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