4.深夜徘徊

「……ごめんなさい」


「別にいいから」


「……怒ってる?」


「そりゃ怒るよ。なんでそんなに僕のカレーに固執したのさ」


「……」


 彼女はバツが悪そうに口を真一文字に結んで、僕が机を拭いている様子を眺めていた。


「それ、食べるの?」


 彼女は僕の皿を指す。机の上にこぼした分だけ皿の上に戻して食べようと思っていた。


「まあ、もったいないし」


「ごめん。お金ないのに私なんかが転がり込んじゃって」


「別にお金がないからとかじゃない。ほら、フードロスとか問題なってるでしょ? 僕コンビニでバイトしてるから、そういう話を口酸っぱく聞くわけ。だから普段から意識してる。ほら、もう片付いたから、もう拗ねないの」


「拗ねてないし。ママかよ」


「まあ、『実質家族』ですから」


 彼女は申し訳なさそうに、自分の皿のカレーに手を付け始める。僕もそれを見て安心してから、カレーを口に運んだ。



*****



「今から風呂沸かすけど、入る?」


「え、うん。入りたい」


 洗い物をしてくれている彼女が答える。


「分かった……あ、物持ってる?」


「物って?」


「シャンプーとかタオルとか、その他。女子のことはわかんないし」


「必要最低限のものはあるけど、シャンプーとかは備え付けの使ってたからないかなー。でも男物でもいいよ?」


「さすがにそれは買いに行こう」


「え、こんな時間に?」


「まあ、一人暮らしの特権だから。出る支度できる?」


「時間かかるけど」


「代わりに皿洗うから、やっておいで」


「わかった。ありがとう」


 彼女は自室に入っていった。


「さて、やりますかー」


「ちょっと聞いていい?」


「わっ、びっくりした」


 部屋から顔を出す彼女の大声に、思わず皿を落としそうになる。


「あ、ごめん。お金……足りないかも」


「足りない分は出すから」


「ありがとー!」


 再びドアが閉まり、僕は一息ついて皿を洗い始めた。

 昨日の自分は、まさかこんなことになるとは思わなかっただろう。上京したから気の合う友人もおらず、大学からの付き合い連中もチャラいのばっかりで気疲れする。もちろん、出会いもない。何もせずに授業とバイトと、たまに遊びと。


「お待たせー。あのさ、服もちょっと見たいかも」


「時間あるの?」


「一人暮らしの特権なんでしょ?」


 彼女は歯を見せて笑う。少しは面白くなりそうだ。



*****



「ごめん。色々買っちゃって」


「別にいいよ。そういうのたくさんいるって、ネットで見たし」


「彼女いないのに?」


「タイムラインで流れてくるだけ。別に自分で調べようとしてるわけじゃないですー」


「あはは、ごめんね」


 僕たちは家の近くのショッピングモールまで買い物に来て、その帰り道を歩いていた。洗面用具や衛生用品など、ほとんど彼女について行くだけだったが、重たい液体系のものが中心だったため、荷物はほとんど僕が持っていた。


「でも、ありがとう。わざわざ持ってもらってるし」


「さすがに、ね」


 彼女の袖から見える細い腕を見ていると、本当に苦労してきたのだなと改めて思う。栄養が行き届いていないのか、体つきも全体的に弱弱しかった。


「なんか失礼なこと思われてそうなんだけど」


「いや、なんでも」


「貧相な体だなって思ってるんでしょ」


「そ、そんなことは思ってない」


「変態」


「は、はぁ? 心配だっただけなんだけど?」


 彼女はツボに入ったらしく、暫く笑いっぱなしだった。周りに変に思われないか心配になったが、人通りが少ないエリアに入っていたので安心した。


「あはは、ごめんごめん。気を使わせちゃって」


「これから栄養あるものを食べないと」


「そうだね。本当に、お世話になります」


 立ち止まって、彼女は頭を下げる。


「いいから、もう行くよ」


「はーい」


 彼女の姿が、かつての記憶に重なり、少しめまいがする。

 もう前に進まなくてはいけないのに。

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