第1話 町の爆弾
この町の爆弾。
それは町の北外れに住む魔族の家族だった。
死の大地付近の小さな小屋に病弱の母親と少年が隠れるように住んでいるのだ。
ストーリー開始直前までは誰にも気づかれずに住んでいたのだが、ついにはとある人物の手によって魔族が領地内にいることがバレてしまい迫害を受ける。
その結果、病弱の母親が死に、少年が復讐に燃え上がり、王国を半壊させるラスボスにまで成長するのだ。
今はそれほど力を持っていないだろうが、将来性はばっちりの悪役キャラである。
魔族と言うだけで迫害を受けてしまうのだから、下手に遠い場所に住まれると逆に困る、ということで俺はそこへ出向いていた。
今にも崩れそうな掘っ建て小屋の扉をノックする。
「すみません、誰かいませんか?」
中から息をのむような音が聞こえる。
どうやら中にはちゃんと魔族の親子がいるようだった。
「あの……、どちら様でしょうか……?」
「これは失礼しました。私、レイドリッヒ領主クリス・レイドリッヒが嫡子、アデル・レイドリッヒと言います。少々お話ししたいことがあるのですがいかがでしょうか?」
「その、本日は体調が優れなくて……。アデル様に伝染してしまっても申し訳ありませんので――」
言い訳のようにも聞こえるが、母親が病弱なのは事実。
その病気も後に息子から語られている。
「もし、もっと早くに病気の治療方法がわかっていたら、俺は世界を恨まずに済んだのか?」
それはゲーム中でも人気の台詞の一つである。
そして、ゲームをしていた俺はその治療方法がわかっていた。
それもここに真っ先に来た理由の一つである。
「確か、ずっと熱が下がらずに体が動かなくなる病気……でしたよね? その治療方法がわかる、といえばいかがでしょうか?」
「ほ、本当に治せるのか!?」
中から少年の声が聞こえてくる。
そういえば今まで声がしなかったのは隠そうとしていたのか。
迫害を受けたときも同じく少年だけ隠していたのかもしれない。
「ちょ、ちょっと、カイン!? 声を出したらダメって言ってたでしょ!?」
「でも、母ちゃんの病気が治るかも知れないんだぞ!?」
「貴方は素直すぎますよ。……わかりました。今開けますね」
扉がゆっくりと開く。
そこには銀髪でやや耳の尖った美しい女性と同じく銀色の髪をした整った顔立ちの少年がいた。
女性はベッドで体を起こしており、扉を開けてくれたのは少年の方だということがわかる。
この少年こそが裏で世界を操る魔の宰相と呼ばれるカイン・アルシウスである。
冷徹に逆らうものを処刑し続けたその姿はまるで感じられず、今は無邪気な少年そのものであったが。
「お、お前、本当に母ちゃんを救えるのか!? 嘘……じゃないんだな?」
「ちょっと、カイン。その方は領主様のご子息。そのような言葉遣いをしたらダメですよ」
「いえ、私の方が押しかけてしまったのですから、気になさらないでください。それよりもえっと……」
「私はメルシャでございます、アデル様。こちらは息子のカイン。今は療養のためにこちらの小屋に住まわせていただいております」
「メルシャさんですね。では、単刀直入に言わせていただきます。メルシャさんのご病気は……」
カインが俺をじっと見ながら息をのんでいた。
「過剰な魔力が体内に残ってしまい、それが悪性魔力となって体を蝕む『魔力病』と呼ばれる病気です」
「魔力病……。そんな病気が」
この病気はストーリーでも終盤の方になって初めて判明する病気である。
攻略キャラの一人が煩ってしまい、それを主人公達がなんとかして治療するために世界を回るのだ。
ただ、そんなことをしなくても一時的に症状を緩和させることは容易い。
「失礼ですけど、お二人は魔族ですよね!?」
その言葉を発した瞬間にメルシャはガタッと物音を鳴らし、カインは腰に携えたナイフを俺に突きつけてくる。
人間の世界だと魔族であることが知られると平然と迫害される。
人間社会に溶け込んだ魔族が生きていくためにはこれも仕方ないことだった。
「それを知られたからには生かして帰すわけにはいかない」
「いいのですか? 私を殺すと魔力病の治療方法がわからなくなりますよ?」
「うぐっ」
「カイン、ナイフを下ろしなさい!」
「わ、わかったよ……」
カインはその場にナイフを落とす。
「申し訳ありません、アデル様。息子の罪は私の罪。いかなる罰もお受けする所存にございます」
「ちょ、ちょっと待て! 母ちゃんは関係ない。今のはすべて俺が悪いんだ! 罰を与えるなら俺にしてくれ!」
二人して必死に頭を下げてくる。
「元々罰なんて与える気はないですよ。そもそも私はお話ししたいことがあるといって来たはずです。それに魔族であることを知っていると言えば今の行動はなんら不思議ではありませんから」
「それは俺たちが魔族だから排除するってことじゃ……?」
「違いますよ? そもそもただ魔族と言うだけで悪いこともしてないのにどうしてこんな辺境の地で暮らされているのですか?」
「それはもちろん私たちの姿を見たら迫害されるからで――」
「何も知らない人が見たらそうかも知れませんね。でも、その魔族が例えば貴族の嫡子に仕えている、となればいかがでしょうか?」
「はっ!?」
メルシャは思わず息をのんでいた。
貴族に仕えてる人物を襲えば、それこそ貴族そのものを襲ったことに他ならない。
そうなれば魔族といえど人間の町で堂々と住むことができるだろう。
「し、しかし、それを是とする貴族様がおりません。やはり人族と魔族は相反するもので……」
「私はそれを解消したいのですよ。どちらかが攻め込み、滅ぶまでやり続けるなんてそんな馬鹿げたことを辞めたいのです。その第一歩としてあなたたちを迎えたいと思うのですがいかがでしょうか?」
「か、母ちゃん!」
「一つ、よろしいでしょうか?」
「何でも聞いていただいて結構ですよ」
「その昔、魔族を使用人として雇った貴族の話を聞いたことがあるのですが、その契約は実は隷属契約でボロ雑巾のようになるまで虐待して最後にはその魔族が死んだという話があります。アデル様が同じようなことをされないという保証はありますか?」
メルシャの目は真剣そのものだった。
「その保証なら簡単ですよ」
「えっ!?」
「だって、別に私は契約で縛るつもりはありません。他の人族の使用人も働いてはもらってますが、雇用契約以上のものは結んでないです。あなたたちに関しても同じ待遇で迎え入れようと思いますよ」
「ほ、本当ですか? 本当にいいのですか?」
「えぇ……。あっ、メルシャさんは病気がよくなるまでは無理をさせないという文章も加えましょう。いかがですか? 私の下へ来ていただけませんか?」
そこまでいうとメルシャの心は決まったようなものだった。
目から涙を流しながら頭を下げていた。
「ありがとうございます、アデル様。誠心誠意勤めさせていただきます」
そんな母の行動を見て、カインも同じようにする。
「アデル様、よろしくお願いします」
無事に話だけで済んで俺はホッとしていた。
でも、これもメルシャの病気がちゃんと治らないとあっさり崩れてしまう信頼関係だ。
だからこそ俺は魔力病治療のために必要なことを告げる。
「では、これからメルシャさんには治療のために毎日魔力が尽きるまで西の森にある封印されしダンジョンに水魔法を放ってもらいます」
「はいっ! ……えっ?」
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