3.実質家族

「てか、イラスト描くんだ」


「一応専門学校通ってたんだけど、会わなくてやめちゃった。今はフリーランスで頑張ってるところ。えーと、液タブはここ置いて、それから……」


 ガチャガチャ音を鳴らしながら、ハイテクな機械を次々に並べていく彼女の姿は、もうこの部屋に馴染んでいた。


「それは、大事なものなんだよね。流石に売れないか」


「……まさかそこまで外道だとは思わなかった」


「いや、あんた犯罪者だからな」


「これは、親が亡くなる前に買ってくれた形見みたいなもんだから。破産でもしない限り手放さないよ」


 大事そうにエコバッグを一つ抱える彼女の姿は、それこそ絵になるような気がした。


「……そっか」


「何よ」


「いや、大切にできるものがあっていいなって」


「さも自分の大切なものがないみたいな言い方で」


「まあ、よくわかんないな。友人もまあいるし、趣味も浅いのがたくさんあるけど、どれが大事かってわかんないからな」


「そっか。君も苦労してるのね」


「……苦労してるのかな。僕」


 そうつぶやいて、片付けの続きでもしようかと踵を返したところ、後ろから何かがぶつかり、腰に腕が回された。


「ちょっと、何してるの?」


「……待って…………行かないで……」


 声から、泣いているのが分かった。この一瞬で、彼女が悲しむようなことを言っただろうか。いや、多分こういうことか。


「……ん」


 僕は振り返り、彼女の頭を撫でた。どうやら反応的に正解だったらしい。


 なんで泣いてるの? なんて言えるはずもなく、しばらくその状態が続いた。彼女が平然とした様子で片づけを終える頃には、もう日は落ちていた。


「すごっ。カレーじゃん!」


 ローテーブルの前に正座した彼女は、手を合わせて喜んでいる。


「まあさすがにいつものコンビニ弁当を食べさせるわけにはいかないからな」


「いつもそんなもの食べてるの? って私が言える立場でもないか」


「何食べてるの? っていうか、食べれるの?」


「一応生活費は何とか稼げるくらいにはなってますー。まあスーパーの総菜とか閉店間際に買って、それを朝晩食べてる感じだったな」


「昼は?」


「抜いてたよ。ていうか、割とそういう人いるんじゃないの?」


「大体朝食のイメージあるけどな」


「それもそっか」


「はい、食べながらでも話せるから、冷めないうちに食べちゃって」


「はーい。いただきます」


 僕に倣って彼女も手を合わせた。それから、それこそ飢えた獣のようにがつがつと食べ始めた。食べ方に品はないが、その他の所作はある程度できているのが不思議だった。


「で、今後どうしようか」


「今後って?」


「これから一緒に住むわけだろ? だったらある程度ルールを決めとかないと」


「いわゆる家族会議ってやつだよね」


「家族じゃねーよ」


「……そっか」


「あ……」


 そういえばこいつ、身寄りが全然いなかったんだった。まだ彼女のことを全然知らないから、配慮に欠けた発言をしてしまう。


「……」


 彼女は黙ってカレーを口に運ぶ。僕はスプーンを置き、胡坐をかいていた足をほどいて正座に座り直す。


「あの」


「……」


 彼女はスプーンを動かす手を止めない。


「もちろん、本物の家族ではないけど、『実質家族』にはなれるから」


「……『実質家族』?」


 カレーを一口、口に入れて彼女が聞き返す。


「そう。『実質家族』。血はつながってないけど、一緒に住むから『実質家族』。家族の様に話をしたり、互いの分からないことを助け合ったり」


 まあ、ただのルームメイトなわけだが。


「それって、ただのルームメイトと何が違うの?」


「え」


 さすがに騙しきれなかったみたいだ。


「ねえねえ、何が違うの?」


 彼女はスプーンを置いて、テーブルを回ってこちらに這い寄ってくる。


「そ、それは……」


「ねえ。教えてよ」


 彼女はからかうように、自分の顔を僕の顔に近づけてくる。心臓の音が鼓膜を叩く。空き巣犯相手に、こんなにドキドキしてしまうなんて。でも、何が違うって。


「それは、その……」


「うふふ、ごめん。からかいすぎたね」


「え?」


「いいよ。『実質家族』。特別な関係。ワクワクするね」


 彼女は手を差し出してくる。僕はしぶしぶその手を握る。


「じゃあ、そのカレーもちょうだい」


 スプーンが握られた方の手を僕の皿に突っ込む。


「おい。余りあるから、勝手に入れていいから!」


「こっちがいいの!」


「なんでだよ!」


 必死に抵抗を続ける僕と、何とかしてカレーを奪おうとする彼女。なぜか二人とも握った手を離さないまま争っていたことに気づいたのは、彼女が僕の皿をひっくり返した時だった。

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