第5話 レベルアップ

 シアがうちに泊まるようになってから一ヶ月が過ぎた。


 相変わらずカインは特訓漬けで、メルシャも完全に体調は良くなり、館の仕事を優先して日課の癖もすっかり落ち始めていた。


 ダンジョン内に放った水が緩やかに吸収されていることに気付いたのはそんな時だった。



「やっぱり水は吸収されてるじゃないか!」

「当たり前じゃろ! 時間をかけたらいつかは土が吸収するものじゃ」



 言われてみると確かにそうだった。

 ダンジョンが吸収するのではなくて、土に浸透する。ここが現実であるなら当たり前の現象である。



「そろそろダンジョンの中は歩けそうか? 荷物を取りに行くなら手伝うが?」

「そうじゃな。まだ使えるものがあるかもしれんし、一緒に来てくれるか?」

「わかった。今は魔物はいないんだよな?」

「……誰かさんが水に沈めたせいでな」



 シアが呆れた表情を見せてくる。

 しかし俺は当たり前のように言い放つ。



「安全にダンジョンを探索できるいい方法じゃないか」

「突然家が水没した妾の気持ちにもなってみるといい」

「すまないと思ったから館に部屋を作ってもらったんだ」

「確かにおかげで妾もダンジョンで暮らすより随分いい暮らしをさせてもらってるしな」



 ダンジョン内のルートはゲームで見た通りのものだった。魔物がいないだけで。

 だからこそ俺たちは迷わずに最短ルートを進むことができていた。



「なんでこんな迷路みたいになってるんだろうな?」

「妾を封印したやつに聞いてくれ」

「そういえば封印解いてないのに出られたんだな?」

「水圧で壁の一部が崩れて、な。おそらく封印したやつもこんなふうにダンジョンが沈められるなんて思わなかったのであろうな」



 そういえば封印が施されていたのは入り口の扉だったな。

 壁は丈夫にしてあっただけで絶対に壊れないというわけではなかったのか。



「俺ですら驚いたからな」

「お主が言うな! まぁ、封印を解いてもらったこともあるからと主を吹き飛ばしてないんじゃないか」

「それもそうだな。災厄の魔女が本気を出せば俺くらい一瞬だろうからな」

「お主は何か勘違いしておるが、妾は別に災厄なんて引き起こしたこと無いぞ?」



 確かにゲーム上でシアが災厄を引き起こすのはゲーム終盤である。

 今の状況では何も引き起こしていないのだ。



「それならどうして封印されていたんだ?」

「妾には敵も多かったのじゃ。妾のことが気に入らなかったとかそういう理由じゃろうな」

「それじゃあ、封印の理由を作った人間を恨んでいた、とかは?」

「あったら今お主は生きておらんぞ?」

「だよな……」



 やはりゲーム開始よりも相当前に封印を解いたことでキャラの性格も大幅に変わっているようだった。


 ゲームのシアは、自分を封印したすべての人間を憎んでおり、世界そのものを壊すために封印を解いた人物に手を貸すのだ。


 もしかすると、ゲームには描かれていない別のきっかけがあったのかもしれない。


 ただ、調べようのないことなので気にとめる程度にしておくしかない。



「ついたぞ。何を持って帰るんだ?」

「本……はダメじゃな。魔道具の類いと衣服あたりか?」

「魔道具?」



 そんな装備品はなかった気がするが?


 『アーデルスの奇跡』にてキャラクターが装備できるのは、両手の武器、帽子、服、手袋、靴、あとはアクセサリーの類いである。


 もしかしてアクセサリーなのかと思ったらシアが見せてきたのは、巨大な宝石がついた杖だった。



「おいおい、そんな何本も杖が必要なのか?」

「それぞれに魔法属性を高める効果があるのじゃ。たとえばこれなんかは水属性を上げることができるぞ? まぁ元々適性がないと使えない代物じゃが」



 シアが見せてきた杖を試しに手に取ると何も考えずにその場で魔法を使う。



「水よ、呼びかけに答え、かのものを追い払え! 水の玉ウォーターボール

「あっ、ちょ、バカ!!」



 止めようとするシアをよそに俺の放った水の弾はそのまま彼女をびしょ濡れにしていた。



 まさか本当に魔法が出るとは……。



 どうやらこの魔道具が水属性の数値を上げているのは間違いないようだった。



「あーでーるー。妾に何かいうことはないのか?」

「この杖いいな。俺にくれ!」

「ちっがーう!! 妾をこんなびしょ濡れにして。なんだ、お前は好みの女を濡らしたい願望でもあるのか!?」

「すまんな。お前は俺の守備範囲外だ」



 いくら俺自身がまだ六歳とはいえ、前世の記憶を引き継いでいる。

 同世代よりやや年上とはいえ見た目が完全なロリはお断りだった。



「そうじゃなーい!! 別にいうことがあるじゃろ!」

「すまん。……これでいいか?」

「もうよい。お主にも何か事情があったのであろう?」

「あぁ、色々とな。まさか本当に魔法が使えると思ってなくてな。他にもこれと同じような魔法の属性を上げる魔道具はあるのか?」

「これと治癒属性だけじゃな。そもそもこの魔道具は相当高価なのじゃぞ!? そう簡単にやるわけには――」



 もう一つは指輪に宝石が付いたものだった。



「でも、お前には必要ないんじゃないか?」

「確かに妾ほどの力を持つとこんな微々たる上昇値、ほとんど効果がないな」

「お前に必要ないゴミなら俺がもらっておいてやるよ」

「はぁ……、仕方ないな。その代わりにこの荷物を運んでくれ」



 いつの間にか鞄いっぱいに荷物が詰められていた。

 しかし、念願の魔法が使えることを考えたらそのくらい造作も無かった。




◇◇◇




 シアから魔道具の杖をもらってから三ヶ月。

 俺はメルシャのように毎日ダンジョンに水魔法を放っていた。


 唯一の違いは側にシアが控え、魔物の全滅を確認するたびに復活させてくれていることだった。


 その甲斐もあって俺のレベルはついに上がったのだった。



 アデル・レイドリッヒ

 レベル:2

 スキル:【成長率:-10】

 魔法:【火:0】【水:1(+1)】【風:0】【土:0】【光:0】【闇:0】【回復:0】【時空:0】



「妾は何をしてるんじゃろうな? ここは妾の家なのに……」

「簡単にレベルが上がるならやるだろ?」

「お主はそうでも妾のレベルは上がらんのじゃ!!」



 確かにシアからしたらあまりメリットはないだろう。

 それでも律儀に付き合ってくれるのだからとてもありがたい。



 そんなことを思っていると屋敷からカインが急いでやってくる。



「アデル様!! 隣の領地よりフレア様が来られるそうです!」



 ちょっと待て!? フレアだと!? 彼女が来るのは早すぎる。



 破滅フラグの原因の一つが突然来訪すると聞き、俺は驚きを隠しきれなかった。



「わ、わかった。すぐに戻る」

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