第8話

[部室]

 週明け1発目の部活動。当然のことながら僕らは東風谷先輩の元へ詰め寄った。

 

「東風谷先輩? 一体全体どういうことなのか説明していただけますでしょうか?」


「そうだそうだー! さっさと白状しろー!」


「ひええええ! ウチだって被害者なのにー!」


 部員たちの圧に東風谷先輩は両手を挙げて降伏のポーズ。

 先輩は目をくの字にさせながら必死に訴えた。


「一応先輩の言い分も聞いておこうよ、みんな」


「……ふん。それもそうですわね。今日のところは寛大な寛さんに免じてそうしましょう。寛だけに」


「あーそれセンパイ自己紹介で使ってたネタだー」


「あれは僕の持ちネタじゃない。ただの自己紹介だ。それで東風谷先輩、一から説明してもらえますか? どうして僕が入部したのにまだ廃部なんてことになってしまうのか」


「それは勿論っしょ。まずはこれを見てほしい」


 先輩は生徒手帳を胸ポケットから取り出した。

 

「ここには部活動が成立するための条件が書いてある。それは……なんかしらの『活動実績』があること、それに『部員が5名以上』いること」


「活動実績はなく、部員は寛さん、ひなさん、東風谷先輩とわたくし……オカルト部はどっちも満たしていませんわね」


「…………おっしゃる通りです」


「なんで敬語なんですか」


「……生徒会にも同様の内容で詰められたからです」


「既に指摘されていたんですね……」

 

「うーん、それにしてもあれですね。活動実績がないことは他にもオカルト部みたいな部活が乱立しているから見逃されていたとして、部員数はどうして今頃になって……」


「それに関しては生徒会のミス……というよりウチより上の先輩たちの所為。ウチらオカルト部は元々3人しか部員がいなかったわけじゃん? でもなんか部員登録自体は4人分あって、1人分傘増しされてたみたいなんだよ。寛の部員届けを出した後にそれが発覚してさ」


「傘増し……? 無関係の生徒を勝手に部員にしていたとかですか?」


「うんにゃ、二高に在籍すらしてない架空の生徒を入部させてたみたい。これが本当の幽霊部員〜なんつって」


「かなり悪質な不正をギャグにしないでくださいよ」


「…………おっしゃる通りです」


「これも言われたんですね」


「左様……ま、というわけで寛を入れても部員が足りなくなっちゃったからこのままだと廃部に戻っちゃうってわけよ」


 東風谷先輩は肩を竦めて演技がかった様子でそう言った。


「しかーし!」


「うわっ、いきなり大きい声出してなんですか!?」

 

「ウチは巧みな話術で生徒会と交渉をして、条件次第で廃部を回避できるってところまでこじつけたっしょ」


「土下座でもしましたわね?」


「……しました」


「素直でよろしい」


「とにかく! ウチらは部員数が足りない。実績もない……けどこの前までは、実績については部としての歴史も考慮して100歩譲って目を瞑るからせめて部員だけでも……って生徒会に言ってもらえていたわけだけど」


「え、それも初耳なんですが。西園寺さんたちは知ってたの?」

 

「ええ、知っていましたわ。かなりの温情ですわね」


「ひなは覚えてないー」


「部員が無理だということになれば話は1つだぜ! つまり……」


「実績を得るために今度の文化祭で部誌を作ることが決定しました。それとちょっとオマケみたいなやつもあるけど」


 先輩は急に大人しくなると真面目なトーンでそう言った。

 

「部誌……というとアレですよね。部で出す雑誌的な」


「それであってるっしょ。文芸部をイメージしてくれたら分かりやすいかな。部員が各々、詩とか小説とかを書いてきてそれを一冊の本にまとめる……それが部誌ね」


「ということはつまり、わたくしたちも小説をかけば廃部を免れるということですわね?」


「えー、ひな小説なんて書けないかもー。廃部だー」


「ちょっと待つんだ後輩たちよ。ウチらはオカルト部だよ。そうなると書くのは小説じゃない。書くのは当然……」


「オカルト記事さ!」


 東風谷先輩は声高にそう叫ぶ。

 冷蔵庫からお菓子を回収するひなの手が止まった。


「ウチらオカルト部は今度の文化祭でオカルト記事をまとめた部誌を作るっしょ! 内容は……『学校の七不思議』! 1番調査もしやすくて、1番興味持ってもらえそうじゃん?」


 学校の七不思議といえばかなり有名なオカルトだ。


 トイレの花子さん、音楽室のピアノやベートヴェン、動く二宮金次郎像……誰しも一度は耳にしたことがあるはずだ。

 

「調査と言いましても、どのように行いますの? わたくしとしてはアンケート調査などが簡単で良いと思いますわ」


「ひなもそれがいいー」

 

「いーや、ウチはそんなしょぼいことはしないね。だから生徒会に言ってやったっしょ。放課後暗くなってから『七不思議を実際に調査して真相を突き止めてやる』って!」


 先輩はキメ顔でそう言った。


「学校の七不思議の調査……いいですね! なんだか面白そうじゃないですか!」


「でしょでしょ〜! 寛は分かってるなぁ〜! 1ロウちゃんを進呈します」


『おめでと〜』


「あ、ありがとうございます」


 ロウちゃんとは東風谷先輩が趣味で作っている藁人形のことだ。キャラクターボイスは裏声の東風谷先輩が担当。

 先輩はこの部では唯一まともにオカルト部っぽい活動をしている。


「暗くなってから学校を調査ですか……そんなこと学校が許可しないのでは……?」


「大丈夫大丈夫、ちゃんと許可は貰えたっしょ! そもそも先生たち毎日10時くらいまでがっこいるし」


「あはー、それもそうかもね〜」


「ぐぬぬ……ブラック職場が仇になりましたわね……」


「えーっと、あゆむんもしかして……怖い?」


「そ、そんなわけありませんわ! 私はただ……家族が心配するのであまり遅いのはよろしくないのかと思っただけです」

 

「あー、確かにそれもそうかー。仕方ないね。できれば一緒に活動したかったけど、難しそうだったらちゃんと言ってね? あゆむんの分までウチら頑張るから!」


「そうですね。西園寺さん、無理しなくていいからね。ほら、ひなもいるし人数は大丈夫」


「えー、ひなもやるのー」


「ひなは夜遅くでも大丈夫でしょ。夜コンビニを彷徨いてるくらいだし」


「あはー、センパイに夜の買い出し見られてたんだったー」


「さ、最善を尽くしますわ。みなさん頑張りましょう」


 ギュッと拳を握って西園寺さんは気合いを入れていた。


 西園寺さんの家、大きかったし夜遅く出歩くのとか厳しいんだろうなぁ。

 上手くお家の人を説得できるといいんだけど。


「そんじゃ今日は何しよっか。無難にトランプでもしようかねー」


「意義なしー。ひなお菓子食べよー」


「それで構いませんわ。今日は七並べがしたいですわね」


「僕もそれでいいよ」


「おっけー、じゃあ配るぜ〜。あ、なんか適当にアニメとか流しとくね」


 こうして僕らは通常通りの部活に戻る。

 廃部の危機にあるというのに、今日もオカルト部は呑気なものだった。

 

   

「そろそろ時間ですわ。今日は早く帰らないといけませんので、ここで失礼します」


「お稽古だっけ。あゆむん頑張ってねー」


「ありがとうございます。寛さん、日南田さんもまた明日ですわ」

 

「また明日、西園寺さん」


「じゃねー」


 西園寺さんは手短に支度を済ますとそそくさと部室を出て行った。

 

「さて、そろそろ僕らも帰ろうかな」


「そうだねー、センパイ帰ろー」


「待つんだひなちゃん! 実はちょっと寛に用事があるんだ。今日のところはウチに寛を貸してクレメンス」


「クレメンス……?」


「もー今日だけだよー。センパイはひなのお気に入りなんだからー」


「僕はぬいぐるみか何かか!?」


 テーブルの上のクッキーをひとつまみするとひなはそのまま部室を出て行った。


 *

 

 部室に2人きりになったところで、東風谷先輩はソファーに腰掛けスクールバッグを開けた。

 中から3枚の紙を取り出すと机に開く。

 

「その紙なんですか……って、中間試験の試験範囲じゃないですか」


「その通り。寛ももらった?」


「はい。先週もらいましたよ。確か中間試験は来週の火曜からでしたっけ。期間は4日間」


「知っているなら話は早い。近いうちに中間試験が行われる。そしてここにあるのは3学年分の試験範囲っしょ」


「この間、寛とTRPGしたじゃん? そのとき寛が計算してるの見て思ったんだけど……寛って勉強得意だよね?」


 そう聞かれ、僕はドキッとする。確かに勉強そこまで苦手ではない。

 だけど得意かと言われたら微妙なところだ。

 

「転校する前の高校、偏差値ここよりは高かったっしょ?」


「まあ……そうですね。でも55くらいでしたよ。そんなに高い高校じゃなかったです」

 

「おっけおっけ、十分高いよ。だってここ偏差値46だし」


「詳しく調べてなかったんですけど、それくらいだったんですね」


「寛ってあんまり偏差値とか気にしない感じなの? 普通転校するって言ったら気にするくない?」


「いやまあそれなりには気にしてましたよ。勉強ついていけるかな……とか少し不安はありましたし。元の高校より高いか低いか確認できればいいかなって」


「なんというかマイペースだなぁ寛は」


「無頓着とも言うかもしれません」


「ま、その話は置いておいて本題に入るよ」


 仕切り直すと東風谷先輩は中間テストの範囲表を指差す。


「西園寺さんたちにはまだ言っていないけど、実は廃部を逃れるためにもう一つ条件が課せられてるんだよね」


「条件ですか。活動実績以外に?」


「そう。心して聞くのだ若者よ」


「ゴクリ……」


 歳そんなに変わらないけど……

 

 東風谷先輩は十分にタメを作って、神妙な面持ちで続けた。

 

「そう。それは『オカルト部全員が赤点を取らないこと』」

  

「あ、赤点を取らないこと……? ああ、そう言うことですか」


 何か大層なことを言われるのかと思って緊張していた僕はホッと胸を撫で下ろす。

 

「つまり先輩は僕の成績が心配だったってことですね。多分試験は大丈夫ですよ。赤点は取らないと思います。授業内容も、すでに向こうの高校でやった内容でしたし」


「違うっしょ! 文脈で読み取って!文脈で!」


「ぶ、文脈……?」


「誰も寛の心配はしてないんだよ! 心配なのは……」


 東風谷先輩はそこで言いにくそうにして一度言葉を切る。


 流石の僕でもここまで言われて理解できないほど読解力がないわけではない。

 

「あっ……なるほど。東風谷先輩が心配なのはひなですね。ぽわぽわ〜ってしてますし、勉強とかあまり力入れてなさ」


「……いや、ひなちゃんは勿論だけど西園寺さんもなんだよね、これが」


「ええ!?」


 思わず声が出てしまった。

 

 西園寺さん、どう見ても頭いい系の顔してるのに! 学年一位とか取ってそうなのに!


「ひなちゃんは噂によると入試時の成績が学年最下位だったらしい。未知の力を秘めているよ」


「それは秘めていないと言うのではないですかね!?」

 

「それとあゆむんは去年、生物と化学でオール赤点とか聞いてる。だから今年もかなり怪しい。それと数学は去年2回赤点を取ってるとか」


「う、嘘だろ西園寺さん……」


「と言うわけでウチらオカルト部は実は結構成績不振者が多く集まっている状況にあるっしょ」


「知りたくなかった事実!」

 

「流石に部員が足りないのは生徒会の権限だけでどうにもならない事態だったみたいでさ、生徒会がオカルト部の処遇について先生に相談しに行ったらこの『オカルト部全員が赤点を取らない』という条件を付け加えられちゃったみたいなんだよね」


「なるほど……そういうことだったんですね……」


 部活動において部員の人数というのはかなり重要な要素だ。


 活動実績も重要ではあると思うけど、9人揃っているが万年一回戦落ちの野球部と1人しかいないが全国大会に出場している射撃部があったとして、射撃部がたくさんの部費をもらうべきかと言われるとそれは否だと思う。


 何故なら部費はその高校の生徒が活動するために配られるものだからだ。弱いからと言って前者の野球部が活動できなくなるのは不健全だ。


 まあオカルト部はその活動すらしていないんだけど。

 

「というわけで、話は分かったっしょ? ひなちゃんたちの赤点を回避するためにも……寛、ウチに力を貸して欲しい」


「……わかりました、先輩。彼女たちに勉強を教えればいいんですね」


「そういうこと! 話が早くて助かるっしょ〜! さんくすさんくす、一年生の試験範囲渡しておくね」


「ありがとうございます」


 試験範囲に目を通す。一年生といっても忘れている部分もあるし、家に帰ったら復習しておこう。

 

「よーし、これで話は以上! オカルト調査の1回目が終わってから中間試験まで、ウチらオカルト部はトランプを筆記用具に映画を勉強解説動画に持ち替えて活動していくぜ!」


「相変わらずオカルト要素はゼロですね」


「そこは活動実績の方でなんとかするから大丈夫! オカルト部は本日より生まれ変わる……ウチはここに『オカルト補習部』の設立を宣言するっしょ! ほらっ、寛も盛り上がって!」


「お、おー?」


 東風谷先輩の謎のハイテンションに乗せられるまま僕は万歳するのだった。



「はーい、そんじゃ部室閉めるよー」


「あ、ちょっと待ってください。今片付けます」


 下校時刻はもう過ぎている。部室棟にもそろそろ先生の巡回が来てもおかしくない。


 支度を手短に済まして部室を出ると、先輩は部室を閉めた。


 いつも通り、先輩は友達を待たしているらしい。先輩は見た目通り友達がたくさんいるとかなんとか。


 部室の鍵を指でクルクルと回しながら職員室へと歩いていく。途中、先輩はこちらを振り向きニカっと笑う。

 

「ということだからよろしくね、寛。オカルト部の未来はウチらの指導にかかってるっしょ!」

 

「了解です。ちゃんと復習しておきますね」


「ところで一応確認なんですけど、先輩は赤点とかは大丈夫……なんですよね?」


 僕は恐る恐る聞く。


 東風谷先輩は少し驚いた様子だった──まるでそんなことを聞かれるのは初めてと言わんばかりに。


 彼女は悪戯っぽく笑みを浮かべたあと、ポケットから眼鐘を取り出した。


「大丈夫──だってウチ、一位しか取ったことないから」


 斜陽が先輩を包み込む。そこには普段頼りない彼女の姿はなかった。


 人は見た目に依らない、それが今日1番の教訓だった。

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