第2話 カインの決意【カイン視点】
カイン・アルシウスには半分人間の血が流れていた。
それが原因で魔国にいられなくなり、平穏を求めて死の大地を超えてきたのだ。
しかし、無理がたたり母メルシャは難病を発症してしまう。
なんとか住める場所を……と仮設の小屋を作り隠れるように住んでいたのだ。
魔族と人間のハーフである自分に味方はいない。
そんな先の見えない洞窟を突き進んでいたときに彼はやってきた。
領主の息子、アデル・レイドリッヒ。
彼は自分たちが魔族であることを忌み嫌うどころか、そのことを知った上で雇うと言ってきたのだ。
しかも母の病気すらも治療することを約束して――。
彼が去っていった後の扉を見て、カインは思わず笑みをこぼしていた。
「変なやつ……」
それはいったいいつ振りの笑みだっただろうか?
魔国でもここにきてからも笑った覚えがない。
もしかすると生まれて初めて心から笑えたのかもしれない。
彼の過酷な日々はこうして幕を閉じたのだった。
もし彼が現れずに母が死んでしまったら自分は人間を恨まずにいられただろうか?
そう考えると彼にはいくら感謝してもしたりなかった。自分の全てを賭けても彼の力になりたいと思えるほどに。
◇◇◇
そして、やってきたのはおかしな日常である。
アデル様の側近として日夜勉強を続けているカイン。
碌に貴族に仕えたことのなかったカインは言葉使いを正すのに四苦八苦していた。
その一方で母メルシャが何故かダンジョンの入り口に向けて水の初級魔法を放ち続けている。
(あまり無茶はしてほしくはないのだけど――)
しかし、母の治療をするといったアデル様が無意味なことをするとは思えない。
魔法を使うたびに苦しそうな顔をする母の表情を見て不安に思っていた。
その様子が劇的に変わったのはこの生活を続けて一ヶ月が過ぎようとした時だった。
「母ちゃん、最近顔色良くないか?」
「言われてみたら前みたいな息苦しさはないかも」
「アデル様に薬でももらったのか?」
「特に何ももらってないわね。毎日ダンジョンに水を放ってるくらいよ?」
(もしかしたら魔法を放つことが治療法だったのだろうか?)
そんな簡単なことで治ってしまうのなら今までの療養は一体何だったのだろう、と思えてしまう。しかし、病人にそのようなことをさせようなど、治療法がわかっていないうちにできるはずもないのも事実だった。
「あとはそうね。前と違って生活の心配する必要がなくなったわね」
確かに人間の領地に魔族がいると言うだけで命を狙われるのだ。
それに怯えつつ生活をするのはただそれだけで精神をすり減らしてしまう。
それが今ではどうだろう?
町を歩けばカイン達親子はダンジョンに水をかける変人扱い。
うん、あまり待遇は変わっていないな。
思わずカインは苦笑を浮かべてしまう。
しかし命の危険はないということがあまりにも大きかった。
魔族とはいえアデルの家臣。
しかも、律儀にアデル様の命令を守って意味もないことをしているという事柄が領民達から同情され、普通に対応してもらえていた。
その分、意味のない命令を出しているアデル様の評判が下がってしまうのがなんとも心苦しいが、当人はそれを「勝手に言わせておけば良い」と鼻で笑っていた。
本当は絶望の淵から自分たち親子を救ってくれた救世主なのだと声を大にして言いたい。
しかし、アデル様がそれを是としなかった。
「俺はただ自分のためにしていることだからな」
それだけしかアデル様は言わなかった。
どう考えてもアデル様にメリットなんてないのに……。
カイン自身は半魔族であるために人間よりは身体能力が高い。
それでもまだまだ子供である。
大人の兵と戦えば、いくら弱い辺境の兵と言えど一瞬で敗北してしまう。
更にはダンジョンに水を放ってるだけのメルシャや未だに言葉の勉強がメインで碌に仕事を覚えていないカインにも満額の給料が支払われている。生活に困ることのないほどの額を。
おそらくアデル様は本当に全種族が共存できる町を作ろうとしているのだろう。
差別が横行しているこの世界でそれがどれほど困難なことか、実際に差別を体験しているカインたちはよくわかっている。
でもそれを体現するために、自分の側近に他種族の者が欲しかったのかもしれない。
今もアデル様は自室にこもって書物とにらめっこしながらブツブツと呟いていた。
その内容は今のカインではほとんど理解できない。
しかし、自分は側近。
アデル様の考えを理解し、それを行動に移せるようになって初めて一人前なのだろう。
そのために今の自分ではまだまだ力不足。
せめてアデル様に襲いかかってくる敵くらい追い払えるようにしないと。
それからカインは執事のバランに剣を学びたいことを告げていた。
もちろんアデル様には隠れて――。
そして、すぐにそれを使えるときがやってきた。
「次はやはり西の森だな。しかし、俺一人だとさすがに危険だな」
「アデル様、それなら私もお供させていただきます」
「いいのか? さすがに危険な場所だぞ? お前にはそこまでさせるつもりはないが――」
「もちろんにございます。アデル様のお力になれるなら」
「わかった。そのつもりで行動方針を考えてみる」
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