第5話


 [部室]


「ということで! 無事に寛が入部したので〜〜〜〜!?」


「オカルト部は廃部を免れたっしょ〜!!!! ひゅーひゅーぱふぱふ〜」


「へんはいへんひょんははいへふね」


 僕はエクレアを頬張りながらそう言った。


 テンションアゲアゲ状態の東風谷先輩は、ひとしきり騒いだ後急に真面目な顔になって続ける。

 

「なんか最後はすごく姑息な手段になったかもだけど……寛はちゃんと納得してる?」


「はい。そこは心配しないでください。元々、オカルト部に入りたくなかったわけではないので。入ったからには目一杯楽しもうと思います」


「それはいい心がけだね! じゃあ、さっき言ってた映画でも……」


「東風谷先輩、それを見ていては下校時間が過ぎてしまいますわよ。また明日にしましょう」


「何だって〜!? あ、本当だ。もうこんな時間じゃん。ざんねん」


 スマホで時間を確認すると、もう時刻は18時。

 部活動の時間が18時半までだから映画を一本見ていたら下校時間は余裕ですぎてしまうだろう。


「じゃあ今日はトランプでもしよっか。寛はポーカー分かる?」


「分かりますよ」


「おけー、じゃあポーカーで。あゆむんとひなちゃんもそれでいい?」


「かまいませんわ」


「いいよー」

 

「じゃあ決まりねっ! 4人だから……1人3枚交換として……2回しか交換できないじゃん!

 まあ、3回目は枚数足りなくなるかもだからそこは各自空気読んでもらう感じで」


「え、ポーカーって交換1回でやるのが普通じゃないんですか?」 

 

「そうなのですの? わたくしは東風谷先輩からルールを教えてもらいましたからよくわかりませんわ」


「ひなは1回だと思ってたー」


「えええ!? ひなちゃんこれまで3回でやってたじゃん!」


「どっちでもいいかなーって」

 

 ここに来てまさかのローカルルール争いが勃発。

 この手のルールの違いは大富豪でよく起きる印象だったんだけど、ポーカーでもそれが起きてしまうとは。


 とはいえ、郷に行っては郷に従えともいう。

 ここはオカルト部の普段のルールでやるのが筋というものだろう。


「とりあえず、東風谷先輩たちが普段遊んでいるルールでやりましょう。3回も交換したら役揃って最後の方は交換枚数少ないと思いますし」


「それもそうだね! よーし、みんな配るよー」


 *


[通学路・夕方]

 

 30分ほどポーカーで遊んて、オカルト部の本日の活動が終了した。

 全然オカルト関係ない。


 そうして下校時間になった僕たち。このまま一緒に帰る流れになるのかと思いきや、東風谷先輩は入部届を届けるのとクラスメイトと一緒に帰る約束をしていて、

 西園寺さんは家の迎えが来ているらしくそこで別れることになった。

 

 残された僕と、ゆるふわスイーツ少女の2人で帰ることになったのだけど……僕ら彼女のことを全然知らないのだ。


 さっきまで一緒に遊んでいたと言うのに、苗字すら知らない。

 下の名前は『ひな』なのだろうけど、『ひなた』とかの可能性もある。


 僕が彼女のことを知らないように、彼女もまた僕のことを知らない。

 彼女からすれば、僕は突然部室に現れた友達の友達のような立ち位置だ。 


 恐る恐る、僕は問いかけた。

  

「ええっと……ひなさん? 名前とか聞いてもいい? 自己紹介し忘れちゃったからさ」


「あー、忘れてたねー。ひなは日南田ひなだよー。1年B組、好きなものはお菓子ー」


 まさかの苗字が『ひなた』だった。こんなパターンもあるとは。

 

「あはは……お菓子好きなのは見てわかったよ。よろしくね、日南田さん」


「えー、ひなのことはひなでいいよー。それかひなちゃんー」


「そんな、悪いよ。初対面なのに」


「一緒に遊んだのにー。ひなって呼んでくれなかったら、ひなも先輩のこと変な呼び方しちゃおっかなー」


「た、たとえばどんなの?」

 

「えーっと……エクレア先輩?」


「僕を食いしん坊みたいに言わないでおくれ。じゃあ、ひなって呼ぶね。ちゃん付けはなんか恥ずかしいし」


「それでいいのだー。センパイはなんてお名前なのー?」


「僕は落河寛。落ちるの『落』に河原の『河』、寛大の『寛』で落河寛ね。2年B組で好きなものは……何だろう。

 よくわからないや。小学校まで白結にいたんだけど、一度転校してこっちに戻ってきたんだ。とりあえず、こっちも呼び方は寛でいいよ」


「うん。わかったーセンパイ。よろしくねー」


「って、結局名前で呼ばないんかい! 何のための自己紹介だったの!」

 

「だってなんか覚えにくいし、漢字も難しいしー」


「そんなムズくなくない? と言うか呼ぶとき漢字関係ないし……」

  

「あはー、確かにー。今のなしー」

 

 彼女はそう言って、とびきりの笑顔で笑った。


 そんな顔を見せられたらあまり深く言及する気がなくなってしまう。

 くそぉ……魔性の女だ。

 

「まあ呼び方についてはそのままでいいよ。逆に西園寺さんみたいに、『寛さん』とか言われたらそっちの方がちょっと違和感あるし」


「いやいやー、先輩にさん付けはひなでも流石にしないよー。失礼だしー」


「タメ口の方が失礼な気もするけど……」


「えー、変なツッコミー。さっきの『名前で呼ばないんかい!』くらい元気にツッコミして欲しかったのにー」


「これボケだったの!? というか自覚した上でタメ口だったんかい!」


「あはー、それでよしなのだー。それくらいキレがないとツッコミ役は務まらないからねー」


「いつから漫才をしてたんだ漫才を」


 気付けば彼女のペースに乗せられていた。

 何とも不思議な子だ。

  

「まあ、それはいいとしてー。センパイにこのままタメ口でもいいかなー? あゆむん先輩とめぐるん先輩にもタメ口だしー」


「うん、いいよ。これからもオカルト部で関わることになると思うし、あんまり気を使わせるのもちょっと嫌だからね」

 

「えー、なんか部活でしか関わらないみたいな言い方に聞こえるー。センパイ冷たいー」


「え、そんなプライベートで会ったりするかな……と思ったけど、実際コンビニで会ってるわけだしね。ごめんね」


「分かればよろしいー。それにセンパイ、三小でしょー? ひなも三小だからご近所さんかもー?」


 三小とは白結第三小学校のことだ。僕が昔通っていた。

 

「へー、ひなも三小だったんだ……って、どうしてそれを……? 僕が三小ってこと教えてなかったよね」


「ふふふ……簡単な推理だよー、センパイくん」


「急に名探偵になったね」


 ひなはビスケットを咥えた後、タバコを吸う様に大きく息を吐き出した。

 彼女の中の名探偵像が謎だ。 

 

「センパイはさっき『小学校までは白結にいた』って言いましたー。それにー、本日18時ごろこうも言いました『ポーカーは一枚交換』だとー」


「ご、ゴクリ……」


「ふふふ……知っているかいセンパイくん。この地域で一枚交換のルールだった小学校は三小だけなのだー」


「えええ!? そうだったの!? それで僕の小学校がわかったんだ……」


「そうだよー。ひな、中学でルール違くてびっくりしたよー」


 驚愕の事実。まさかの僕が遊んでいたルールはこの辺りの地域では少数派だったらしい。


 僕の地域だと白結の第一から第四小学校までが同じ中学校にまとまることになっている。

 おそらく他の小学校では今日オカルト部で遊んだルールだったのだろう。


 ひなとそんなたわいもない話をしながら下校していると、不意に腹が鳴った。


 またしても僕のものかと思いきや、音の主はひなだった。


「あはー、お腹すいちゃった」


「さっき部活でたくさんお菓子食べてたのに」


「ひな、成長期だからー」

 

 のほほんとした笑顔を浮かべた後、ひなは突然田んぼの端に座り込んだ。

 

「ん、どうしたのひな? お腹空きすぎて気分でも悪くなった?」


「違うよー。ほら見てセンパイ。美味しそうな草が生えてるー」


「美味しそうな……草?」


 それはギザギザとした葉っぱの草だった。

 普通に雑草じゃないのか……?


 ひなはその謎の雑草(仮)を根っこから引っこ抜く。

 その後、数枚を毟って手に上に広げた。

 

「あー、センパイ。雑草なんて摘んでって思ってるでしょー」


「な、なぜバレた。というか普通にそれ食べられるの?」


「食べられるよー。大体の草は天ぷらにすれば美味しいんだよー。ティッシュは美味しくなかったけど」


「こら、ティッシュ食べるのはやめなさい。それとティッシュを草の括りに入れない。確かに植物の繊維だけれど」


「うん、もうしないー。美味しくないものは食べない方がいいと思うからー」


「き、基準はそこなのか……」

  

「それよりね、これはセリだよー? 名前を聞いたら知ってるんじゃないー?」


「ああ、それなら聞いたことある。ええっとあれだよね。七草粥に入ってるやつ」


「そうそうー。その草だねー。ひな、そんなにお粥好きじゃないから天ぷらにしてもらってるけどー」


「そうなんだ。お菓子も好きだし、ひなって結構油っぽいものが好きなの?」


「うん、好きー。美味しいもん。お肉も好きだよー」

 

 すごくいい笑顔だ。この笑顔にやられてお家の人たちが色々とおやつやら何やらを与える光景が目に浮かぶ。

 僕に娘がいてひなみたいな子だったら絶対甘やかしてしまいそうだ。って誰目線だ。

 

「そうだー、センパイも持って帰りなよー。今夜は天ぷらだねー」


「うーんどうしよう。実は僕、今一人暮らしなんだよね。1人で揚げ物するのって中々ハードルが高いと言うか……」


「えー、そうなのー!? 高校生から一人暮らしなんて大変だねー。じゃあ今度天ぷら持ってきてあげるー」


「いやそんな悪いよ」


「そっかー。じゃあ、生で食べれるやつ探そうよー」


「いつの間にか野草を食べる流れになってる!?」


「これが本当の道草を食う……なんちゃってー」


「ちょっと上手いのが悔しい……」


「でもでもー、ここら辺の草ってー、6月くらいにはもう食べれなくなっちゃうんだよー? さくらエクレアと一緒だねー」


「食べれる野草を期間限定スイーツを同様に扱うんじゃあない……と言いたいところだけど、見方によっては確かにそうかもね。

 何だか期間限定と聞くとちょっと食べてみたくなってきたかも……」


 ひなは食べ物をおすすめする能力が高い。コンビニで会ったときもそうだった。

 最初はただの雑草にしか見えなかったけどもう僕の脳内ではセリの天ぷらが美味しそうに湯気を放っている。


 ひなは当たりをキョロキョロとした後、不意に走り出す。


 置いていかれないように僕も走ると、彼女の走る先に赤い果実が実っているのが見えた。


 ひなは地面に座り込むとその赤い果実をいくつか摘んで僕に見せてきた。


 

「あったー、ほらセンパイ。これ美味しいんだよー」


「あっ、これ知ってる! 苺っぽいやつだよね。何だっけ」


「ノイチゴだよー。なんか色々種類あるみたいだけど、ひなはよく分からないから全部ノイチゴって呼んでるー」 


「ああ、何だっけ。美味しくないのが混じってたりするんだっけ。確か……ヘビイチゴ」


「そうそうー。それの見分けがつけば大体大丈夫だと思うー」

 

 僕が小さい頃お婆ちゃんに教えてもらった記憶がある。食べれるイチゴと食べれないイチゴがあって、後者は確かヘビイチゴ。

 名前のインパクトがあるので、食べれない方は覚えていた。


「ん〜! 酸っぱくて美味しいー。ほらー、センパイも食べよー?」

 

「うん。ありがとう」


 イチゴと呼ぶにはかなり小粒なそれを受け取り、口へ入れる。


 強烈な酸っぱさの後に、ほんのりと甘味を感じる。


「酸っぱい! ……でもちょっと甘いね。美味しい」


「だよねー。ひなノイチゴ好きー。甘いチョコレート食べた後に食べるともっと美味しいよー。はいセンパイ」


「部室からどれだけ持ち帰ってるのさ! さっきビスケットも食べてたよね」


「あはー、いいのいいの。だって部室のお菓子はほとんどひなが買ってきてるからー」


「完全にひなのお菓子部屋になってる……とはいえ、チョコレートいただくよ。そんなに美味しそうに食べられたんじゃあ、気になるからね」


 ひながしている様に、僕はまずはチョコレートを食べる。


 滑らかな口どけのミルクチョコレートだ。喉の奥に来るほどに甘い。

 そしてこの甘ったるくなった口の中へ……


「んっ! チョコのきつい甘さがノイチゴの酸味でスッキリするんだ。これはいい組み合わせだね」


「でしょでしょー。ひな、ここら辺の草たくさん食べてるから、美味しい食べ方も熟知しているのだー」


「それは心強い。ひなは野草博士だね」


「あはー、ひなはまだまだだよー。ちょっとしか知らないしー」


「でもー、今日のひなは気分がいいから他にも食べれる草教えてあげるー。ほらー、センパイ行くよー」


 ひなは僕の手を引く。

 小さくて柔らかい、まるでマシュマロのような手だった。


「次は何を食べるの?」


「うーん、イタドリかなー。今の時期なら結構生えてて、生でも美味しいからー」


「何それ。全く聞いたことないんだけど。どんな味なの?」

 

「えーっとねー、ルバーブの味ー。ジャムにしても美味しいんだよー」


「る、ルバーブ!? 知らない植物をさらに知らない植物で形容されても困るのだけど!?」


「あはー、じゃあ食べてみればわかるよー」

 

 遠くの空は橙色に染まる。

 そんなことを話しながら僕らは道草を食べながら帰宅するのだった。

 

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