第3話
<チャイム>
[教室・中]
「それじゃあ落河、また明日〜」
「じゃあねー」
「う、うん。また明日」
部活があるようで、旧友たちは帰りのホームルーム後掃除を済ますとすぐに教室を飛び出していった。
彼らが出ていくのを確認して、机にベターっと突っ伏した。
「つ、疲れた……一生分の会話したかも」
そう。何を隠そう今日一日僕は彼らの質問攻めにあっていた。
興味を持ってくれるのは確かに嬉しいけど、まさか6時間目までずっとこんな調子だとは思わなかった。
「お疲れ様ですわ、寛さん」
「ああ、西園寺さん……ありがとう。あはは……みんな都会に興味があるんだね」
「それはそうでしょう。この町はお世辞にも都会とは呼べませんから。ないものを求めるのは自然なことですわ」
「まあそう考える人もいるよね。僕は白結には白結なりのいいところがたくさんあると思うけどなぁ」
確かに白結は都会ではない。ビルとかもほぼないし、コンビニの数も少ない。
だけど、白結は白結でいいところはある。自然豊かだし全体的にのんびりしてて治安もいいし、住むなら絶対都会より白結の方がいい。
遊ぶ場所がないというけど、娯楽過多なこのご時世スマホとゲーム機があれば消費しきれないほどの娯楽があるのだからそこはデメリットにならないと思う。
「あっ、そういえば西園寺さん。放課後になったよ。今朝言ってた化学の解説でも……」
「そうでしたわね。教えていただけるととても助かりますわ。ここでは他の方の目もありますから、場所を移してもよろしいかしら?」
「場所……? う、うん。別にいいよ。それじゃあ、西園寺さんについていくね。僕まだ図書室の場所とか覚えてないし1人だと迷子になりそう」
職員室の場所はわかるけどそれ以外は本当に謎だ。今日は一日座学だったこともあって、体育館の場所すらわからない。
西園寺さんについていくのが吉だろう。
西園寺さんはスクールバッグを肩にかけ席を立つ。他の生徒と同じ制服を着て、同じスクールバッグを持っているというのに、
彼女の周りだけ白百合が舞っているかのような錯覚を覚える。溢れ出るお嬢様パワーって感じだ。
「それでは参りましょう。寛さん、お手を繋ぎましょうか?」
「迷子と言ってもそこまでしなくてもいいかな!?」
悪戯っぽく西園寺さんは笑う。ううう……弄ばれてるな僕……
*
[廊下・本校舎]
<足音>
*
[廊下・部活棟]
<足音>
西園寺さんに連れられるまま、どんどん歩いていく。
ここがどこなのかはさっぱりわからないけど、とりあえず本校舎を出たことまではわかる。靴履き替えてるし。
「あれ、西園寺さん? 図書室って校舎内にないの?」
「図書室? 図書室でしたら本校舎の2階にありますわよ」
「あ、そうなんだ。……じゃなくて、僕てっきり勉強は図書室でするのかと思ってたからさ。もしかして、二高って自習室とかがあるの?」
「自習室はありませんわね。今向かっているのは部活棟ですわ。そこで勉強いたしましょう」
西園寺さんはそういうと、僕の手をギュッと握ってきた。
突然のことで僕の心臓の鼓動が早くなる。
このお嬢様、なんて大胆な!殿方の手を握るなんて恥ずかしいですわ、とか言いそうな顔してるのに!
そうして空想上の西園寺さんと軽いラブコメをしていたのだけど、しばらくして僕はある疑問を抱く。
「ええっと……西園寺さん? ちょっと強く握りすぎじゃない?」
「気のせいですわ。そういえば、寛さん向こうの学校でも勉学に励まれていたのですわよね」
「ま、まあそうだね。そこまで本気だったかと言われると微妙だけど」
「わたくしの知り合いに、すごく頭の良い先輩がいるのです。勉強好きな寛さんとはきっと気が合うでしょう。
今日は是非ともその先輩を紹介したいと考えておりますの」
「ん、ちょっと待って。僕はどこに連れてかれてるの?」
「わたくしの所属している部活の部室ですわ。きっと寛さんも気に入ってくれると思いますわ」
「誘拐されてない、僕?」
西園寺さんは不敵に笑みを浮かべるだけで返事をしない。
彼女の握る手がさらに強くなり、握るだけでは飽きたらず歩く速度まで上げ始めた。
<足音>
まずいまずいまずい!このままだと怪しげな壺とかUSBメモリとか化粧品とか買わされてしまう!
それか友達を紹介するだけでその次の友達が君の分まで働いてくれるからとか言われて……
「──って、僕まだこの学校に友達とかいないから! 僕なんかをカモにしようとしてもあまり意味が……」
「ここですわ。先輩がお待ちしております。入りますわよ」
時すでに遅し。ギギィと音を立てて地獄の門が開かれた。
……………………………………………………………………………………
………………………………………………………………え?
胡散臭い細目の男とか目がバチバチに輝いてる意識高そうな男が轆轤を回しながらお出ましかと思いきや……
扉を開けて僕の目に飛び込んできたのは派手な格好の女性だった。
金色の長い髪に青いリボン。華やかなメイクはまるでファッション誌から飛び出してきたモデルのようだ。
ボタンは第二……第三ボタンまで開けて、胸の谷間が露わになっている。
端的に表現してしまえばギャル。しかしどういうわけか……その手には藁人形を持っていた。
「お待たせしましたわ、東風谷先輩」
「おっすー、あゆむん。今日、何見よっかー。最近洋画ばっかだったし、ウチ邦画行きたい気分なんだけどー」
スマホから顔を上げると、ギャル先輩は僕という部外者に気がついた。
「って、その男子誰っ!? もしかして……あゆむんの彼氏!? ちょいちょいちょい……部室に彼氏連れてくるってそういうこと!?」
「先輩? そうでは……」
「いやいやいや、あゆむん流石にそれは大胆すぎるじゃん! あ、ごめんね彼氏くん。パンツとか見えてなかった?」
「い、いえ。見えてませんでしたけど……」
「それは良かったー。そういうのはあゆむんだけにしたいもんね? あっ、お邪魔かもだからウチ今日は帰ろっか?」
「東風谷先輩」
「遠慮しなくていいよ〜ウチ、こう見えても気遣いできる方だから! そんじゃまた明日! ごゆっくり〜」
「話を聞きなさい!」
「ひえっ!」
「人の話は最後まで聞いてくださいね、東風谷先輩?」
「ご、ごめんなさい」
西園寺さんは紫色のオーラを漂わせながら頬を引き攣らせてそういった。
彼女の迫力にギャル先輩はしょんぼり萎れてしまった。
「寛さん、自己紹介を」
「え、うん。落河寛です。今日二高に転校してきました。よろしくお願いします……?」
「えっ、転校生!? わざわざ白結にって、そんな珍しいこともあんだね〜。ウチは東風谷めぐる。ここの部長をしてる3年ね。
なんか知らんけどよろしく〜。こっちは藁人形の『ロウちゃん』」
『よろしく〜』
東風谷先輩は藁人形をサイリウムのように振りながら、裏声で声を当てた。
見た目には派手で変な先輩だけど、悪い人ではなさそうだ。
[部室]
☆めぐる ☆西園寺
互いに挨拶を済ませた後、僕たちは暫く笑顔を作ったまま見つめあう。
「………………………………………………………………」
「………………………………………………………………」
き、気まずい……僕は何故ここに連れてこられたんだ?
沈黙のまま内心そんなことを思っていると、その気持ちは東風谷先輩も同じだったようで、僕たちは西園寺さんを見る。
彼女は僕たちの気持ちを全く汲むことなく首を傾げた。
流石に間がもたなくなったところで、東風谷先輩はコホンと咳をした。
「じゃ、じゃあ今日は寛も一緒に映画でも見よっか〜? なんか好みとかある?」
「え、映画の好みですか? ぼ、僕はなんでもいいですよ。特に好みとかないので」
「そ、そっか〜! じゃ、じゃあウチ今日は邦画ホラーが見たい気分なんだよねー! 丁度、配信サイトで無料になってたの昨日見つけたんだ〜!『猫鳴村』って見たことある?」
「い、いやないです。というか映画とか全然見なくて……」
「なんですかこのぎこちない会話は?」
「「西園寺さん(あゆむん)のせいじゃん!」」
僕と先輩の声がシンクロする。
なんだかおかしくて、僕たちはつい頬が緩んでしまった。
緊張感が解けつつある中、西園寺さんはため息をつく。
「はぁ……東風谷先輩。こちらの寛さんは今日転校してきたのです。ここまで言って、私がなんのためにここに連れてきたのかわからないのですか?」
「転校生……? 普通に珍しいねーって話っしょ?」
「え、西園寺さんに勉強を教えるために連れてこられたんじゃないの?」
「寛さんは少し黙っていてください」
「あっ、はい……」
り、理不尽だ……
痺れを切らした西園寺さんは再びため息をついて追加のヒントを口にした。
「今日転校してきたということは、まだどの部活動にも所属していないでしょう?」
「部活……部活に入ってない……! あー、そういうことね! というか、その話完全に忘れてたんだけど」
「その通りです。はぁ……まさかわたくしだけが捜索に勤しんでいたとは思いもよりませんでした。東風谷先輩がこの部の代表だというのに」
「ごめんごめんって。だって、ウチはもう絶対無理だと思ってたからさ。人間、高すぎる壁があったら諦めるもんじゃん?」
東風谷先輩は途端に真剣な声音になる。
キリッとした目つきで立ち上がると、藁人形を僕の方へと投げた。
「寛はホラー映画は好き?」
「ホラー映画ですか。好きかと聞かれても答えに困るというか……そもそも映画自体見ないので」
「じゃあ、お化け屋敷、心霊スポットそこら辺はどう? 好き、嫌い?」
「そっちもよく分からないですね。別に好きでも嫌いでもないって感じで」
「おっけー。それなら大丈夫だね。ほら、あんまり苦手なものを強要するのはダメじゃん?」
西園寺先輩は両手を合わせてお願いのポーズ。
まるで神様でも崇めるかのように頭を下げた。
「お願い寛! 少しの間、3ヶ月……いや1ヶ月でもいいから『オカルト部』に入ってくれない!?」
「オ、オカルト部……?」
僕の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。
オカルトを扱う部ということなのだろうか? というかそれは部活になるのか?
再び東風谷先輩は落ち着いた声音になり続ける。
「そう、オカルト部。ほら、これを見て」
東風谷先輩は壁を指差した。
部室に入った時には彼女の存在感で気づかなかったけど、部室にはたくさんのポスターが貼られていた。
「これは去年公開された『怨恨』のポスター。こっちは2年前の『指輪』。近くの映画館に交渉してもらってきた」
「そ、そうなんですね」
「それに、寛に投げたそれ」
「ああ、この藁人形ですか」
「それ、ウチの手作り。すごくね?」
「ま、まぁ……すごいといえばすごいと思います」
「でしょ? それで、ここまでで質問ある?」
「……いえ、特には」
「そ、そう。それはよかった」
「…………………………」
「…………………………」
再び2人の間に沈黙が流れる。
なんなんだこれは。僕に何を求めているというんだ!
誰か助けてくれ!
僕たちは西園寺さんに目配せをして助け舟を求めた。
しかし反応はない。ちくしょう。どうしてくれるんだこの空気!
「そうだ! え、ええっと……部活の活動内容とかって……」
「活動内容ね! それは……まあ色々あるよ。例えば……そう。お菓子を食べるとか!」
先輩は部室の隅にある四角い箱を開ける。中には飲み物とお菓子が詰まっていた。
「じゃじゃーん、冷蔵庫まであるよ! これなら夏も安心!」
「他の活動は……」
「おしゃべりしたり……後はそう、映画を見るとか!」
「えっ、見るだけですか? それ部活として成立してないんじゃ……」
「……感想を言い合ったりすることもあります」
東風谷先輩は何故か敬語になり目を逸らしながらそう言った。
部活の名前を聞いた時から予想はしていたけどこれは……
「えー、つまり……オカルトとは名ばかりで、実体は特に活動内容のない架空の部活ってことですか?」
「……………………はい」
東風谷先輩は申し訳なさそうに頷いた。
先輩がダウンしたところで、西園寺さんが話に入ってくる。
「というようなことが最近生徒会の方にバレまして『オカルト部』は廃部の危機にあるのですわ。全く、生徒会というものは人の心がありませんね」
「いやいやいや! これじゃあ廃部になるのは当然でしょ! 流石に生徒会が正しいよ!」
「いいえ、正義とは常に勝者にあります。まだ分かりませんわ」
「分かるよ! 絶対100人に聞いたら100人『オカルト部』がおかしいって答えるよ! というか100人に聞いた時点でその100人が廃部を求めるって!」
「まあまあ、あゆむんも悪気はないんだって。今日のところは穏便に……」
「一番問題あるのは部長である東風谷先輩でしょうが!!!!」
「ううう……そんなの事実陳列罪じゃん〜〜〜〜!!!! 呪ってやる〜呪ってやる〜!」
藁人形に杭を打ちながら、東風谷先輩は目をくの字にして叫んだ。
なんということだ……
入学初めて話した隣の席の少女に連れてこられた部活は、酷く堕落したハリボテ部活だったのだ。
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