第7話


「脱出おめでとう、みんな! 結構時間かかったね」

 

「お疲れ様でしたわ。始めたのが1時ごろですから……およそ3時間はやっていましたわね」


「でも楽しかったかもー。長いゲームってー、平日できないしー」


「うん。その通りだね初めてでしたけど、すごく楽しかったです。東風谷先輩、進行役ありがとうございました」


「いいってことよ。ウチも進行やりたくてシナリオ読んできたんだからさ」


 東風谷先輩は嬉しそうにそう言った。

 ゲームの性質上、進行役は退屈だったりするのかなと少し心配していたのだけど、先輩は先輩で楽しかったようで安心した。


 僕は軽く伸びをする。

 3時間にもかけてぶっ続けでゲームをしていたので結構疲れた。

 

「さてさて、ゲームも一段落ついたし休憩にしようか」


「そうですね。こんなに長時間ゲームすることないので僕も疲れちゃいました」

 

「そうしよー。ひなお菓子食べたいー」


「ゲーム中も食べてたでしょ」


「えへへー」


「同意ですわ。それではわたくしお手洗いに行ってきますわ」


「あっ、僕もお手洗い借りていいかな」


「ええ、来客用は部屋を出て右ですわ」


「分かった。ありがとう」


 [西園寺さんの家:廊下]

 

 部屋を出て、僕は右、西園寺さんは左の道を進む。


 右に曲がってから突き当たりで左右を見るとトイレのマークが見えた。

 よしあそこだな。


 というか家の中でどうしてトイレマークがあるんだ……ご丁寧に男女のマークついてるし。

 

 家庭内トイレの常識が覆られつつも用を足すと、そのまま来た道を戻った。


 [西園寺さんの家:客室]


「ただいまです」


「おっすおかえりー」


「ほはへひははー」


「ひな、みんなの分のお菓子も残しておいてよ……?」


「わかったー」

 

「西園寺さんはまだ戻ってない感じですか?」


「そだね。うーんウチもトイレ行こうかな」


「あ、了解しました。西園寺さん戻ってきたら先輩がトイレ行ってること伝えておきますね」


「おっけー、ありがと。そんじゃ行ってくるわー」


 サバサバとした口調で先輩は客室を出ていった。


 部屋に残された僕は机の上にあるチョコレートを1ついただく。

 チョコレートって色々種類があるけど、僕は音符が書かれたこのチョコが結構好きだ。


 あまり上品な味とは言い難いけど、それがまたいい。


 1個2個とチョコレートを口に運んでいると、ひなが肩を叩く。

 

「センパイくんセンパイくん、今日もひながお菓子の美味しい食べ方を教えてしんぜようー」


「出たな妖怪御菓子童子。ノイチゴの次は何をするつもりだ」


「座敷童子みたいに言わないでー。それよりセンパイはいこれ」


「……チョコレートだね」


「これを……こうしますー」


 ひなは音符のチョコレートを手のひらで包む。

 ギュー、ギューと固くそれを握った。


「そんなことしたらチョコが溶けちゃうんじゃ……」

 

 数秒の間ひなはチョコを握り続ける。

 手を開くと、案の定チョコレートは軽く溶けてしまっていた。


「ふふふ……ひなは体温高い方だからこのようにチョコがすぐに溶けるのだー。そして……」


「ご、ゴクリ……」


 包みを丁寧に剥がし溶けたチョコをテーブルに広げる。

 さらにひなは空いた手で塩味のポテトチップスを手に取った。

 

「なんだと!? ま、まさかそのポテチをチョコへ……!?」

 

「ふふふ……ご名答。ポテチのチョコフォンデュの完成ー。うーん、美味しいー。

 ほら、センパイもつけていいよー」


「い、いいの!? じゃあお言葉に甘えて……」


 我慢できなくなった僕は彼女と同じようにポテチをひとつまみ。

 溶けたチョコレートへとそれをダイブさせた。

 

「お、美味しい! ポテチの塩味がチョコの甘さを引き立てて……なんだこれ! このまま商品化されててもおかしくない味だ!」


「そうでしょー。ひなもこれお気に入りー」


 彼女は嬉しそうにしながらポテチを口へと運んでいく。

 チョコがなくなると再び手のひらで温めて……食べては温めて……


 そんなことをしていると東風谷先輩がトイレから帰ってきた。


「ただいまーって何やってるの君たち」


「あっ、先輩。ひなの考案で簡易チョコフォンデュをやってるんです」


「何その美味しそうな食べ方!?」

 

「めぐちゃん先輩も食べるー?」

 

「食べる食べるー!」


 東風谷先輩は僕らの同じようにポテトチップスを一口……


「めっちゃ美味しいじゃんこれ! 先輩に内緒でこんなもの食べるなんて〜ウチもたくさん食べちゃお!」


「あはは……西園寺さんの分も残しておきましょう、先輩」


「それもそうだね! ……ってあゆむんは何処? トイレからまだ帰ってきてないの?」


「そういえば帰って来てませんね。だよね、ひな」


「そうだねー。大きい方なんじゃないのー?」


「……にしてもトイレに行ってからもう15分は経つんだよ? もしかしてあゆむんの身に何かが……!」


「た、確かにトイレにしては長すぎもしますね。ちょっと探して来ますよ」


「よし、頼んだよ寛。ウチたちがお菓子食べ切る前にあゆむんを見つけてくるんだ」


「ちょっとは残しておいてくださいね!?」


 東風谷先輩はああ言っているが、中身は結構真面目なのは分かっている。

 冗談……冗談のはずだ。……そうだよね先輩?


 先輩が両手にお菓子を持ち無双モードに入ったのに目を瞑りながら僕は部屋を後にした。


 さて、確か西園寺さんは部屋を出て左に行ったんだった。

 トイレまでの道のりはどうなってるのかわからないけど、まあなんとかなるだろう。


 分かれ道が来るたびにどちらに行くべきかをさっきゲームで使ったダイスアプリで決めて歩いていく。


 しばらく歩いたところで、部屋のふすまが開いた部屋を見つけた。


「ん、あそこだけ開いてる。西園寺さんいるかな」


「西園寺さんいるー? 西園寺さんー?」


 彼女の名前を呼びながら中を覗いてみると…… 


[イベントスチル:お家で迷子?]


「な、なんだこのピンクの部屋は……」


 そこはフリルのついた可愛らしい洋服が壁にかけられたお姫様が住んでいるのかというような部屋だった。


 他の部屋は全て畳だけど、この部屋はフローリング。

 違和感を感じるほどに、徹底して和の要素が部屋から排除されていた。

 

 部屋の中心には西園寺さんがいて、床に置いたスマホと睨めっこ。

 西園寺さんは僕に気がつくと、真っ赤に茹で上がった。

 

「か、か、か、寛さん!? どうしてここに!?」

 

「え、ええっと……す、すごいね。あんまり詳しくないんだけど、こういうのロリータ系?っていうんだよね」


「そ、そうですわね……」


「ま、まあ洋服の趣味は人それぞれだから。あんまりバレたくないって気持ちはわかるけど」


 家は厳かな日本家屋だったし、立ち振る舞いも丁寧で大和撫子ってイメージを西園寺さんに抱いていた。

 しかし蓋を開けてみれば彼女の中身は洋風な可愛らしい洋服が好きな少女だったのだ。


「……このことはご内密に」


「うん、わかったよ」

 

「……に、にしても驚いたよ。西園寺さん普段のイメージと全然違うんだね」


「そうですわね。お母様たちにも昔からそう言われていましたわ。歩夢は洋服の趣味が普通の子と違う、と」


「あはは、確かにそうかも。ロリータ系の服で外で歩いてる人ってそうそういないからね」


「まあでも、変わってはいるだろうけど規制されてるわけじゃないから。ちゃんとこれが好きだって自分を持っていることはいいことだと僕は思うよ」


 自分自身に問いかけるように僕は言った。


 僕はこれと言って趣味らしい趣味もない。大体なんでも好きだし、大体なんでも楽しめる。

 自分はこれが好きなんだ!って熱量を持っている西園寺さんに少し感心していた。


「ところで、西園寺さんはここで何しているの? あんまり遅いから心配したよ」


「そ、それは……その……そうですわ。ちょっとお色直しを」


「ああ、そういうことね。これから着替えるつもりだったんだ。それじゃあ僕は先に戻っているよ」


「いえ! ちょっと! 違います! ちょっとお待ちください!」


 西園寺さんは焦りながら僕の服の裾を掴む。


「ええっと……その……あのですね……」


 彼女は赤面したままモジモジとする。


「…………ないのです……」


「ん、なんて?」


「……どれないのです」


「もう一声」


「だから、戻れないのです! 戻り方が分からないからわたくしは今こうしてアプリを開いているのですわ!」


「あ、アプリ……?」


 見ると西園寺さんのスマホには地図アプリが開かれた状態だった。


 なぜ地図アプリ? それも家の中で……?


 いくつかの可能性を考えた結果、僕の脳はあまり考えたくない結論を導き出した。


「もしかして……西園寺さん迷子になった?」


「……そうですわ」


「家の中で?」


「……そう言っていますの」


「自分の家なのに?」


「その通りですわよ! わたくしは自分の家で! その家の中で! 迷子になってしまいましたの! そういうことなんですの!」


 西園寺さんは涙を浮かべながら必死の表情でそう言った。


 なんということだ……自分の家で迷子になる人間がこの世にいただなんて……

 しかも家の中を地図アプリで調べようとしてるし……


「わたくし昔から方向音痴だったのです……」


「にしても家の中で迷子だなんて」


「近くの公園に遊びに行って帰り道がわからなくて補導されたこともありますわ」


「まさかの過去!」


「それで心配したお母様たちが学校へは送迎してくれるようになったのです」


「お嬢様生活は方向音痴が発端だったの!? なにそれ!」


「何笑っているのですか! わたくしは真面目な話をしているのですわ!」


「すいません」


「よろしい」

  

「なんで僕は怒られてるんだ……まあともかく、事情は分かったよ。

 流石に家で迷子はみんなに知られてくないよね」


「勿論ですわ。ですから寛さん何かいいアイデアを出してください」


「えええ……でもそうだね。西園寺さん、流石に自分の部屋からなら普段の使ってる場所に行って戻ってくることができる?」


「それは当然ですわ。寛さんはわたくしをバカにしていますの?」


「随分な強気! まあとにかく、キッチンから何かお菓子とか食べ物を持ってきてよ。そうしたら、お菓子の準備で遅れたと言えるから」


「それは名案ですわ! 探しにきたのが寛さんで本当によかった!」


「それはどうも。ほら、早く取りに行って。流石に20分超えたら不審すぎるし。僕はここで待っているから、合流したら一緒に戻ろう」


「わかりましたわ!」


 西園寺さんはそうしてバタバタと部屋を出ていくのだった。


 *


[西園寺さんの家:客室]

 

「皆さんお待たせしましたわ。追加のお菓子を持ってくるのに手間取りましたの」


「おかえりー心配したよー。うひょー、栗羊羹だー! ウチ羊羹結構好きなんだよねー」


「ひなも好きー。甘いものは全部」


「ストライクゾーンが広すぎる」


「さあさ皆さん召し上がってください。ポテチの追加も持ってきましたわよ」


「はい、これです」


「チョコフォンデュやり放題じゃん! 行くぞひなちゃん!」


「おー」 


「チョコフォンデュ……?」

  

 雑談をこなしつつ、僕は心の中でガッツポーズ。

 よし、違和感なく部屋に戻ってくることができた。


 西園寺さんに目配せすると彼女は優しい目で僕に笑いかけた。

 

 新しくやってきたお菓子を食べながら、僕たちは先ほどやったTRPGの感想で盛り上がるのだった。


 *


「あー、楽しかった! 時間も時間だし、今日はここまでかなー」


 東風谷先輩がパンと手を叩きそう言う。


 時間を確認するともう18時だった。

 そろそろ日が落ちてきてもおかしくない。


「そうですね。今日は僕のためにこんな会を開いてくれて、本当にありがとうございました」


「そこまで畏まることはありませんわ」


「あゆむんの言う通りっしょ。ウチらもすっごく楽しかったし!」


「ひなもたくさんお菓子食べれてよかったー」


「それに、ここらは遊ぶ場所も少ないからさ。何かにつけてイベントをしたくなっちゃうんだよ。だから寧ろこっちが寛に感謝しているんだぜ?」


「その通りですわね。それに、寛さんが来てくれたことでオカルト部の廃部も免れました。そういう意味では二重の功績がありますわ」


「救世主センパイー、ひなにお菓子を恵んでくれでありがとうー」


「みんな……はい! ありがとうございます! これからもよろしくお願いします!」


 僕がお辞儀をするとみんなから拍手が送られる。

  

「よーし! みんな手を重ねるっしょ!」


「あー、運動部のやつだー」


「さあ寛さんも」


「なぜに円陣?」


 そうして僕らは輪になって手を重ねる。


「それじゃあ、寛の入部を祝して! いっちょ盛り上げて締めるっしょ!」

 

「これからもいっぱい部活を楽しむぞー!」


「おー!」


「オカルト部の活動頑張るぞー!」


「おー」


「どんな困難も乗り越えるぞー!」


「お、おー?」

  

「いくぞオカルト部! 負けるなオカルト部! ウチらの居場所はウチらが守るっしょー!」


「え、なんですかその不穏な台詞は」


「めぐちゃん先輩……怪しい……」


「東風谷先輩、何かわたくしたちに隠し事をしているのではなくて?」


 3人に詰め寄られ東風屋先輩はジリジリと後退り。

 バツの悪そうな表情で言葉を返した。

 

「えーっとだね……まあなんというか色々あって……」


「このままだとやっぱり廃部になることになったから! それじゃあまた来週!」


「あっ、逃げるな!」


 その初速はまさに草食動物。文字通り脱兎の如く逃げ出した。

 こうして僕のオカルト部入部祝いは少々波乱を残したまま幕を閉じるのだった。

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