第6話

<チャイム>


 終業のチャイムが鳴る。それと同時に級友たちは騒々しく教室を飛び出していく。


 最初の数日間は転校生という立場が珍しいということもあって、授業の合間の休憩はクラスメイトに都会について尋問を受けていた僕。

 流石に飽きが来たみたいで昨日今日は休み時間の度に囲まれるということはなくなっていた。

 

「相変わらずみんな元気だね。そこまで急がなくてもいいのに」


「今日は金曜日ですから、1週間が終わって皆さんはしゃいでいるのですわ。寛さんも週末は楽しい気持ちにはなりませんこと?」


「確かに明日から休みだと思うとテンションは上がるかもね。週末何しようかな」


  西園寺さんのいうことは一理ある。

 

 転校して約1週間が経ち、初めての週末だ。

 何をしようかと言ったものの、すべきことは色々とある。


 1番しないといけないのは買い物だ。平日食材を買いに行くのは中々に面倒そうだし、休日にできればやっておきたい。

 買い物を忘れたら、それこそひなの様に野草を帰り道で調達するしかない。それはあまりにワイルドすぎる。


 すべきことは簡単に見つかると言うのに『したいこと』となると話がまた変わってくる。

 僕は自由になればなるほど不自由になってしまうのかもしれない。


「そうですわ。週末お暇でしたら、わたくしのお家にいらっしゃいませんか?」


「西園寺さんの家に? いいの?」


「ええ、もちろんですわ。わたくしが誘っているのですから」


「じゃあ遊びに行こうかな。それにしてもいきなりだね。何かしたいことでもあるの?」


「あら、休日に友人を家に招くのに理由など必要でしょうか? そのような交友関係をお持ちしたことがなくて?」


「言い方がキツすぎない!? 僕にだってそういう友人の1人や2人いたよ」


「冗談ですわ。とにかく決まりですわね。明日はわたくしの家に集合ですわ」

  


 [西園寺さんの家:外]


 次の日。


 僕は西園寺さんに言われた通り、彼女の家に遊びに行くこととなった。 


 彼女の家に着くと最初に僕を待ち受けていたのは巨大な門だった。

 そのあまりの迫力に、僕はゴクリと唾を飲んだ。

 

 僕は、西園寺さんはなんだかお嬢様っぽいというイメージを勝手に持っていた。しかしそのイメージというものは現実のものだったらしい。


 周りにこの家以上に立派な家がないので、彼女はおそらくこの辺りの地主なんだろう。

  

「あー、センパイ緊張してるー。分かるよー。ひなも最初来たとき驚いたもんー」


 当然のように僕の横にいるひなは僕の脇を突きながらそう言った。


 僕は西園寺さんに遊びに誘われたわけだけど、昨日あの後部室に行ったらトントン拍子に話が進み4人で遊ぶことになった。 

 個人的には2人きりで遊ぶというのは会話が持つのかとかの不安があったからありがたい。

 

「そ、そりゃあそうだよ。こんなに大きい家にお邪魔することなんて……これまで数回あったかなかったかくらいだから」


 記憶を手繰り寄せてみても、おそらく一回か二回。

 ちょうど西園寺さんの家くらいの大きさのお家にお邪魔したことがある。


 小学生の頃の記憶なので曖昧だけど、白結にいた頃だったと思う。

 誰の家だったかなぁ……忘れてしまった。


「というか、ひなも東風谷先輩も一緒に遊ぶなら部室でもよかったんじゃ」


「まあまあー。たまには部室以外も良いではないかー。それに土日は先生少なくて鍵借りるの面倒だしー」


「ああ、そういう理由もあるのね。納得納得」


 そんな話をしていると、門が開き中から西園寺さんが現れる。

 休日だというのに、いつも通りの制服姿だ。

 

「お二方ともいらっしゃいませ。もう東風谷先輩は到着していますわ。上がってくださいませ」


「うん。それじゃあお邪魔します」


「おじゃっすー」


「何その省略!?」

 

 

 [西園寺さんの家:中]


 門をくぐるとそこには立派な庭が広がっていた。

 一家庭が持つ大きさではないそれは、彼女がかなりのお嬢様であることを示している。


「それにしても西園寺さんの家、大きいね。どれくらいの広さなのこれ」


「おおよそ東京ドーム1つ分くらいですわね」


「もっとよく分からない例え来た……広さの表現で東京ドームってよく出るけど、実際のところ何平方キロメートルくらいなんだっけ」


「知りませんわ。わたくし、東京ドームには行ったことありませんもの」


「さっきの発言は何故!?」


「適当に言いましたわ。テレビでよくやっているのを見たことがありましたので、使い所かなと」


「ま、まあ気持ちは分からなくもない……」


「そうでしょう。それで敷地の大きさですが、具体的な数字で出すのは難しいですわ。ただ、一軒家が20以上入る程度の大きさだと思って下さればよろしいかと。」


「20軒!? その規模はもう家じゃなくて地区だね。住所とかも複数あったり……」


「当然ありますわ。アパートやマンションだって一つの建物に複数の住所があるではありませんか。それが一軒家に置き換わっただけですわ」


「スケールがでかい」

 

 説明を受けながら僕らは雰囲気のある優美な庭を歩いていく。

 もう時期的に桜は散ってしまっているようだったが、真っ赤な薔薇が至る所に咲いていた。

 

 大きく迂回するように50メートルほど歩いたところで、一軒の日本家屋が現れた。


「ここですわ。入りますわよ」

 

  *

 

 [西園寺さんの家:玄関] 


 玄関をくぐるとツヤのある木製の廊下が目の前に広がっていた。

 奥の方が暗くなって見にくくなるほどに長い廊下に僕は初っ端から圧倒されていた。

 

 隣に目をやると下駄箱の上にはクマの置物が置かれている。

 お金持ちの家によくあるイメージがあるけどまさか本当にあるとは。ベタすぎだ。


 家の中の様子を観察をしていると、フッと椿の香りが鼻を撫でる。

 そういえば初めて西園寺さんに会った時にもこの匂いがしたっけ。なるほどお家全体がこの匂いなんだ。

 

「靴はこちらでお脱ぎください。家の中は広いですから、迷子にならないように注意してくださいね。お手を繋ぎましょうか?」


「流石にそこまではいいかな!? って何このデジャブ……というか家の中で迷子にはならないから大丈夫」


「ふふふ、いらぬ心配でしたね。わたくしに着いてきてください。ほら、ひなさんも行きますわよ」


「はーい」

 

 見るとひなはクマの置物の前にお饅頭をお供えしていた。

 な、何してるんだ……?

 

 *


 [西園寺さんの家:客室]


 西園寺さんの後ろについてしばらく歩くと客室に到着した。

 部屋の中ではすでに東風谷先輩がいてテレビでお昼の番組を見ていた。


「おっすー。ひなちゃんと寛も遅かったね。危うく干からびてミイラになるところだったぜー」


「時間通りですよ。それと、ジュース飲みながら干からびるわけないじゃないですか」


「そもそも人間が干からびるのはそう生半可ではありませんわよ、1ヶ月以上は要しますわ」


「そんな細かいところにツッコまないでー!」


「あー、めぐちゃん先輩お菓子独り占めずるーい。ひなも食べるー」


「……まあひなは通常運転か」 


「ひなちゃんらしいね。ともかく、冗談はそこまでにしてそろそろ始めるよ〜」


 東風谷先輩は両手をブンブンと振って顔を赤くした。

 

「それもそうですね。……というか今日は何をするんですか?」 

 

 僕は首を傾げた。


 今週オカルト部としてやったことといえば、ポーカー、大富豪に人狼ゲーム、映画鑑賞……それくらいだ。

 この流れで行くと今日あたりは人生ゲームとかのボードゲームかな。


 そんなことを考えてワクワクしていると途端に視界が暗くなる。


 *

 

「っ!? な、なに!?」


 背後から袋のような物が被されたことを瞬時に理解した。

 理解はしたけど対応が間に合わない。今度は腕が縛られてしまった。


「ちょっと、ちょっと! 何してるの!」


「寛さん、暴れないでください。怪我をしてしまいますわ」


「暴れんなよ……暴れんなよ……」

 

「そんなこと言われても抵抗しますって!」


「よしひなちゃん。寛のこと押さえつけちゃって」


「おっけー。ひなにお任せー」


「重い! 重いからやめて!」


「……むー」


 背中にかかる圧が強まる。

 ま、まずい……女の子に重いは禁句だった。


「センパイ、ひなの体重はりんご3個分なんだよー。はい、復唱ー」


「そんなメルヘンなマスコットキャラみたいな……」


「はい、復唱ー」

 

「……ひ、ひなの体重はりんご3個分です」


「それでよろしいー」 

 

 ひなの静かな圧によって僕はついに抵抗する意志を失う。

 随分と重いりんごを背中に乗せたまま、僕は袋の外に耳を傾けた。


 何やらゴソゴソと音が聞こえる。それに足音も。

 何かを準備している……?


 ひなの温もりを感じること数分。

 ついに腕の拘束が解かれた。


「今日のところはここまでにしてやろうー」


「お待たせしました、寛さん」

 

「準備できた! もう袋とっていいよ」

 

「もうなんなんですか一体……」

 

 空いた両手で顔にかけられた袋を取る。

 暗闇の中にいたせいで幾分眩しく感じる外界は……


[西園寺さんの家:客室:垂れ幕付き]


「「「ようこそオカルト部へ!」」」


 3人は息を揃えてそう言った。

 見ると先ほどまで質素な内装だった客室には垂れ幕がかかっており、他にも装飾が施されていた。


「そ、そういうことでしたか。歓迎会をするなら最初からそう言ってくれればいいじゃないですか」


「それじゃつまんないじゃん! サプライズは大切でしょ!?」


「その通りですわ。特に、わたくしたちオカルト部ように日々を怠惰に過ごしている者からしてみればサプライズはあって困ることはありません」


「あゆむんそれ普通に悪口じゃね!?」


「まあでもー、ひなたちが怠惰なのはその通りかもー」


「ひ、ひなちゃんまで……! うちはもっとちゃんとオカルトについて語り合いたいのに! ちゃんと活動したいのに!」


「戯言はそこまでにして早速始めましょう。せっかく冷蔵庫から出したばかりのロールケーキがぬるくなってしまいますわ」


「ぐぬぬ……まあいっか。とにかく今日は寛の入部祝いってことでいつもより豪華に宴だぜ」


 東風谷先輩はニシシと笑う。


 ロールケーキにポテトチップスが3種類とその他スナック菓子が数種、それにバケットには個包装のチョコが山盛りだ。

 ジュースもオレンジジュース、コーラ、いちごミルク、お茶と謎に揃いがいい。

  

 彼女の言う通り、今日は普段よりもお菓子のチョイスが豪華になっているようだ。


「それじゃあ早速乾杯しよ! 寛は何飲む?」

  

「うーん、いちごミルクでお願いします」


 僕は無難にいちごミルクをチョイス。そういえば、白結に戻ってきたときにも自販機でいちごミルクを飲んだっけ。

 案外僕はいちごミルクが好きなのかもしれない。

 

「ひなはオレンジジュースがいいー」


「わたくしはお茶がいいですわね」


「ウチはもちろんコーラ!」


「全員バラバラだ……というかジュースのチョイスこれ3人がそれぞれ好きなの選んだ感じですか」


「そうだよー。午前中にスーパーで買ってきたー」

 

「そうなんだ。じゃあいちごミルクはどうして? まさか僕がこれを選ぶことを予期して……!」


「いいやちがうちがう! そんなことないって! でもあれ? なんでいちごミルク買ったんだっけ。誰が入れた?」


「ひなちがうー」


「わたくしですわ。何故……と言われても困りますわね。気付いたら入れていたと言うのが正しい……もしやわたくし、潜在的にいちごミルクを欲していたんですの!?」


「ごくり……なんかコックリさんみたいで面白くなってきたっしょ……!」


「急にオカルト展開に!? 多分あれじゃないですか? ほら、飲み物のチョイスを見た時にミルク系がないので」


「……なるほど、確かにそれかもしれませんわね。もしかして寛さん買い出しに行った時に一緒にいました?」


「いるわけないでしょ。それだとサプライズじゃなくなっちゃうよ。頭に袋被せられただけの人になっちゃうよ」


「はー、寛の言う通りかもね。もしウチがオレンジ、コーラ、お茶以外でなんか買えって言われたら多分ミルクティー買うもん。寛の好みがわからないし」


「……と言うわけです。これはオカルト的な話ではないですね」


「その発言はオカルト部的にはよろしくないっしょ……」

 

 東風谷先輩はがっかりと肩を落とした。


 これではいつまで経っても歓迎会が始まらない。

 ひななんか痺れを切らしてすでにポテチのカスをほっぺにつけている。


 仕方なく僕は無理やり全員に飲み物を注ぐと、コップを持ち上げる。


「ええっと、とにかく始めましょう! ……乾杯!」


「乾杯ですわ」

 

「かんはー」

 

「う、ウチのセリフ取られた……」

 

 こうして僕のために開いてくれた歓迎会は、僕の合図によってスタートするのだった。


 *


 [西園寺さんの家:客室]


「城の分厚くて重たい扉を開けると、そこは裁判所になていました。後ろを振り返るともう扉はありません」


「1階には陪審員がわりの動物やトランプたちが立ち並び、有罪と書かれたプレートを持って一歩、また一歩と詰め寄ってきています。

そして、2階には裁判官である赤の女王が憎たらしげにこちらを見ていました」

 

「赤の女王は興奮する動物たちを一度収めると「やっと来たわねアリス! 待ちに待った処刑の時間よ! お前たちあやつらの首を切れ!」と声高に叫びます。

彼女の号令と共に、動物やトランプ兵が彼女たちに襲いかかってきました」


「ここから赤の女王との戦闘に突入ね。戦闘はターン制で……行動順は寛、あゆむん、赤の女王、ひなちゃんの順番で。描写的にトランプ兵はたくさんいるようだから、彼らは倒すことはできず、3人が行動を終えたところで全体に援護射撃を行うということでよろしく〜」


 東風谷先輩は芝居がかった声をやめて、いつもの調子で進行をする。


 僕の歓迎会ということで始まった今日の集まり……普段じゃできないゲームをしようということで、

 東風谷先輩がテーブルトークロールプレイングゲーム──通称TRPGというゲームを持ってきてくれた。


 このゲームはその名の通りロールプレイングゲームをテーブルトーク……つまり口頭で行うというものらしい。

 進行役が必要なので東風谷先輩が進行役で、他の3人がプレイヤーだ。

 

 僕たちは今、不思議の国のアリスの世界っぽい雰囲気の物語の中に迷い込んだ異邦者。

 進行役が演じる本物のアリスと共に、不思議の国からの脱出を目標にロールプレイをしていた。

  

「ついに戦闘が来ましたわね。寛さんたちは戦闘能力はどのようになっていますか? 耐久力とダメージボーナスは」


「僕は耐久力が15でダメージボーナスは1d4だよ。西園寺さんたちはどうなってる?」


「わたくしは耐久が14で、ダメージボーナスはありませんわ」


「えっとー、ひなは耐久力が10で、ダメージボーナスはマイナス1d4って書いてあるよー」


「マイナス……ということは最悪ダメージが与えられない可能性がありますわね。寛さん、ここは2人で攻撃致しましょう」


「そんなまさか、ひなは完全にお荷物ってこと?」


「なんとー、ひなはこの戦についていけぬというのかー」


「そこは心配せずとも大丈夫ですわ。攻撃できずとも回復行動を行えます。日南田さんは回復をお願いします」


「よーし、ひなは今日からヒーラーになります。ちゃんと怪我してねー」


「その発言はヒーラーじゃなくない!?」


「準備はいいかな? じゃあ始めるよ!」


 *


 赤の女王との戦いが始まって4ターンが経った。


 西園寺さんの作戦通り、西園寺さんと僕が命中率の高いパンチで攻撃をして、ひなは回復に専念。

 一度西園寺さんが攻撃を外した事以外順調に進んでいて、与えたダメージは合計22。


 だがしかし、 

 

「寛さん、日南田さん、残りの体力はどれくらい残っています? わたくしは5ですわ」


「僕は残り4」


「ひなは1だよー。もう絶体絶命ー」


「なるほど、これまでの攻撃からトランプ兵からの援護射撃はおおよそ1か2のダメージ、赤の女王のダメージはブレがありますが最大で6まで出ています。このターンで仕留めきれないと、犠牲者が出ますわ」


「くっ……どうすれば……でもこうなったら攻撃するしかないよね」


「 その通りですわね……東風谷先輩、赤の女王の残り体力を教えてもらえたりはいたしませんの?」


 西園寺さんはそう提案すると、東風谷先輩は一瞬悩む。


「うーん、相手のステータス見るときは本当だったらなんらかの技能を使わないといけないんだけど……今回はウチが演じてたNPCが戦闘に参加してないからその子が手助けしてくれたってことにしよっかな」


「あ、そういえば先輩が演じてたキャラいましたね。というかそのNPCちゃんを戦闘に参加させるとかはできなかったんですか?」


「普通にできたよ。でもウチもゲームマスターするの初めてだから完全に戦闘に参加させるの忘れてたんだよね」


「ちょっと先輩!? もしかして僕たち若干縛りかけてゲームプレイしてた感じですか!?」


「そうなちゃうね。あはは…………すまん!!!!」


「これは東風谷先輩の責任は大きいですわよ」

  

「そうだーそうだー。ただでさえひなは戦力外なのにー」


「その抗議は悲しすぎないか……?」


「とにかく! ウチに不手際があったわけだけど、もう始めてしまったものは仕方ないの! とにかく残り体力だけは教えるからそれで頑張って!」


 東風谷先輩はやや強引にそう締めると、コホンと咳払い。

 ぐぬぬ……上手くかわされてしまった。


「それで、残りの体力は10ね。それじゃああゆむんのターン!」


「全く仕方がありませんわね。しかし、体力が明らかになったのは大きいですわよ」


「相手の体力は10……これってかなりマズいんじゃないの」


「ん? どういうことですの?」


 西園寺さんは首を傾げる。ひなも同様にこの状況の絶望さに気付いていないようだった。


「赤の女王が行動すればこっちの1人がやられちゃう。そうなると、女王が行動する前に僕たちは彼女を倒さないといけない」


「その通りですわね」


「女王の前に行動できるのは、西園寺さんと僕だけな訳で、これまで通り攻撃するとなると西園寺さんは3面ダイスを1回──1d3。僕は3面ダイス1回と、4面ダイスを1回──1d3+1d4の攻撃をすることになる」


「2人で10点を削り切るとなると、僕たちがそれぞれ最大の攻撃力を出せないいけないんだよ。西園寺さんが3点、僕が7点」


「た、確かに……その通りですわ! これは由々しき事態ですの」


「うわーん、ひなが行動する前に犠牲者が出ちゃうよー。ひななんて体力1だしー」


「ひなが攻撃されたら問答無用でやられちゃうね。そういえば、パンチ以外に攻撃方法があったよね」

 

「ええ、キックですわ。東風谷先輩、キックのダメージなどはどうなっていますの?」


「ちょっと待ってね」


 東風谷先輩はルールブックを確認する。僕は初めてこのゲームをやったけど、結構ルールが複雑みたいだ。

 先輩は必要なときに逐一分厚いルールブックを開いていた。

 

「ヒット確率は25%で威力は1d6──6面ダイスを1回分だってさ」


「ありがとうございます。なるほど……パンチは確率50%に威力は1d3だったから、単純な期待値だとパンチの方が高いわけか」


「ど、どういうことですの?」


「ひなもさっぱりなのだー」

 

「ほら、パンチは当たった場合の期待値は2で当たる確率が50%だから2で割って全体の期待値は1でしょ? キックは当たった場合の期待値は3.5だけど当たる確率は25%だから4で割って全体の期待値はえっと……ちょっと暗算苦手だからできないけど少なくとも1よりは小さくなる」


 僕がそう説明してはみるけど、2人はやっぱり首を傾げたままだった。

 ひなはまだ1年で確率を習っていないからさておき、西園寺さんは数学があまり得意じゃないのかもしれない。


「と、とりあえず期待値が高いのでしたらパンチをすればいいのですわね。わたくし、ここぞというときにはやれる女ですわ」


「ちょっと待って! 確かにパンチの方が単純な期待値で見たときにいいんだけど、今の話はダメージボーナスを考慮しない場合の話。今、僕はダメージボーナスを持っているから……うーん……直感的には西園寺さんにキックの賭けをしてもらって僕がパンチするのがいいように思えるんだけど……ちょっと計算していい?」


「わたくしは大丈夫ですわよ」


「ひなもー。何か手伝えることあるー?」


「ええっと……それじゃあ僕が式を書いていくから、2人は電卓それを計算してもらってもいいかな? 手計算は結構時間かかるから」


「了解いたしましたわ。雑務はわたくしたちにお任せあれですわ」


 そうして僕はメモ帳に表と計算式を書いていく。


 確率は一年生でやったばかりだから……多分大丈夫のはずだ。


 そうしていると東風谷先輩は僕の計算を覗き込んできた。 


「へー、寛って頭いいんだー。いいじゃんいいじゃん」

 

「そうでもありませんよ。というか……もしかして先輩はこの問題の答え分かってるんですか?」

 

「うんにゃ、ウチも分からないよ。ただ、寛がやってる計算が正しいことは分かるよ。ウチも同じ式考えてたから」


「それは自信になります。ありがとうございます、先輩」


「あ、あゆむんがサイコロ振った後の計算しておきなよー」


「それは忘れてました。ありがとうございます」

 

 計算しているとき、自分の式があっているのか不安になることはよくある。

 こうして他の人からそれは正しいといわれるとすごく安心するものだ。


 5分ほど計算式を書いて、西園寺さんたちに電卓を叩いてもらった結果……


「結果が出ましたわ! わたくしと寛さんが、それぞれパンチとキックのどちらかの攻撃をした場合……」


「えーっとー、あゆむん先輩がキックでセンパイがパンチするのが1番いいみたいだねー」


「確率は約3.3%……あまりに低いけど、最初にやろうとしていた2人ともパンチ戦法で10点出すのに1.7%だったから確率は倍にできた」


「ええ、状況はあまり良くありません。しかしながら……勝機があるように思えます」


「ひなもなんだかいける気がしてきたよー」


「よし、西園寺さんはキックで行こう。西園寺さんの出目次第で僕はキックかパンチかを選択するね」


 僕らは手を合わせて結束した。


 西園寺さんは意を決すると宣言する。


「東風谷先輩、わたくしはキックで攻撃しますわ! 判定をお願いいたします」


「おっけー。それじゃあまず成功判定するよ」


 東風谷先輩はスマホに入れているサイコロアプリを振る。

 キックの成功確率は25%──つまり25以下の数が出れば成功だ。


「……ゴクリ」


「キックの成功判定……14で成功!」


「や、やりましたわ!」


「おー、あゆむんやるうー」


「西園寺さんナイス! 後は実際のダメージで……」


「流れは来ていますわ! 今日のわたくしはあまりダイスの運がありませんでしたから、次こそは絶対大きい目がでてくれますの!」


 そんなオカルトな……と口にしそうになったところで、僕は口を噤む。


 そうだった。ここはオカルト部。オカルト好きが集まるという活動内容不詳の部活動。

 そして僕はそんな部活動の一員なんだ。


 運やらツキやら……そんなオカルトを信じたっていいじゃないか。


「それじゃあダメージ判定に入るね。サイコロは……」


 東風谷先輩がアプリを動かす。

 結果が出るのを僕たちは息を呑んで待った。


「5ダメージ! これはかなりいい目が出たんじゃない!?」


「き、来ましたわ! やはりツキが巡って来ていますの!!!!」

 

「うおー! あゆむん先輩すごー!」


「これは勝てるよ西園寺さん! いける! 流れ絶対来てる!」


 まだ途中だというのに僕らはハイタッチ。


 ハイタッチしながらも僕はメモ帳に移す。

 西園寺さんが5ダメージを与えて残り体力は5。この場合……


「パンチで25%、キックで18%──当然選ぶのはパンチ。この確率、今なら余裕で乗り越えられる」


「ええ、わたくしも負ける気がしませんわ」


「ひなもー」


 25%は25%でしかない。確率は低い。

 しかし、僕たちはそれ以上に困難な確率を潜り抜けてきたのだ。


 今の僕たちを止めることなど……


「寛の攻撃結果……6ダメージ! これで無事に赤の女王撃破っしょ!」


「「「やったー!!!!」」」 


 数々の確率を超えた僕たちは勝利の声を上げるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る