第4話

[部室]


 「……まあ、なんとなく事情は分かりました。つまり、廃部になりそうだから部に入って欲しいということですか?」


「そういうこと。人助けだと思ってどうか……! もうここまできたら寛だけが頼りだから!」

  

「僕だけって……他にも生徒はたくさんいるじゃないですか」


「寛さん、実は既に他の帰宅部の方々には声をかけているのです。あとは言わずとも分かりますわよね?」


「誰も食いつかなかったということか……」


 西園寺さんはゆっくりと頷いた。


 ……さてどうしたものか。

 正直なところ『オカルト部』に入ってしまってもいいんじゃないかと思う気持ちはある。


 僕自身、強くこれをやりたいと思うことはないし飛び込んでしまえば楽しめる性格をしているので、オカルト部に入っても楽しく学校生活を送ることはできると思う。


 でもせっかくの新しい高校生活だ。他の選択肢をみてから決めても遅くはないだろう。


「ええっと……オカルト部に入ってもいいのだけど……」


「マジ!? よっしゃ、廃部回避じゃん!! ありがと寛〜!」


「ちょっと待ってください。一応なんですけど……他の部活動も見てからにしていいですか?まだこの学校のこと全然わからないので」

 

「妥当ですわね。そうですわ、せっかくなので学校の案内をしながら、部活も見ていくというのは如何でしょうか?」


「あっ、それはすごくありがたいかも。まだどこに何があるとかも全然分かってないからさ」


「では決まりですわね。東風谷先輩、学校案内で媚を売って寛さんを部に引き入れましょう」


「ちょっと?」

 

「よーし、気合い入れて案内するぞー! 寛、ちゃんとついてきてね」


 東風谷先輩は藁人形を宙で一回転させると部室を飛び出してた。


 *


 [本校舎・下駄箱]


 <歩く音>

 

「まずは学校案内から参りましょう。ここが本校舎ですわ。わたくしたちの教室、それに図書室・保健室・職員室・校長室・来賓室・購買などがありますわね」


「あっ、購買あったんだ! 早く知っておけば……」


 僕はお腹をさする。グルルと腹がなった。

 

 今日は結局、朝にイタリアンプリン1つ食べたきり、ジュースしか飲んでいない。

 思い出したらもっとお腹が空いてきた。

 

「校長室・来賓室は下駄箱右に曲がったらすぐにあるっしょ。左に行くと購買と保健室ね」


「ちょっと購買寄ってもいいですか? 朝から何も食べてなくて……」


「寄ってもいいですが、もう閉まっていますわよ」


「ま、マジか……帰りにコンビニで何か買おう……」


「2階には図書室と職員室と1年生教室、3階には生徒会室と2年生教室、4階には3年生教室がありますわ。案内しましょうか?」


「うーん、今はとりあえずその情報だけあれば大丈夫かな。今から4階まで登って戻って来るのは面倒だし。ありがとう、西園寺さん」


「それじゃあ、次は体育館いこっか!」


 *


 [体育館]


「ここが体育館ですわね。入って右側には女子の更衣室、左側には男子の更衣室がありますわ」


「あ、男子用の更衣室もあるんだ。珍しいね。大抵男子は教室で着替えるのが普通だと思ってた」


「確かにそうですわね。わたくしも中学の頃は女子は更衣室、男子は教室で……」


 西園寺さんは相槌を打った後、一度硬直する。

 そして思い出したように続けた。

 

「失礼、適当に言いましたわ。そういえばわたくしの中学校は男女一緒の教室で着替えていましたわね。体育の日は中にわたくしジャージを着て登校していましたもの」


「えええ!? そんなことあるの!? 中学生だよ!?」

 

「結構あるんじゃない? ウチの中学も更衣室はあったけどなんだかんだ教室で着替えてた人多かったな〜。授業間に合わなくなったりするし」


「そ、そんなもんなのかな……」


「そんなものだと思いますわよ。わたくしがさっきまで忘れていたくらいですから」


「西園寺さんはもう少しそういうこと気にした方がいいと思う。可愛いんだし、他の男子から色々見られてたと思うよ」


 しまった。口が滑った。すごくスカしたセリフを言ってしまった。

 

 どう訂正しようかとあたふたしていると、西園寺さんは優しい笑みを向けてきた。

 

「まさかわたくしを口説いておられるのですか? 案外女たらしなのですわね、寛さんは」


「ち、違う。これはその……言い間違いというか……」


「つまり寛さんはわたくしの身体など見るに値しないと言うのですわね。

 確かにわたくしは他の子に比べて身体の成長が遅いかもしれませんが、嗚呼なんて酷い。しくしく」


「寛、女の子にそういうこと言うのは普通に失礼っしょ」

 

「言ってません! ぐぬぬ……言い間違いじゃあありません。西園寺さんは可愛いです! ……これでいい?」


「ええ、揶揄っただけですので言い直さなくてもいいですわよ。寛さんの言うとおり、中学時代のわたくしはもう少し周りの目には注意した方が良かったかもしれませんわね」


「弄ばれてた……ちくしょう……」 


「さて、満足しましたし次に行きましょう」


    

 *


[特別棟]

 

「次はここ、特別棟! 理科室とかがあるよ。他には美術室、コンピューター室、音楽室もここ!」


「それぞれ、美術室が1階、理科室とコンピューター室が2階、音楽室が3階ですわね。4階は使ったことがないのでよく分かりませんわ」


「4階は空き教室になってるんだよ。文化祭のときに部活の出し物は基本特別棟送りにされるからそこで使うかも知んないねー」


「へー、部活での出し物もあるんですね。とりあえず、移動教室はこの特別棟に行けば良さそうですね」


「それにしてもこの特別棟……なんか怖くありませんか?」

 

 特別棟を見上げる。苔がみっちりとこびりつき、蔦の這うそれは結構雰囲気がある。

 あまりオカルトの類いは信じないタイプなんだけど、なんというかここは……何か出てきそうだ。

 

「もしかして気付いちゃったっしょ。この特別棟の秘密に……」


「まさかこの特別棟で何か事件が……」


「いや、そういうのは流石にないっしょ。ただ、ウチはオカルト部だから、学校の七不思議が密集しているって話がしたかったんだよね」


「全然秘密でもなんでもないじゃないですか! 普通にただの迷信だった!」


「まあ、まあそんなに怒らないで欲しいっしょ。オカルト部的には七不思議みたいな学校で楽しめるオカルトには需要があるんだって」


「何の需要ですか何の」


 話が脱線しかけたところで西園寺さんが手を叩く。

 

「ともあれ、これで学校の案内が終わりましたわ。寛さん、学校生活を送る上でまだ何か不安はありますか?」


「うーん、多分大丈夫かな。もし何かあったらまた後で西園寺さんを頼っていいかな」


「もちろんですわ。お隣の席なのですから気軽に頼っていただいて結構ですわよ。それでは、最後に部活動の案内に戻りましょうか」



 *

  

 [部室棟・廊下]


 <歩く音>


 不気味な特別棟を後にすると、僕たちは『オカルト部』のある初期地点に戻ってきた。

 

「ええっとここは最初の場所だよね。『オカルト部』以外もここにいるの?」

 

「もちろんですわ。何せ、ここは部室棟ですし」


「部室棟? ここ部室棟だったんだ。へー、そういう施設があるんだね」

 

 どうやらこの建物は部室のために作られたものらしい。前の学校には部室棟なんてなかったから物珍しかった。


「前の学校にはなかった感じ?」


「はい。部室のためだけの建物はありませんでしたね」


「じゃあどこに部室あったの? 空き教室?」


「うーん。部活によりましたね。例えば野球部だったらグラウンドの隣に小屋があってそれが部室でした。運動部系は大体そうで、文化部に関しては部室というもの自体ありませんでした。化学部なら理科室、美術部は美術室を借りて活動自体はできてましたけど」


「文化部肩身狭すぎじゃね? でも、部室が有り余るとウチらみたいな活動しない部活が乱立しちゃうからしょうがないか」


「それを自分で言いますか自分で」

 

「話を戻しますわよ。さて、部活動の案内と言いましたが運動部や吹奏楽部などの活発な部に関しては紹介を省いてもよろしいかしら?」


「うん。それでいいよ。運動部とかは2年から入るのは少しハードルが高い気がするし」

 

「それは良かったですわ。では参りましょう」


「ちょっとあゆむん〜置いてかないでよ〜! ほら寛、急ごう!」


 東風谷先輩は僕の手を握った。

 なんだか今日は女の子に手を握られてばかりだ。

 


「まずはここからね。『文芸部』──なんか本読んだり書いたりしてるっぽいよ」


「王道ですね。元いた高校にもありました」


「おそらく活動内容に関して寛さんが元いた高校と差異はないのではないかと思いますわ。文化祭での部誌の発行が一年を通して一番のイベントですわね」


「ああ、部誌! なんかそれ楽しそうだね。僕もそういうの結構興味あるかも」


「……ゼンゼンオモシロクナイヨ。メンドウナダケダヨ」


「先輩? なんでカタコトなんですか?」


「キノセイダヨ。オカルトブノホウガオモシロイヨ」


「印象操作を仕掛けてきている!?」


「東風谷先輩、そういった姑息な手段はやめましょう。寛さんからの印象が悪くなってしまいますわ」


「そ、そっか! そうだよね。今のなーし」


「よ、幼稚すぎる……!」


「それはさておき『文芸部』はあまりおすすめできませんわ。締め切りが厳しいと耳にしていますので。きっと入部すれば最後、原稿を求めるゾンビもとい編集担当に追いかけ回されることになります。ここはオカルト部にしておきましょう」


「……西園寺さんも結構誘導してくるね」


 *


「次はえーっと、『茶道部』ね。お茶をたてたりしてるっぽい」


「珍しいですね。茶道って特別教室とかで学ぶイメージがあったのですけど、まさか部活になってるところがあるなんて。ちょっと中覗いてみてもいいですか?」


「っ!? まずい! 寛が興味持っちゃってるじゃん!」


「興味持っちゃダメなんですか!?」


「東風谷先輩、姑息な真似はやめるよう言ったではありませんか。ですが、寛さん。残念なことに茶道部は本日おやすみとなっています。部室には鍵がかかっていますわ」


「あっ、そうなんだ」


 ドアノブを回そうとしてみるが、回らない。

 西園寺さんの言っていることは本当のようだ。


「茶道部は2週に1回、水曜日にお茶の講師を招いてお茶をたてていますわ。活動頻度が少ないということもあって、こちらの部活は兼部が可能です」


「そうなんだ。それじゃあ結構人気があるんじゃない?」


「それがそうでもありません。茶道部は年に1回の茶道講習の際に他の生徒へ指導する役割を与えられるのです。しかも、和服で」


「ああ、なるほど。確かにそれだと恥ずかしくてやりたがらない人が多いかもね」


「もしお茶飲みたいなら、絶対オカルト部の方がいいよ。茶菓子だって食べ放題!」


「別にお菓子食べたくて茶道部入ってるわけじゃなくないですか!?」


「案外お菓子に釣られて来る子もいるそうですわよ」


「え、そうなの?」


「お菓子と羞恥心を天秤にかけて、お菓子を取る人だっているのです。それでは次行きますわよ」

  

 *


「次はここ! 『情報処理部』! パソコンをいじる部活だよ!」


「ああ、なるほど。パソコン部なら向こうの学校にもありました……って、東風谷先輩なんかテンション高くないですか?」


「そりゃあそうだよー! だって『情報処理部』はウチらと大体同じだから!」


「大体同じ……というと?」


「活動内容のない部ということですわね。因みにオカルト部との違いはなんでしょうか、先輩」


「情報処理部にはパソコンがあって、オカルト部には冷蔵庫があるんだよ! ほら寛! オカルト部の方が絶対良くね!?」


「同意を求めないでくれますか!? というかどうしてオカルト部なのに冷蔵庫をそんなに自慢してるんですか! もっとオカルトらしいものはあるでしょうに」


「いやぁ、寛は分かってないなーオカルト部の真髄を。でも初心者にも優しいのがウチらオカルト部だから特別に答えを教えてあげちゃう」


「し、真髄ですか……ゴクリ」


「ほら、ホラー映画とかみると背筋が寒くなるっしょ?」


「ま、まあ……そうかもしれませんね」


「寒いといえば……冷蔵庫」


「…………?」

 

「……つまりそういうこと」


「はい!? 根拠が薄すぎる! もっと何かあるのかと思ったのに!」


「いやぁ……根拠とか特にないよ。期待したならごめんね。テヘペロ」


「期待して損しましたよ!」


 何なんだこの先輩! 見た目通り適当が過ぎるぞ……


 こんな不真面目加減で本当に部としてやっていけているのか……と思ったけど部としてやっていけなくなってるから今こうして僕が勧誘されているのか。


「東風谷先輩、おふざけはそれくらいにしますわよ。寛さん、これは先輩なりのアイスブレイクなのです。それは分かってくださいませ」


「にしてもふざけすぎている気がするけど……」


「事実、先ほど寛さんは東風谷先輩にタメ口を聞いてましたわね。十分打ち解けたからこそ、寛さんはそのように発言してしまわれたのでは?」


 彼女の言葉に思わずハッとさせられる。

 確かに先輩が相手だと言うのに『根拠が薄すぎる』だのタメ口を使ってしまった。


 そうか。東風谷先輩は転校したての僕が接しやすいように、わざとあんなふざけた態度をとっていたのか。

 最初に西園寺さんは頭のいい先輩がいると言って東風谷先輩を紹介していたし、案外切れ者なのかもしれない。


「うん、考えを改めるよ。先輩、気遣いをしてくれてありがとうございます。先輩のおかげで……少しこの学校に馴染めた気がします」

 

「まあそんなわけはないのですけど」


「西園寺さん!?」 


「流石にそこまでは考えてないっしょ。ウチは普段からこんな感じ」


「先輩はここは便乗して株を上げて欲しかったですよ!!」


 前言撤回。この部に切れ者はいない……西園寺さん含めて変な人の集まりだ……


「ここからは巻きで行きますわよ。どうせ見てもしょうもないので」

 

 *

 

<歩く音>


 *


<歩く音>


 *


<歩く音>


 *

   

「これが最後ですわね。『給食研究部』──活動内容は給食のメニューの調査ですわ」


「えっと、二高って給食は出ないから……」


「活動内容は実質なしだね。給研は一番清々しいハリボテ部だって二高では有名なんだぜ!」


「なんて不名誉な称号を……」

 

 西園寺さんが巻きと宣言して以降、『漫画等研究部』『料理研究部』『イタリアン研究部』『アニメ・ゲーム研究部』『動画研究部』『卓上遊戯部』と続き、最後にこれが来た。

 そしてご察しの通り、これら全て実質的に活動のない部活だという。

  

 漫画研究部と漫画等研究部はどこが違うんだとか、料理研究部とイタリアン研究部がなぜ分かれているのかとか、家庭科部まで入れて食べ物系の部活がなぜ4種類存在しているのだとか、研究対象が明らかに学校にそぐわない娯楽系の部活が何故あるのかとか……言いたいことが多すぎてもう頭が痛くなってきた。


 東風谷先輩がさっき部室が余るとオカルト部みたいな活動しない部が乱立してしまうというようなことを言っていたけどここまで乱立しているとは思わなかった。



 [オカルト部・部室]


 部活の案内を終えると、僕たちは一度『オカルト部』の部室に戻ってきた。


 東風谷先輩は慣れた手つきで冷蔵庫からコーヒーを取り出すと、紙コップに注いで僕に渡した。


「あ、ありがとうございます」


「いいのいいの。たくさんあるし。クッキーも食べる?」


「そ、そんな。悪いですよ。コーヒーだけで我慢……」


 遠慮しようとしたところ、グーと僕の腹が鳴る。

 そうだ……今日朝から何も食べてなくて……

 

「い、いただきます」


「賄賂、受け取っちゃったじゃんね……これはもう『オカルト部』に」


「そんな! それはズルいですよ先輩!」


「ウソウソ、さっきあゆむんからも姑息な手段はやめろって言われてたし。気にせず食べていいよ」


 そう言うと東風谷先輩は卓上のクッキーを一枚僕の口に放り込んだ。

 ううう……糖分が身体に染み渡る……美味しい……

 

「さて、これで寛さんが今からでも入れそうな部活は以上となりますわ。何か気になった部活はあったかしら?」


「うーん、そうだね……」


 僕はクッキーを噛み砕きながら、今日見てきた部活を思い返す。

『文芸部』『茶道部』『情報処理部』『漫画等部』『料理研究部』……

 

 ……まともな部活は少なかったかな?


 西園寺さんには色々と部活を紹介してもらった。しかし、結局のところ文芸部と茶道部しかちゃんと活動している部活はなかったのだ。

 他の部活は、部活というよりただの仲良しグループといった印象だった。


 茶道部は兼部できるみたいだし、文芸部に入るかどうかをまずは考えてみる。


 僕は小説を読んだりすることもたまにはある。ただ本の虫ほど小説が好きかと聞かれればそれは否だ。

 まして、小説や詩を書くのは、読むことよりも敷居が高い。


 面白そうな部活ではあるけど、文芸部は素人の僕がひょいと飛び込んでいい部活では無いように思う。


 ……となると、選択肢は自ずと『オカルト部』を含めた虚無の部活動たちに絞られる。

 

 おそらく『漫画等部』は漫画が好きな人たちの、『料理研究部』は食べることが好きな人たちの仲良しグループと考えていい。


 僕は……一体何が好きなのだろう。


 例の部活たちの中で強いて選ぶなら『動画研究部』になるかもしれない。暇なとき、よく動画サイトで動画を見る。

 でもそれはもちろん『強いて』であって、心から動画を見ることを愛しているかと言われたら……微妙なところだ。


「寛、入る部活は決まった? オカルト部にしておきなって」


「そうですね……今の所、動画研究部とオカルト部で迷ってるって感じです」


「あゆむんどうしよう! 寛が動研に入っちゃう!」


「落ち着いてください先輩。まだ迷っている段階ではありませんか。そうですわよね?」


「う、うん。ごめんね手間取らせて」


 今の所、動画研究部には趣味……と言っていいのか微妙だけど趣味の合致という1票、そしてオカルト部には廃部の阻止するという人情の1票が入っている。


 何か1つでもあればオカルト部に……


 そんなことを考えていたところ、部室の扉がスッと開いた。


「あは〜、教室で寝ちゃってた〜。おはよー」

 

 気の抜けた声が部室に響く。

 このゆったりボイスに僕は聞き覚えがあった。


「き、君はあの時のスイーツ少女!」


「ん〜? あー、ええっと……昨日のお兄さんだ。やっほ〜」


 ゆるふわ少女は眠そうな目で僕に手を振った。

 そしてそのまま部室のソファーへとダイブして……卓上のクッキーを食べ始めた。……自由すぎないかこの子。


 彼女のことは覚えている。何故なら彼女は昨日僕が買おうと思っていたエクレアを横から掻っ攫うという極悪非道っぷりを……まあそれは代わりにかったプリンが美味しかったからいいか。  

 

「あら、お二人はもうお知り合いですの?」


「うん。昨日コンビニで会ったんだ。というか、君高校生だったんだね。中学生くらいかと思ってた」


「あー、ひどーい。ひなはちゃんと高校生だよ〜おっぱいも大きいし〜」


 少女はえっへんと胸を張る。コンビニの時にはきづかなかったけど見た目に不釣り合いな二つの山がそこにはあった。

 僕は思わずそれから目を背ける。西園寺さんは軽くキレていた。


「ここにいるってことはー、お兄さんもしかしてオカルト部に入るの〜?」


「それは……今迷ってるところなんだよね」


「えー、だったら入ってよー。なんか部員が足りなくて廃部になるんだってー。廃部になったら冷蔵庫使えなくなってひな困る〜」


 この部における冷蔵庫の存在はそんなに大きいのか!?

 東風谷先輩は冷蔵庫のことをすごくアピールしていたけどまさかこの子が原因なんじゃ……


 そんなことを推測していると、ひなと自称するゆるふわ少女はソファーから立ち上がり冷蔵庫を開ける。

 そして中から、見覚えのあるピンク色のスイーツを取り出した。


「お兄さん、これあげるから入部して〜。昨日食べたがってたでしょ〜?」


「こ、こ、こ……これはっ! 期間限定のさくらエクレア!? どうしてここに!?」


「えっとねー、ひなはコンビニスイーツを冷蔵庫に溜め込む習性があるからだねー」


「冬眠前のリスか君は」


 冷静にツッコミを入れるが、僕の意識はさっきから一点に集中していた。


 それは……あのエクレア。隣の芝は青く見えると言うけど、昨日の夜にギリギリで彼女に持って行かれてしまった『さくらエクレア』は、僕にとってまさにそれだ。

 やつを手に入れられなかったことを後悔して昨日の夢にまで出てき……たりは流石にしないけど、今日の帰りに買って帰ろうとは思っていた。


『動画研究部』か『オカルト部』か……同点だったところに、突如外野からホームランが飛んできた。

 もうこうなってしまえば……選択肢は一つ。


 机に置かれた期間限定と書かれたそれの前に座る。そして、胸ポケットからボールペンを取り出した。

  

「東風谷先輩……僕決めました。紙、書かせてください」


「う、うん……なんかちょっと解せないけど、入部ありがとうっしょ……」

 

 グゥと腹の虫が鳴る。

 こうして僕は長考の末、『オカルト部』に入部することになるのだった。

 

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